日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
キーン(Edmund Kean)
きーん
Edmund Kean
(1787/89―1833)
イギリスの俳優。芸人の血筋を引いて下層社会に生まれ、のちにイギリス演劇史上もっとも情熱的で天才的な役者と評された悲劇俳優。その生い立ちは伝説に満ち、正確な伝記は確定されていない。彼を一躍有名にしたのは、1814年1月26日ドルーリー・レーン劇場で演じた『ベニスの商人』のシャイロックで、その自然の感情に基づいた新鮮な演技が観衆の心を打った。容姿端麗な先輩の名優ケンブルが様式的な演技で善良な主人公を得意としたのと対照的に、小柄で声の悪いキーンは、リチャード3世、オセロ、バラバスなど、悪役あるいは情念にもてあそばれる人物の造形に真価を発揮した。息子チャールズのイアゴーを相手にオセロを演じているときに倒れ、1か月半ほどのちの33年5月15日死去。批評家のハズリットやラムの文章に天才をうたわれ、大デュマの『キーン』(1836)やサルトルの『狂気と天才』(1954)などの戯曲の素材ともなった。
[中野里皓史]
『大場建治著『英国俳優物語――エドマンド・キーン伝』(1984・晶文社)』