エーテル(媒質)(読み)えーてる(英語表記)aether

翻訳|aether

日本大百科全書(ニッポニカ) 「エーテル(媒質)」の意味・わかりやすい解説

エーテル(媒質)
えーてる
aether
ether

空間を満たす媒質としてかつて仮想された物質。時代とともに概念内容は変遷し、最終的にはアインシュタイン相対性理論の出現とともに否定された。

 もっとも古いエーテル概念は、アリストテレスの第五元素エーテルであろう。彼は地上界(月下の世界)と天上の世界(月より外の世界)を区別し、地上界を構成する四元素に対し、天界を構成する元素をエーテルと名づけた。この考えが青空とか、上層の空気というような意味で引き継がれ、惑星間の空間を埋める媒質という概念の形成とともに、その呼び名としてエーテルの語が用いられるようになった。

 エーテルに力学的性質をもつ物質性を与えたのはデカルトである。彼は延長としての物体とその運動とによって世界を解釈し、物理的世界を再構成した。これはいわば連続性にたつ世界像であり、遠隔作用や空虚な空間は否定され、空虚と見えるものも実は力を伝達でき、あるいは他の物理的効果を及ぼしうるのだから、なんらかの媒質によって満たされていなければならなかった。それが目に見えない微粒子のエーテルであり、光の伝播(でんぱ)や、光と色の多様性をもエーテル像で説明した。

 デカルトのエーテル理論は、彼の力学が批判されたあとも、少なくとも光学においては大きな影響力をもち、光の理論のなかに生き残った。フックを経てホイヘンスにより光の弾性波動説が展開される過程で、エーテルは光という波動を担う媒質となり、光は恒星からも地球に届くのだから、それは全宇宙に充満する実体的な物質と考えられた。

 ところで弾性波の性質は、その媒質の密度とか弾性係数というような力学的性質によって特徴づけられる。それゆえ、光の研究は、ある点ではエーテルという物質の力学的性質を研究することに帰せられる。ところが、この研究は大きな障害にぶつかった。その一つは偏光の問題で、このことから光は横波でなければならないが、空気のような気体中を通過する弾性波は縦波である。横波を与えるためには、固体の場合に出てくる他の弾性係数である剛性率を導入しなければならないが、そのようにしても光の速さの値がきわめて大きいことからすれば、密度は小さく、剛性率は非常に大きくなくてはならない。このことは、媒質エーテルがきわめて固い固体のようなものであることを意味している。ところが、密度は非常に小さいのであるから力学的にはきわめて想定しにくい。またこのように「固い」エーテルの中を諸天体や地球はどのようにして運行しているのであろうか。

 第二の問題はエーテルの静止系の問題であった。全宇宙に充満しているエーテルは何に対して静止しているのであろうか。広大な宇宙の中の一惑星にすぎない地球に対して静止し、地球とともに動いているという考えは、天動説を復活させるようなもので、とうていとりがたい。どこかにエーテルの静止系があるとすれば、地球はそれに対し運動しているはずであり、地球の自転・公転を考えれば、地球上での光学現象にその影響が現れそうなものである。しかしそのような事実は検出できなかった。

 やがてマクスウェルの電磁気学が成立し、電磁波の存在がヘルツによって実証されると、光は電磁波の一種ということになった。このことをエーテル概念の勝利、つまり場の実体化とみる人もかなりあったが、一部の人たちは電磁波を弾性波と考える必要がなくなったことに注意し、光電磁波の媒質であるエーテルから力学的性質を抹殺した。すなわち、エーテルは非力学的な電磁エーテルに変貌(へんぼう)する。

 しかしこのようにしてもエーテル静止系の問題は残る。というのは、電磁気学の成立によって、エーテルの静止系には、新たに「そこで電磁気学の基礎方程式が成り立つ座標系」という性格が付け加えられることになったが、ある座標系でマクスウェル方程式が成り立てば、別の運動している座標系では光速は変化してしまう。力学では無限にありえた慣性系が、電磁気学では唯一の絶対静止系に決まってしまう。エーテルには、この絶対静止系を担うという機能のみが残された。こうして、エーテルに対する地球の運動、すなわち絶対静止系に対する地球の運動を検出することが重大な課題となった。ところがそれを試みた実験の一つであるマイケルソンとモーリーの実験は、明らかに否定的な結果を与えた。この説明のために、たとえばローレンツ収縮なども提案されたが、最終的にはアインシュタインの相対性理論の登場によって解決が与えられた。彼は絶対静止系の存在を、いいかえれば長い間、物理的実体と想定されていたエーテルの存在そのものを否定したのであった。

[藤村 淳]

『E・ホイッテーカー著、霜田光一・近藤都登訳『エーテルと電気の歴史』(1976・講談社)』『大野陽朗監修『近代科学の源流 物理学編Ⅱ』(1976・北海道大学図書刊行会)』

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