グリムの法則(読み)グリムのほうそく

精選版 日本国語大辞典 「グリムの法則」の意味・読み・例文・類語

グリム‐の‐ほうそく ‥ハフソク【グリムの法則】

〘名〙 印欧祖語とゲルマン語との間に起こった子音変化法則ドイツのJ=グリムにより一八二二年にまとめられた。三系列の破裂音が想定されている印欧祖語の一分派に紀元前二世紀頃から自生的に生じた法則的な音の変化で、「ゲルマン語第一子音推移」とも呼ばれる。

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改訂新版 世界大百科事典 「グリムの法則」の意味・わかりやすい解説

グリムの法則 (グリムのほうそく)

J.グリム(グリム兄弟の兄)と同時代のデンマークの言語学者R.K.ラスクによってすでに確認されていたインド・ヨーロッパ諸語(インド・ヨーロッパ語族)とゲルマン語(ゲルマン語派)の間の子音の規則的対応を,グリムが定式法則化したもの。グリム自身はこの規則的対応を音韻推移ゲルマン語音韻推移)と名づけたが,グリムの名にちなんでグリムの法則とも呼ばれる。この法則によれば,インド・ヨーロッパ諸語(具体的にグリムが取り上げたのはギリシア語)とゲルマン語の間には次のような子音の対応が存在する。(1)インド・ヨーロッパ語の有声閉鎖音b,d,gはゲルマン語で無声閉鎖音p,t,kになる。例:ギリシア語deka-英語ten;ギリシア語gonu-英語knee(bとpの対応については適切な例がない)。(2)インド・ヨーロッパ語の無声閉鎖音p,t,kはゲルマン語で無声摩擦音f,th[θ],hになる。例:ギリシア語patēr-英語father;ギリシア語treis-英語three;ギリシア語kardia-英語heart。(3)インド・ヨーロッパ語の有声帯気音bhdhgh(具体的にグリムが取り上げたギリシア語では有声帯気音は無声帯気音ph,th,khとなっている)はゲルマン語で有声摩擦音,đ,になり,さらに語頭などでは有声閉鎖音b,d,gになる。例:ギリシア語pherō-英語bear;ギリシア語thugatēr-英語daughter;ギリシア語chēn-英語goose。グリムはこれらの対応から,Ⅰ有声音,Ⅱ無声音,Ⅲ帯気音の3系列がⅠ→Ⅱ,Ⅱ→Ⅲ,Ⅲ→Ⅰ,……というぐあいに輪を描きずれていくと考え,インド・ヨーロッパ諸語とゲルマン語との間に見られる音の対応を音の移動,つまり音韻推移と呼んだ。しかし,このような循環的な音の推移という考えは実際の変化とは相違するところがあることがわかっている。
比較言語学
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「グリムの法則」の意味・わかりやすい解説

グリムの法則
ぐりむのほうそく

ドイツの言語学・説話学者ヤーコプ・グリムJacob Grimmがたてた、古典語とゲルマン語の間にみられる子音対応に関する規則。印欧基語とゲルマン基語の閉鎖音と摩擦音において、無声・有声・帯気音の間に次のような子音の推移がみられる。

(1)印欧基語の無声閉鎖音[p, t, k]がゲルマン基語では無声摩擦音[f,θ, x→h]となった。ラテン語の piskis「魚」、tenuis「薄い」、kaput「頭」の語頭音が英語の fishfiʃ], thin[θin], head[hed]の語頭音に対応する。

(2)印欧基語の有声閉鎖音[b, d, g]はゲルマン基語では無声閉鎖音[p, t, k]に変化した。ギリシア語のkannabis「麻」、ラテン語の duo「二」、genus「種属」は、英語のhemp, two, kin「親族」にあたる。

(3)印欧基語の帯気音[bh, dh, gh]はゲルマン基語では無帯気音[b, d, g]に推移した。サンスクリット語bharāmi「私は運ぶ」、madhu「蜜(みつ)」、stighnoti「彼は登る」は、英語のI bear、mead「蜜酒」、ドイツ語のsteigen[ʃtaigen]「登る」に対応する。グリムは、無声摩擦音[f,θ, x]と帯気音[bh, dh, gh]を気音群Aに、無声閉鎖音を硬音群Tに、有声音を軟音群Mに分類したうえで、下記の図式により推移の法則を表すことができるとした。


グリムの法則によって、同系統の言語の間に音韻の対応が成立することが認められ、これに基づいて比較言語学の研究手段が確立された。さらに、同一系統の言語の語形を比較対照させることにより、その原形を推定することができるようになった。

小泉 保]

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百科事典マイペディア 「グリムの法則」の意味・わかりやすい解説

グリムの法則【グリムのほうそく】

ゲルマン語における子音の規則的変化。J.グリム(グリム兄弟の兄)が《ドイツ文法》第1巻第2版(1822年)で発表。音韻推移とも。ギリシア語,ゴート語,古代高地ドイツ語などの語彙(ごい)の比較から,印欧祖語とゲルマン祖語の対応が明らかにされた(第一音韻推移)。ドイツ語系ではさらに5―7世紀にも変化が起こり(第二音韻推移)高地ドイツ語が分離し,たとえばfuoz(現代ドイツ語Fuss)と英語footのような差が生じた。この法則に対する例外はデンマークのK.A.ベルナー〔1846-1896〕によって発見されている。なお第一音韻推移もデンマークのR.K.ラスク〔1787-1832〕が1818年に指摘している。
→関連項目音法則ゲルマン語派ドイツ語

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「グリムの法則」の意味・わかりやすい解説

グリムの法則
グリムのほうそく
Grimm's law

ゲルマン語派を特徴づける子音推移を示す法則で,ドイツの言語学者 J.グリムが 1822年に定式化した。印欧祖語の閉鎖音が,ゲルマン諸語では次のように変化したというもの。p,t,k→f,þ,x; b,d,g→p,t,k; bh,dh,gh→b,d,g。ただし,f,þ,xとなるのは,語頭か語中のアクセントの直後にある場合だけで,その他の場合にはb,d,gとなることが,のちに K.ウェルネルによって発見され,これはウェルネルの法則と呼ばれる。上にあげた変化はゲルマン語派の第1次子音推移と呼ばれ,紀元前,まだゲルマン諸語が分化しないうちに起きた現象である。

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世界大百科事典(旧版)内のグリムの法則の言及

【グリム兄弟】より

…終生独身を通したヤーコプは弟の家に同居し,弟と研究をともにしたが,兄弟共同の仕事としては,説話の収集と研究に先鞭をつけた《グリム童話》(初版2巻,1812,15)と《ドイツ伝説集》2巻(1816,18),生前3巻を出し,没後1世紀を経て全16巻32冊の大辞典として完成した《グリム・ドイツ語辞典》(1854‐1960)など8点を数える。そのほか単独の著述として,ヤーコプの四部作《ドイツ文法》(1819‐37)はゲルマン語の子音推移を体系化した〈グリムの法則〉などによって比較言語学の記念碑的著作であり,《ドイツ法律古事誌》(1828),《ドイツ神話学》(1835),法資料集《ワイステューマー》4巻(1840‐63),《ドイツ語史》(1848)などいずれも画期的業績である。ウィルヘルムは《ドイツ英雄伝説》(1829)を著し,また多くのドイツ中世文学作品を編纂し世に出した。…

※「グリムの法則」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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