百科事典マイペディア 「キャラバン」の意味・わかりやすい解説
キャラバン
→関連項目シルクロード
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…サハラでの国境は植民地分割の際,イギリス,フランスなど列強の都合で地図上に引かれたため,直線が多く,不明確なものもあり,民族の分布や地下資源の存在がからんで,独立後も紛争の種となっている。古くからのキャラバン・ルートは危険なエルグを避け,目標がとりやすく水も得やすい山岳砂漠や山麓を通っていた。20世紀に入り自動車交通の時代になると,エルグと山岳を避け,台地砂漠や山麓を通るルートに変わった。…
… イスラム世界の商業の発展は,商業上の旅をきわめて活発なものにした。貿易商人はインド洋や地中海を渡り,各地に商業ネットワークを張りめぐらし,陸上では都市間をキャラバン・サライ(隊商宿)が結びつけた。大規模なキャラバンを組み高価な商品を扱う専門的大商人から,巡礼の途中に商いをしながら聖地に至る人まで,この種の旅行はイスラム世界のいたる所で盛んに行われた。…
…トレムセンやフェス,マラケシュなどからシジルマーサSijilmāsaを経て南下するもの,ビジャヤやチュニスからガルダイアおよびアイン・サラーフ‘Ayn Ṣalāḥを経て南下するもの,ガベスやトリポリからガダメス(グダーミスGhudāmis)やワルグラ(ワールカラーンWārqalān)を経て南下するものなどの商業路を通じ,サハラ以南の地からは,金,奴隷,象牙,麝香(じやこう)などの香料類などが運ばれ,北方からは,塩,毛織物,紙,書物,武器,馬などが運ばれた。このサハラ交易は,ラクダによるキャラバン隊によって行われたが,サハラ遊牧民の中には,その運搬や護衛の任にあたったり,それを略奪の対象としたり,あるいは自らキャラバン隊を編成したりして,莫大な利益をあげるものがいた。11世紀のサハラ西部のサンハージャ系遊牧民によるムラービト朝(1056‐1147)の建国,12世紀以後のトレムセンの発展,古くは8世紀のルスタム朝の都ターハルトの繁栄などは,このサハラ交易と密接にかかわっている。…
…インド洋の航海は,冬季に北東モンスーン風を利用して東南アジア,インドからペルシア湾,アラビア半島への横断が行われ,その反対方向の航海は,夏季の,しかも嵐や強風で海が荒れる真夏を避けた4~5月や8月末~9月にかけて行われた。この冬と夏の航海期に合わせ,ペルシア湾やアラビア半島の諸港には,エジプトやシリアなどからキャラバン隊が結集し,インド洋貿易はキャラバンを通じて密接に地中海世界と結ばれていた。こうしたインド洋貿易に長く用いられてきたのがダウdhowとよばれる三角帆の縫合船であった。…
…陸上輸送,海上輸送の順でこの問題をみてみよう。 7世紀から19世紀前半までの陸上輸送はキャラバン(隊商)が最も一般的な形式であった。これは駄獣に荷を積み,人を乗せて一団を組んで移動していく集団輸送のことをいう。…
…ユーラシア大陸での東西交易,サハラ砂漠を南北に走るブラック・アフリカとの交易,そしてアラビア半島での遠距離通商など,もしラクダがなければこれらの交易は不可能であり,海上交易での帆船に匹敵する役割を果たし,歴史的にみて,まさに文明間の文物交流に欠かせぬ地上搬送手段であったといってよい。たしかに馬やロバも搬用家畜として,人類史に貢献したことはたしかではあっても,砂漠を越えるキャラバンには耐ええない点で,ラクダの果たした役割には及ばない。もしラクダの家畜化がなければ,内陸アジアの歴史の見取図もおそらく別様になったであろう。…
※「キャラバン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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