改訂新版 世界大百科事典 「コケ(苔)植物」の意味・わかりやすい解説
コケ(苔)植物 (こけしょくぶつ)
Bryophyta
蘚苔類(せんたいるい)ともいい,系統上は,水中に生活する藻類と陸上に生活する維管束植物との中間に位置し,一般に陰湿な環境を好む小型の植物で,植物界の両生類ともいわれる。生殖器官が多細胞で,受精卵が母体内にとどまり,その後の発生も母体から養分を吸収して行われる点で,藻類と異なる。また,配偶体が生活史の主体を占め,胞子体は構造が単純で配偶体に寄生し,維管束を欠く点で維管束植物と異なる。最古の化石は上部デボン紀にさかのぼるが,その後の化石はわずかで古生物学的に進化の跡づけを行うことは困難である。蘚類,苔類,ツノゴケ類に三大別され,世界に約2万種,日本に約2000種ある。
生活史
明瞭な世代交代を行う。すなわち,配偶子(卵細胞と精子)をつくる有性世代の植物体(配偶体)と胞子をつくる無性世代の植物体(胞子体)とが交互に繰り返される。われわれが普通に見る緑色の植物体が配偶体であり,胞子体は小さくて目だたず終生配偶体に付着しているので配偶体の一部のように見える。維管束植物では,普通に見る植物体が胞子体であり,配偶体は小さくて目だたない。
胞子が発芽して糸状または塊状の原糸体protonemaとなる。やがて原糸体に芽が生じ,それが大きく発達して配偶体ができ上がる。配偶体はゼニゴケのように葉状,またはスギゴケのように茎と葉が分化し,糸状の仮根rhizoidをもつ。造卵器はフラスコ形で長いくびをもち,造精器は棍棒状または球状。精子は先端に2本の鞭毛(べんもう)をもち,水中を泳いで造卵器に至り,そのくびの中を通って卵細胞に達する。受精卵は造卵器の中で分裂して胞子体の幼植物(胚)が形成されるが,その後も胞子体は配偶体に寄生し続ける。完成した胞子体は1本の軸からなり,先端に1個の胞子囊(ほうしのう)をつける(コケの胞子囊を蒴(さく)capsuleという)。胞子囊の中で胞子母細胞が減数分裂をして胞子をつくる。胞子は一般に風によって散布される。配偶体は,減数分裂によって染色体が半減した胞子から発達したもので,単相(n)の世代であり,胞子体は,受精によって染色体が倍加し受精卵から発達したもので,複相(2n)の世代である。
生態
極地から熱帯まで,地球上のほとんどいたるところに生育するが,海水中に生じる種類はない。北極地方のツンドラでは,広大な面積がコケでおおわれている。南極の昭和基地の周辺にも,数種の蘚類が生育している。寒冷な地域の湿原にはミズゴケが多く,その遺体は腐らず堆積して泥炭層をつくる。熱帯の湿潤な山岳地帯には蘚苔林mossy forestというコケの非常に豊富な森林が発達し,多くの種類のコケが樹幹を厚くおおい,枝からも垂れ下がって特異な景観を呈する。一般に陰湿な場所を好み,渓流のそばや林内の樹幹の基部などにとくに多いが,明るい乾いた場所の岩上や尾根の上などに生育する種類もある。
個々の種は一般にごく限られた環境にのみ生育する。マルダイゴケはかならず腐った動物の死骸や糞の上に発生する。ホンモンジゴケは銅イオンを好み,神社などの銅ぶきの屋根から雨水の落ちる場所に生育する。ヒョウタンゴケは焼け跡を好む性質がある。ヒカリゴケは深山の洞穴や大木のうろなど光のごく弱い場所に生える。クサリゴケ科の小さな種は,しばしば常緑樹やシダの葉上に生育するので,葉上苔(ようじようごけ)と呼ばれる。阿寒湖と屈斜路湖のヤナギゴケ,猪苗代湖のヒロハノススキゴケは湖底に生育し,波の運動によって回転してまり状となるのでマリゴケと呼ばれる。
利用
ミズゴケは腐りにくく吸水および保水の能力が著しいので,ランやオモトなどの植込みの材料として用いられる。一般にヤマゴケという名で市販されているシラガゴケ類も同様な目的に使われる。地上生の蘚類の群生した状態は美しいので,観賞用として庭園や盆景に利用される。京都市の西芳(さいほう)寺(苔寺)の庭園はコケを巧みに使った名園である。観賞用に利用される種類はオオスギゴケ,ホソバノオキナゴケ,コバノチョウチンゴケ,ヒノキゴケなどである。樹幹に着生するコケの種類構成は,その場所の大気の環境条件を敏感に反映するので,大気汚染の指標として有効である。
執筆者:北川 尚史
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報