カラ−キタイ

旺文社世界史事典 三訂版 「カラ−キタイ」の解説

カラ−キタイ

1132〜1211
遼の滅亡後,その一族である耶律大石 (やりつたいせき) が中央アジアのチュー川上流に拠ったカラ−ハン朝を征服して建てた王国黒契丹とも呼ばれた
カラ−キタイはイスラーム側からの呼称で,中国側からは西遼 (せいりよう) と呼ばれた。領域は東西トルキスタンに及ぶ。契丹 (きつたん) 人の中央アジアにおける征服王朝の性格をもち,盛んに東西貿易を行い,文化交流にも貢献。ナイマン部のクチュルクに滅ぼされた。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

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