サン・バルテルミの虐殺(読み)サンバルテルミのぎゃくさつ

百科事典マイペディア 「サン・バルテルミの虐殺」の意味・わかりやすい解説

サン・バルテルミの虐殺【サンバルテルミのぎゃくさつ】

1572年8月24日(サン・バルテルミ祭の日)未明,パリに始まり全国に広まったフランスカトリックによるプロテスタントの大虐殺事件。摂政カトリーヌ・ド・メディシスギーズ家のアンリ策略といわれる。プロテスタント派首領コリニーをはじめとして,ナバール王アンリとフランス国王シャルル9世の妹マルグリットの婚儀のためパリに集まっていたプロテスタント派貴族の多くが落命し,宗教戦争ユグノー戦争)は深刻化した。
→関連項目アンリ[4世]シャルル[9世]ラムス

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「サン・バルテルミの虐殺」の解説

サン・バルテルミの虐殺(サン・バルテルミのぎゃくさつ)
Saint-Barthélemy

1572年8月24日夜アンリ・ド・ナヴァールと王妹マルグリートの婚礼のために集まったプロテスタントに対して,摂政后カトリーヌ・ド・メディシスギーズ公の行った大虐殺。コリニらプロテスタント首領の大部分が殺され,アンリは改宗し死を免れた。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

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