キーンタール(読み)きーんたーる

世界大百科事典(旧版)内のキーンタールの言及

【第1次世界大戦】より

…15年9月5日から8日にかけてスイスのツィンマーワルトで開かれた国際社会主義者会議では,第二インターの再建をめざす穏健派が多数を占め,レーニンらの革命路線は排除されたが,大戦の帝国主義的性格が明らかにされ,第二インター指導部の戦争協力の態度を非難する点では穏健・革命両派のあいだで見解が一致した。ついで16年4月24日から30日にかけて同じスイスのキーンタールで開かれた第2回目の会議では,戦況の行詰りを反映し,革命派の勢力が増大した。 高度な段階に入った資本主義時代の戦争は第一線での軍人の巧みな作戦指導によるよりも,むしろ銃後の国民による軍需生産力の総結集によって勝負の決まる総力戦である。…

※「キーンタール」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」