グリュクスボー朝(読み)グリュクスボーちょう(英語表記)Glücksburg

改訂新版 世界大百科事典 「グリュクスボー朝」の意味・わかりやすい解説

グリュクスボー朝 (グリュクスボーちょう)
Glücksburg

1863年以来のデンマーク王朝。オレンボー家(1448-1863)の一分家で,1863年嗣子のないデンマーク王フレゼリク7世の死後王位を継承した。配偶者がフレゼリク7世の従妹にあたることによって1852年のロンドン条約に基づいて王位継承権保有者となったクリスティアン公は,クリスティアン9世(在位1863-1906)を名のり,当王朝の開祖となった。長男は後のフレゼリク8世として王位を継ぎ,長女アレクサンドラは後のイギリス王エドワード7世と結婚,次男ウィルヘルムはギリシア王位に就き(ゲオルギオス1世),次女ダウマーはロシア皇帝アレクサンドル3世と結婚し,王家としての名は高い。ちなみに,フレゼリク8世の次男カールは,1905年ホーコン7世としてノルウェー王位に就いている。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のグリュクスボー朝の言及

【デンマーク】より

…デンマークの民族地域であるスリースウィー公爵領と王領との自由主義憲法下の合併がデンマーク政府の意図であり,2度の戦争を経てデンマークは敗北し(1864),スリースウィーを失い,史上最小の版図となった。 49年に自由憲法を制定したフレゼリク7世が63年に没し,オレンボー朝は断絶,クリスティアン9世(在位1863‐1906)が即位して,グリュクスボー朝が始まった。対独戦争後,経済的転換期を迎え,共同組合活動等を通じて農業の近代化に成功,さらに産業革命による首都の都市化が進み,近代産業国家への道をデンマークは歩み出す。…

※「グリュクスボー朝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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