インド諸言語(読み)いんどしょげんご

日本大百科全書(ニッポニカ) 「インド諸言語」の意味・わかりやすい解説

インド諸言語
いんどしょげんご

インド内で話される諸言語、すなわちインド人がそれぞれ話す母語の総称。しかし、インドが独立する以前は、現在のインドをはじめ、パキスタンバングラデシュスリランカネパールブータンミャンマービルマ)などの諸国を含む旧イギリス領インド亜大陸で話される諸言語を意味していた。

 現在のインドで話されている諸言語を系統別に考えてみると、〔1〕オーストロ系Austric(またはニシャーダ系Niādá)、〔2〕シナ・チベット系Sino-Tibetan(キラータ系Kírāta)、〔3〕ドラビダ系Dravidian(ドラビダ系Dravia)、〔4〕インド・アーリア系Ārya、の四つに分けることが可能である。これら4系統の諸言語を話す種族がインドに次々と移住してくる以前には、先住民やアフリカ大陸に起源をもつネグロイド系種族Negroidが住んでいたものと想定されている。しかし、彼らの言語は、その後に移住してきた諸民族の言語に吸収され、先述した四大系統諸言語の素地substratum(あるいは基層語)として、その痕跡(こんせき)をとどめているにすぎない。

[奈良 毅]

使用人口

インド政府が1991年に実施した人口調査によると、人口総数は8億4630万2688人(男4億3923万0458人、女4億0707万2230人)となっているが、言語系統別にみた場合、アーリア系が全体の75%強、ドラビダ系が23%強、オーストロ系が1%強、シナ・チベット系が1%弱となる。また、それぞれの地理的分布については、ドラビダ系がインド半島の南部、残り全部をアーリア系が占め、オーストロ系はインドの中部から東部にかけて、シナ・チベット系は北部から東部に連なるヒマラヤ山脈地帯に散在しているとほぼいえよう。

[奈良 毅]

公用語

インドには、憲法上の規定と中央政府の努力にもかかわらず、いまだに国語が成立しておらず、国会ではヒンディー語と英語が公式用語として使用されている。また、憲法では次の18の諸言語が公用語と規定され、英語とともにそれぞれの州において公的目的のため使用されている。アッサム語Assamese、ベンガル語Bengalī、グジャラート語Gujarātī、ゴルカリー語Gorkhalī(ネパール語Nepālī)、ヒンディー語Hindī、カンナダ語Kannaa、カシミール語Kashmīrī、コーンカニー語Kōkaī、マニプリー語Manipurī、マラヤーラム語Malayāam、マラーティー語Marāhī、オーリヤー語Oiā、パンジャーブ語Panjābī、サンスクリット語Saskt、シンド語Sindhī、タミル語Tamiテルグ語Telugu、ウルドゥー語Urdū。

[奈良 毅]

歴史

それぞれの系統に属する諸言語は、もうすこし詳しくみると、以下のようになる。もっとも多い使用人口を抱え、インドの政治、経済、文化の面で重要な地位を占めるアーリア系諸言語は、インド・ヨーロッパ語族のなかのインド・イラン語派に属する最東端の語群である。これら諸言語は、いまから5000年以上も前、ウラル山脈の麓(ふもと)にあるユーラシア平野に住んでいた種族が、中近東やペルシア地方を通って、紀元前1500年以降二度にわたってインドの北西部に入ってきたときにもたらし、先住民族のドラビダ系、オーストロ系、シナ・チベット系の3種族との接触を通じ、彼らの諸言語との相互影響を受けつつ発達してきた言語である。古代アーリア語のなかには有名なベーダ文典に用いられたベーダ語があり、中期アーリア語には、単にインドのみならず世界に誇りうる文学作品としての『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』をはじめ、医学、薬学、天文学、言語学、哲学、宗教学などの優れた作品に用いられたサンスクリット語、仏教教典に用いられたパーリ語Pāliなどがある。さらに10世紀前後に成立した現代アーリア語のなかには次のような諸語が含まれる。

(1)北西グループ(ラフンダ語Lahndī、シンド語など)。

(2)南グループ(マラーティー語、コーンカニー語Kōkaī)。

(3)東グループ(オーリヤー語、ベンガル語、アッサム語、マイティリー語Maithilī、マガヒー語Magahī、ボージプリヤー語Bhōjpuriyāなど)。

(4)東中グループ(アワディー語Awadhī、バゲーリー語Baghelī、チャッティースガリーChattis-gahīなど)。

(5)中央グループ(ヒンディー語、ウルドゥー語、ブラジバーカー語Brajbhākhā、パンジャーブ語、グジャラート語、マールワーリー語Māwārī、ジャイプリー語Jaipurī、ビーリー語Bhīlī、カンデーシ語Khandeshi、サウラーシュトラ語Saurārīなど)。

(6)ヒマラヤ・グループ(ネパール語Nepālī、ガルワール語Gahwālī、クマーウーニー語Kumāūnīなど)。

(7)ダルド・グループ(カシミール語)。ただし、このグループの言語は、アーリア系に属しながらも、他の六つのグループとは異なる発達を遂げている。

 アーリア系諸語に次いで重要なものはドラビダ系諸言語である。この系統に属するものとしては、公用語として使用されているタミル語、マラヤーラム語、カンナダ語、テルグ語のほか、ゴンディ語Gondi、オラオン語Oraon、トゥル語Tuu、クイ語Kui、サバラ語Savara、コンダ語Koa、パルジ語Parji、トダ語Todaなど文字をもたぬ27の諸語がある。これらのうち、紀元前からのもっとも古い伝統と豊富な文学を誇るタミル語は、タミル・ナド州の公用語であって、文語と口語の2形式を有すると同時に、バラモン階級とそれ以外のカーストとの差に基づく二つの異なった表現形式をも有する。一方、ケララ州の公用語たるマラヤーラム語は、中期タミル語の西部方言が独自の発達を遂げたもので、9世紀前後に成立したものと考えられる。この言語は、ケララ州の北部・中央・南部という地域差に基づく方言群と、宗教やカーストの差に由来する階層語群をそのなかに抱えている。次に、タミル・ナド州とケララ州に隣接するカルナータカ州の公用語であるカンナダ語は、前4世紀ごろに形成されたものと考えられるが、現在は教養人たちの用いる文語と三つの階層語からなる口語の2形式、また地域差による三つの方言群を抱えている。さらに、アンドラ・プラデシュ州の公用語で7世紀ごろの古文献をもつテルグ語も、文語と標準口語の2形式と三つの階層語、四つの主要方言をもっている。

 前述の二大言語系に比べると、使用人口がきわめて少なく、しかもインド各地に散在する形で分布するのが、シナ・チベット系諸語と、オーストロ系諸語である。前者は、前1000年以前にガンジス川上流の渓谷を通りインド領内に入ってきたモンゴル系種族の言語が発達したもので、アーリア系言語の影響を強く受けている。おもなものとしてネワール語Newārī、マニプリー語Manipurī、レプチャ語Lepca、シッキム語Sikkimese、ラダク語Ladakhī、ガロ語Garo、ティプラ語iprāなどがある。なお後者の諸言語は、東南アジアやオセアニアの諸島に分布する諸言語と同系統で、かつては全インドにわたって広く分布していたものと推定されている。おもなものに、サンタル語Santalī、ムンダリー語Muārī、カシ語Khasi、ニコバル語Ncobareseなどがあるが、文字をもたず、豊かな口誦(こうしょう)文学を発達させている。

[奈良 毅]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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