日本大百科全書(ニッポニカ) 「カレー(フランス)」の意味・わかりやすい解説
カレー(フランス)
かれー
Calais
フランス北端部、パ・ド・カレー県の港湾・工業都市。人口7万7333(1999)。パリの北北西305キロメートルに位置して、ドーバー海峡(カレー海峡)に臨み、イギリスのドーバーとの間43キロメートルは連絡船で結ばれ、また英仏海峡トンネルでフォークストンとも結ばれている。漁港、貿易港であるほか、旅行者の基地でもあるが、40キロメートル北東にフランス有数の港湾都市ダンケルクがあるため、その役割は低下しつつある。伝統的な織物工業(レース、リンネルなど)に加えて、食料品、化学、ケーブル製造、製紙用パルプ、酸化チタンなどの工業も行われる。百年戦争中の1347年、壮烈な抵抗ののちイギリス軍により占領された。このとき、刃物製造業者サン・ピエールEustache de Saint Pierreと5人の市民が、イギリス王エドワード3世の前に出て町を救った話は有名。
[高橋伸夫]
歴史
海辺の小村にすぎなかったカレーが拡大、発展を開始するのは10世紀の終わりごろからで、13世紀に入りブローニュ伯によって都市に防備が施された。1347年イギリスによって征服され、イギリスの支配はギーズ家のフランソアが奪回する1558年まで続いた。第一帝政の崩壊のあと、王政を復古するため亡命先からルイ18世がこの地に上陸した。第一次世界大戦のときにはドイツ軍の海上からの砲撃によって、またドイツに占領された第二次世界大戦中はイギリスの海岸砲台からの攻撃によって、都市は破壊し尽くされた。1944年6月から9月まで、ドイツ軍のイギリスに向けたロケット砲V1号の基地が築かれたが、同年9月末日連合軍によって解放された。
[志垣嘉夫]