ケロー(読み)けろー(英語表記)Didier Queloz

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ケロー」の意味・わかりやすい解説

ケロー
けろー
Didier Queloz
(1966― )

スイス天文学者ジュネーブ生まれ。ジュネーブ大学で、修士号に続き1995年に物理学で博士号を取得した。1997年まで博士研究員として同大学で研究を続けた後、アメリカのカリフォルニア州にあるNASA(ナサ)(アメリカ航空宇宙局)のジェット推進研究所で客員研究員。2000年にジュネーブに戻り、2008年にジュネーブ大学教授、2013年にイギリスに渡り、ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所教授も兼任する。

 1994年に、大学院生としてジュネーブ大学の教授ミシェル・マイヨールの研究室に入ると、フランス南東部にあるオートプロバンス天文台で、巨大惑星などを探索するために、太陽に似た142個の恒星の観測を始めた。2人は、星の動く速度などを正確に測定できる高分解能の分光計「ELODIE(エロディ)」を開発し、同天文台の口径1.93メートルの望遠鏡に設置。恒星の周りを惑星が回転したときに、惑星の重力によってふらつく恒星の動きや速さを正確に測定した。地球から約50光年離れた「ペガスス座51番星」を観測したとき、この星が秒速13メートルで動いていることを確認。1995年1月に、この星の近くに太陽系最大の惑星である木星の半分の大きさをもつ惑星の存在を、ドップラー効果を使って検出することに成功した。この方法は、恒星のふらつきで、観測者から見た場合、近づいたり、遠のいたりするとき、微妙に波長(輝き方)が変化することを利用する。この惑星は、木星と同じ巨大ガス惑星で、恒星までの距離が、太陽と水星間の8分の1にあたる800万キロメートルを約4日で公転していた。この発見をその年1995年10月のイタリアの学会で発表すると、世界の天文学者を驚かせたが、これを機に、系外惑星研究は急速に進んだ。ドップラー効果を使った分光法以外にも検出方法が進化し、現在4000を超える系外惑星がみつかっている。

 その後、ケローは、トランジット法とよばれる新しい手法を使って系外惑星を発見するイギリスの「WASP(ワスプ)」プロジェクトチームと連携したり、宇宙望遠鏡を使って系外惑星を探索するヨーロッパ宇宙機関(ESA(イーサ))の「COROT(コロー)」計画などに参画した。

 2017年ウルフ賞(物理部門)を受賞。2019年「史上初の太陽に似た恒星を周回する系外惑星の発見」による業績で、師のマイヨールとともにノーベル物理学賞を受賞した。「宇宙物理学における新たな理論の発見」の業績が評価されたプリンストン大学の教授ジェームズ・ピーブルスとの同時受賞であった。

[玉村 治 2020年2月17日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ケロー」の意味・わかりやすい解説

ケロー
Queloz, Didier

[生]1966.2.23. ジュネーブ
ディディエ・ケロー。スイスの天文学者。フルネーム Didier Patrick Queloz。ミシェル・マイヨールとともに太陽と似た恒星のまわりを公転する太陽系外惑星を発見し,2019年マイヨール,ジェームズ・ピーブルズとともにノーベル物理学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
1990年ジュネーブ大学で物理学の修士号,1995年博士号を取得。1996年から 1997年にかけて同校の博士研究員を務めたのち,カリフォルニア州パサディナのジェット推進研究所の客員研究員となる。2000年にジュネーブ大学に戻り,2008年に教授に就任。2013年同職との併任でケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所教授となる。
1994年指導教授のマイヨールとともに,フランスのオートプロバンス天文台で恒星の視線速度を正確に計測できる最新の分光器 ELODIEを用い,142個の恒星の観測を始めた。惑星が恒星を公転するとき,惑星と恒星は共通の重心を中心に回るため,重心に対する恒星の動きがスペクトル線の変化として観測できる。ELODIEは恒星が 13m/sの視線速度で動くことを検出し,これが太陽系最大の惑星である木星によって生じる太陽の視線速度の変化とほぼ同じであることがわかった。しかし,木星の公転周期は約 12年であるため,ケローらはすぐに惑星発見という結果が得られるとは予想しなかった。1994年9月にペガスス座51番星の観測を開始したケローとマイヨールは,1995年1月に質量が木星の約半分で公転周期が 4.23日の惑星ペガスス座51番星bを発見した。太陽系のどの惑星とも似ていないペガスス座51番星bの存在は天文学者を驚かせ,太陽系外惑星の研究という天文学の新たな分野を切り開いた。ペガスス座51番星bの発見から 20年以上の間に発見された太陽系外惑星は数千個に上る。
ケローらはさらに研究を進め,1998年以降チリのラ・シジャ天文台にある分光器 CORALIEを用いて恒星から近距離にある惑星 1647個を探しあて,そのうち 100個以上を太陽系外惑星の候補とした。また,30cm/sの視線速度の変化を観測できるラ・シジャの分光器を利用した高精度視線速度測定惑星探査装置 HARPSプロジェクトにも携わり,2003年の観測開始以降,100個以上の太陽系外惑星候補を発見,そのなかには質量が地球より大きい岩石惑星「スーパーアース」数個も含まれている。

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