サン(民族)(読み)さん(英語表記)San

翻訳|San

日本大百科全書(ニッポニカ) 「サン(民族)」の意味・わかりやすい解説

サン(民族)
さん
San

アフリカ南部のカラハリ砂漠に住む採集狩猟民族。かつては、ヨーロッパ人の命名により、ブッシュマンBushman(藪の民)とよばれたが、侮蔑(ぶべつ)を含む呼称として、現在はサンという名称が用いられる。ただし、サンも自称名ではなく、コイ人の言語で「サンの人々」という意味だが、これもまた侮蔑を含む呼称とされ、民族自身による民族名の選定がまたれる。なお、カラハリ叢林(そうりん)に住む自由人という意味をこめて「ブッシュマン」の呼称をあえて用いる研究者もいる。人口は約6万。コイ人とともにコイサン語族(コイン語族)に属し、その言語は舌打音音韻(吸着音、クリック)を頻繁に用いることに特徴がある。平均身長は男子で約155センチメートル、毛髪は極端に縮れたいわゆる毬状(きゅうじょう)毛であるが、黄褐色の皮膚、突出した頬骨(きょうこつ)をもつなどモンゴロイドに似かよった特質をももっている。血清学的にはネグロイドに近似しており、アフリカの最古の住民であることは間違いない。サン人は古くは南部アフリカから東アフリカに広く分布していたが、白人およびバントゥー系の人々の圧迫により大半は絶滅し、現在はカラハリ砂漠にのみ残存する。男の狩猟、女の植物採集によって生計を得ている。狩猟はキリンオオカモシカなど大形動物が弓矢により、小形のカモシカキツネなどが罠(わな)によって狩られる。親族関係に基づく数家族(40、50人)単位の集団が絶えず離合集散を繰り返しながら、水、食物を求めて移動生活を行う。1か所の滞在期間は数日から1か月程度で、簡単な半球状の草葺(くさぶ)き小屋をつくって住む。この社会には首長はなく、職業や身分、地位の分化もみられない。性別と年齢による役割の分化はあるが、社会の全構成員は対等な関係にある。主婦が得る植物性食物は各家族ごとに消費されるが、頻繁に得ることのできない狩りの獲物は同居集団内で平等に分配される。父の兄弟は父、母の姉妹は母とよばれる類別的な親族名称をもち、性と世代によって二分される親族の体系をもつが、出自集団は形成されない。天上の創造神と、病気や死の原因となる悪霊の存在を信ずるが、体系だった宗教はもたず、きわめて現実主義的な生活態度を示す。冠婚葬祭、成人式などの通過儀礼もきわめて簡単である。20世紀末のグローバリゼーションの進展のなかで、サン人の定住化が進み、伝統的な狩猟採集生活は大きく変貌(へんぼう)しつつある。

[田中二郎]

『田中二郎著『ブッシュマン』新装版(1990・思索社)』『田中二郎編著『カラハリ狩猟採集民 過去と現在(講座・生態人類学1)』(2001・京都大学学術出版会)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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