日本大百科全書(ニッポニカ) 「コンラート(2世)」の意味・わかりやすい解説
コンラート(2世)
こんらーと
Konrad Ⅱ
(990ころ―1039)
ドイツ、ザリエル朝初代のドイツ国王・神聖ローマ皇帝(在位1024~39)。シュパイアー伯ハインリヒの子。1024年ハインリヒ2世の死によりザクセン朝が断絶したのち、オットー1世の娘の曽孫(そうそん)にあたるコンラートが国王に選出された。教会勢力と結んで、部族大公の自立化を抑える、前王朝以来の帝国教会政策を踏襲したほか、下級封臣=陪臣層の封に対する世襲権を承認することで、封建大諸侯の勢力をそぎ、ミニステリアーレス層を登用して、王領地の管理運営にあたらせるなどザリエル朝王権の基礎を強化し、シュワーベン大公エルンストの反乱も難なく鎮圧した。対外的には1033年ブルグント王国を合併し、またボレスラフ・クロブリイ死後のポーランドの混乱に乗じてラウジッツを奪回した。
[平城照介]