精選版 日本国語大辞典 「クセノフォン」の意味・読み・例文・類語
クセノフォン
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古代ギリシアの軍人,歴史家。アテナイの上層階級に生まれ,体育,騎馬,狩猟,軍事,修辞弁論などの優れた教育を享受し,とくにソクラテスを師と仰いでいた。ペロポネソス戦争終了後,テーバイ人の旧友の誘いに応じてペルシア王子キュロス(小キュロス)の軍に一私人として参加した。クナクサの会戦(前401)においてキュロス王子が戦死した後,ギリシア人傭兵(重装兵約1万名)の頭目に選ばれ,厳冬のアルメニア山中の退却行軍を指揮したが,その目撃体験談は自身の筆になる《アナバシス》に詳述されている。その後ペルシアとスパルタとの戦争勃発とともに,スパルタ王アゲシラオス王の下で騎兵指揮者として各地に転戦したが,故国アテナイと敵対関係に陥るに及んでアテナイからは追放処分を受け,代りにスパルタからオリュンピア近隣のスキルスに土地を与えられ,前394年ころから約20年間この地に住み,静穏のうちに狩猟や運動競技に興じたり,文筆活動にいそしむ日々を送った。
クセノフォンの体験談,追憶記,歴史記述,キュロス大王の歴史小説,狩猟や騎馬術に関する専門的記述など,多岐にわたる文筆活動と名文家としての名声はこのスキルス時代のたまものと目される。しかし前371年レウクトラの会戦後スパルタの覇権が失墜するや,クセノフォンもスキルスを失いコリントスに移る。やがてスパルタ,アテナイ,コリントス3国間の和議成立後,クセノフォンの追放処分は解除され,30余年ぶりに彼は故国アテナイへ復帰した。クセノフォンの2人の息子たちはスパルタで教育を受けたが,その中の一人グリュロスはマンティネイアの会戦(前362)でアテナイ側騎兵隊に加わって奮戦したが戦死,その追悼の碑詩には父クセノフォンの名誉をともに称えるものが多く作られたとアリストテレスは記している。クセノフォンの没年は不明であるが,《租税について》と題する彼の最晩年の著述は内容的に見て前355年,アテナイ第二海上同盟崩壊後の財政再建建策書となっている。
クセノフォンの著述は多分野にわたり膨大な量に及ぶが,若いころの師ソクラテスの教訓(《ソクラテスの思い出》),反民主主義的な政治理念,そして長じて実見したスパルタ人貴族に対する崇敬の念などが一つに融合した明確な人柄がうかがわれる。バランス感覚と良識の具現ともいうべき平明率直な著作は,古代ギリシア,ローマでは教養の糧と仰がれ,18世紀末までその評価はゆるがなかったが,実証主義的歴史学,プラトン中心的古代哲学評価,国家主義的文明評価がそろって台頭した19世紀以来,古代人群像の中でのクセノフォン評価は著しく下落した。しかし現代思想にもやがて良識の復するときが訪れるとすれば,クセノフォンの敬虔と人間理解,そして国境にとらわれない自由な生き方は再び価値あるものとされるだろう。
執筆者:久保 正彰
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前430頃~前355以後
アテネ人でソクラテスの弟子。軍人で著作家。前401年傭兵隊に加わり,ペルシアにおもむき苦難をなめた。スパルタ王と親交,特別待遇を受ける。祖国を追放されたが,晩年に赦免され,和解。コリントでその生涯を終えた。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報
…主として農耕・牧畜に従事する独立自営の農民について用いられた。前4世紀アテナイの著述家クセノフォンは,《家政論》のなかで,農業に従事する人々をアウトゥールゴイと〈監督によって農業を行う者〉に分類しているが,前者が家族および少数の奴隷とともに自ら労働したのに対して,後者は自ら働くことなく多数の奴隷を使役して農業を行わせた。前7世紀初頭にまとめられた叙事詩人ヘシオドスの《農と暦(仕事と日々)》のなかには,アウトゥールゴイの姿がすでに明確に描き出されている。…
…クセノフォン作の散文。アケメネス朝ペルシアにおける王位継承争いに敗れ反乱を起こした小キュロスに,約1万人のギリシア人が傭兵として参集した(前401)。…
…自伝の一種とみなすこともできるが,常識的な区別として,語り手の私生活や内面的反応に重点をおくのが自伝,公的な経歴,とくに歴史的な事件や人物を中心とするものが回想録といえる。このジャンルの原型をなすものに,古代ギリシアのクセノフォンの2著,《アナバシス》と《ソクラテスの思い出》があげられる。著者自身,ギリシア人の傭兵と共にペルシアの王子キュロスの王位争いの戦いに参加,キュロスがあえなく戦死した後,ギリシア兵をまとめて長途の退却,帰国を苦難のうちにやりとげた体験記が前者で,後者は題名のとおり,回想風なソクラテス伝である。…
…喜劇も政治情勢の激変を鋭敏に反映して,それまでの自由な政治風刺や個人攻撃の矛を収める。中にはクセノフォンのように他国に亡命しながらも,追憶談義や冒険旅行記,伝記や歴史小説のごとき新しい文芸ジャンルの開拓に足跡を残したものもいる。またソクラテスの弟子プラトンのように,現実の社会と政治には携わらず,前5世紀のアテナイ文化に対して容赦ない道徳的批判を浴びせ,ついに詩人追放論を公にするものが現れたのも,この時代の極端な一つの反動的動きを示している。…
…クセノフォン作のソクラテス回想録。4巻から成り,2巻までは前399年死刑になったソクラテスを弁護し,宣告を下したアテナイ人たちを非難することを主題としている。…
…古代オリンピックの種目として前680年に4頭立戦車競走が,前648年に競馬競走が加えられ,スポーツとしての馬術が始まった。前4世紀のクセノフォンには騎馬術や馬の調教法の著作があり,彼はこのため〈馬術の始祖〉とされている。ローマ時代を経て,5世紀にはヨーロッパでも蹄鉄(ていてつ)の使用が始まり,馬術はますます盛んになった。…
※「クセノフォン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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