カチンの森事件(読み)カチンのもりじけん(英語表記)Sprawa Katynia

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「カチンの森事件」の意味・わかりやすい解説

カチンの森事件
カチンのもりじけん
Sprawa Katynia

第2次世界大戦中のソビエト連邦によるポーランド将校大量殺害事件ソ連は 1939年9月にポーランドに侵攻し,約 1万5000人のポーランド将校を捕虜にした。そのうち 400人を除く大部分が所在不明となった。1943年4月13日にドイツ宣伝機関は,ソ連のスモレンスク郊外にあるカチンの森で 1940年4月頃殺害されたと推定される 4443人のポーランド将校の射殺死体を発見したと発表。これに対しソ連は,1941年6月にソ連領内に侵攻したドイツ軍が同年 8月に殺害したものであると主張した。ロンドンのポーランド亡命政府は赤十字国際委員会による真相調査を要請したが,ソ連はそれを拒否し,1943年4月25日に亡命政府との外交関係を断絶した。事件は第2次世界大戦後も両国関係に影を落とし続けたが,1987年4月ソ連のミハイル・ゴルバチョフ書記長が両国の歴史の空白について再検討することを約し,両国歴史家の合同委員会でこの問題が検討されることになった。その結論が出る前にポーランド側はソ連犯行説を裏づける資料を発表した。それをうけてソ連は 1990年4月,事件におけるみずからの非を認め,公式にポーランドに謝罪した。1992年10月ロシア政府は,ソ連共産党がポーランド人 2万人以上の虐殺を指令し,ヨシフ・ビサリオノビッチ・スターリンが署名した文書を公表した。

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