ガン(雁)(読み)がん(英語表記)goose

翻訳|goose

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ガン(雁)」の意味・わかりやすい解説

ガン(雁)
がん / 雁
goose

鳥綱カモ目カモ科に属する鳥のうち大形のものの総称。古名をカリともいう。狭義の真正ガン類は、カモ科Anatidaeのハクチョウ類も含むガン族Anseriniのうち、北半球に分布するマガンAnser9種とカナダガン属Branta5種をいう。

黒田長久

形態

雌雄が同型の水鳥で、羽色は一般にじみで光沢ある色彩はないが、ハクガンのように白色のものや、アオガンのように多色のものがある。嘴(くちばし)はカモ類より基部が高く側方の歯板(歯状突起)も粗く草食に適し、ヒシクイは堅いクワイなどもかじって食べる。頸(くび)と足がカモ類より長く、ハクチョウとの中間である。跗蹠(ふしょ)の鱗(うろこ)は網目状である。大きさは全長約30~100センチメートル。真正ガン類では全長約58~90センチメートルである。

[黒田長久]

生態

ツンドラなど開けた土地で繁殖するものが多く、一つがいずつ分散して営巣するが、10メートル内外の距離でコロニー状に繁殖するものもある。1腹の卵数は2~12個(通常5、6個が多い)の変化があり、雌が抱卵し、雄はその付近で見張って防衛にあたる。抱卵日数は、小形種の25日から大形種の28日まである。雛(ひな)は早成性で、キツネなど外敵からの逃避適応として親に追尾する本能が強い。草食性であるが、海にすむコクガン類は海草のアマモを主食とする。年1回体羽および翼、尾の一斉換羽を行い、3~6週間は無飛力期があり、一定の地域に集まってその期間を過ごす。冬季は北半球の温帯に越冬するものが多く、沿岸の浅瀬、湖沼、湿地、水田などに群生する。声は、高低はあるが一般にガーガー音で、カリガネだけは金属音である。声の性差はとくに認められない。

[黒田長久]

分類

日本産はすべて冬鳥である。マガン属ではマガンとヒシクイがおもで、少数のカリガネ、まれなハクガン、減少してまれになったサカツラガン、迷鳥のミカドガンなどがある。カナダガン属ではコクガンのほか、シジュウカラガンがまれにみられる。世界的には次の種類がある。

[黒田長久]

マガン属

(1)サカツラガンA. cygnoid 大形で、南シベリアから北中国産。シナガチョウの原種である。

(2)ヒシクイA. fabalis 大形で、旧北区の北部に6亜種があり、日本にはヒシクイA. f. serrirostrisのほか、もっとも大形で頸と嘴の長いオオヒシクイA. f. middendorfiが少数渡来する。

(3)マガンA. albifrons 全北区に5亜種が分布し、日本には1亜種が渡来する。中形で、幼鳥にはないが成長すると胸に不規則な黒い横斑(おうはん)があり、前額が白い。もっともよく知られる種である。

(4)カリガネA. erythropus 旧北区の北極圏に繁殖し、少数が日本に渡来する。マガンに似て小形、眼瞼(がんけん)が黄色で、翼が長く尾より後方に出る。声が甲高い。

(5)ハイイロガンA. anser 旧北区の温帯北部に繁殖するが、日本でみられるのは迷鳥である。2亜種があり、ヨーロッパのキバシハイイロガンA. a. anserは、家禽(かきん)であるガチョウの原種として知られる。

(6)インドガンA. indicus アジア中央部で繁殖し、インドに渡る。

(7)ハクガンA. caerulescens 北アメリカからシベリア東部までに繁殖する2亜種があり、北アメリカ中部などで大群をつくって越冬する。白色型、青色型、中間型がある。日本でみられるのは迷鳥である。

(8)ヒメハクガンA. rossi 小形で純白。カナダの北極圏で繁殖する。

(9)ミカドガンA. canagicus ベーリング海峡両岸で繁殖する。日本には迷行例がある。

[黒田長久]

カナダガン属

(1)ハワイガンB. sandvicensis ハワイ特産の陸生種で、草の生えた溶岩斜面にすむ。国際保護鳥。

(2)カナダガンB. canadensis 北アメリカ主産で、大・中・小の12亜種があり、アリューシャン列島の亜種B. c. leucopareiaはシジュウカラガンの和名があり日本に渡来したが、最近ではまれである。北アメリカではもっとも親しまれるガンで、頸が黒く頬(ほお)は白い。

(3)カオジロガンB. leucopsis 北極圏のグリーンランドスピッツベルゲン島、ノバヤ・ゼムリャなどの沿岸の崖(がけ)で繁殖し、ヨーロッパに渡る。

(4)コクガンB. bernicla 全北区の北極圏に4亜種があり、日本では、シベリアやアラスカに繁殖する亜種が青森湾や松島湾などに渡来し、オオハクチョウとともにみられる。

(5)アオガンB. ruficallis 西シベリアの北極海沿岸に繁殖し、中近東に渡る。体色は黒と白で頬と胸が赤茶色の、もっとも美しい種である。

[黒田長久]

南半球のガン類

前述の真正ガン類がすべて北半球に分布するのに対し、南半球では、カモ亜科のツクシガモ族に属するが、ガン型になったツクシガン類4属が分布する。これら4属はいずれも草食性のため、栄養の面から大量に採餌(さいじ)する必要があり、カモ型からガン型へ大形化したと考えられ、北半球のガン類と同じ生態的地位を占める。また、この類は共通して雄の闘争性が強く、のど声あるいは笛のような声を発し、雌は「ガ」音を発する。羽色は、エチオピアのアオバコバシガンCyanochen cyanopterus以外ははでで、北方ガン類とは対照的である。もっとも美しいのはオリノコガンNeochen jubataで、頸は黄褐色、胸と背は栗(くり)褐色、翼は黒色で翼鏡に緑色の光沢があり、雌雄は同色である。アフリカの湖沼には、眼囲に褐色斑があり、雌は同色であるが小形のエジプトガンAlopochen aegyptiacusが広く分布し、群れはなさず単独か、つがいでみられる。

 コバシガン属Chloephagaは南アメリカに分布し、いずれも嘴が短く三角形である特徴をもつ。コバシガン類(C. poliocephalusほか1種)は小形で雌雄同色であるが、大形のマゼランガン類(C. pictaほか1種)は雄の頭と頸が白色、雌は栗褐色であり、これら4種は羊放地で大群をつくって牧草を多食するため嫌われる。また、シロコバシガンC. hybridaは雄が全身白色なのに対し、雌は褐色に下面は黒白の横縞(よこじま)という対照的な羽色で、岩の多い海岸で海草を食べるが、繁殖地は内水沼である。一方、アカハシコバシガンC. melanopteraは雌雄同色で、頭、頸、下面が白色、翼は黒色の単純な色調をした美しい種である。

[黒田長久]

特殊なガン

大形で頸と足の長いガン型のものとしては、ほかに次のような特殊な例がある。オーストラリア産のカササギガンAnseranas semipalmatus白黒の羽色で足指の間の水かきは小さく、1属1種で独立のカササギガン亜科を形成する。ロウバシガンCereopsis novaehollandiaeはタスマニア地域に分布し、ガン亜科中の1属1種である。またカモ亜科にも、樹上カモ類(バリケン族)に分類されるアフリカ産のツメバガンPlectropterus gambensisがある。

[黒田長久]

人間とのつながり

ガンは古来、故事や詩歌などで親しまれ、また江戸時代には将軍の鷹狩(たかがり)の対象として保護された。しかし、明治維新後の狩猟法で猟鳥に指定されて多獲され、さらにその渡来地として重要であった千葉県の手賀沼、印旛(いんば)沼、和田沼、岐阜県の下池(しもいけ)などガンの名所が開発され、とくに千葉県下の開発による自然環境の変化が大きく影響し、太平洋側では宮城県の伊豆沼地域より南下しなくなり、ここが最後の集中越冬地となった。ほかには石川県の大聖寺(だいしょうじ)の沼地がガン渡来地として保護されている。1971年(昭和46)には狩猟鳥から除外され、同年、国の天然記念物にも指定されて、積極的保護が望まれている。

[黒田長久]

民俗と伝承

日本ではガンは古くから狩猟の対象とされ、食用として賞味されるほか、文学作品のなかにも多く現れて親しまれているが、雁(がん)とあるのはかならずしも限られた鳥の名称ではなく、鴨(かも)類としての総括的な名称であったらしい。「かり」とも「かりがね」ともよぶが、これは空を渡る際の声が印象的であったことから、「雁が音(かりがね)」が転じて雁そのものの名称になったと思われる。また、『万葉集』巻9に「――雁の使いは宿り過ぐなり」と歌われているように、「雁の玉章(たまずさ)」などといって、音信という語と一体となって使われている。これは中国の故事によるもので、すなわち、前漢の名臣蘇武(そぶ)が匈奴(きょうど)に遣わされて久しく捕らわれの身となっていたとき、雁の脚に書状をくくりつけて漢の国へ送ったという有名な話に基づいている。このほか、雁は民間の伝説や昔話にも登場している。

[丸山久子]

 西シベリアのウラル語族系統の先住民の間では、ガンは宗教的な鳥になっている。とくにオビ川流域のハンティ人(オスチャーク人)では、ガンは特定の超自然的な力をもっているとして尊敬されており、毎年春になると川にやってくるガンは、母なる女神が春ごとに袖(そで)から振り出す羽毛が地上に届いたものであるという。神の使者がガンの姿になって世界を見て回るという信仰もある。オビ川の鳥の守護者はガンの神で、この神はハンティの三大神の一つであり、山の中にある特別なシャーマンが管理する巣の中に住むといい、その神像はガンの姿につくられる。また、ハンティと近親関係にあるマンシ(ボグル)人の大地の起源神話では、悪魔がガンの皮をかぶって海の底から土をとってくることに成功したと伝える。さらにボルガ川上流地方のウドムルト(ボチャーク)人では、秋に農作業がかたづいたあと、家の霊や脱穀小屋の霊にガンを供える習俗があった。

[小島瓔


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百科事典マイペディア 「ガン(雁)」の意味・わかりやすい解説

ガン(雁)【ガン】

カリとも。カモ科の鳥のうち,大型で首が長く,雌雄同色のものの総称。雄の羽色も四季を通じて同じ。15種ほどある。おもにユーラシア大陸,北米大陸北部で繁殖し,冬は南へ渡る。海岸,沼等に群をなして生活。飛ぶとき,いわゆるかぎになったり,竿(さお)になったりする。日本へは8種が冬鳥あるいは迷鳥として渡来するが,近年数が減った。マガンが最も代表的で,ほかにカリガネヒシクイ,サカツラガン,コクガン,ハクガン,シジュウカラガンなどが日本に渡来。ハクガン,シジュウカラガンは絶滅危惧IA類(環境省第4次レッドリスト)。

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