百科事典マイペディア の解説 キュチュク・カイナルジャ条約【キュチュクカイナルジャじょうやく】 1774年締結された露土戦争(1768年―1774年)の講和条約。名称はブルガリア北東部の条約締結地にちなむ。クチュク・カイナルジ条約とも。ロシアはドン,ドニエプル両河口,アゾフ海沿岸地帯を割取,黒海自由航行権とダーダネルス海峡とボスポラス海峡の出入権を獲得した。ロシアの南下政策の第一歩で,東方問題の端緒となる。→関連項目露土戦争 出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
日本大百科全書(ニッポニカ) の解説 キュチュク・カイナルジャ条約きゅちゅくかいなるじゃじょうやく →クチュク・カイナルジ条約 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例