インド・ヨーロッパ諸族神話(読み)いんどよーろっぱしょぞくしんわ

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

インド・ヨーロッパ諸族神話
いんどよーろっぱしょぞくしんわ

インド・ヨーロッパ諸族は、人間の社会が、(1)王を含む司祭たち、(2)戦士、(3)これら2種の支配者に服属して食糧と富の生産に従事する庶民、の3階級で構成されると考え、この構成に対応する3種の原理あるいは力の協同が、宇宙の運行のためにも不可欠と信じていた。その根強い観念によって、インド・ヨーロッパ諸族の神話は支えられ、また組み立てられている。このことを発見したのは、フランスの比較神話学デュメジルGeorges Dumézil(1898―1986)で、インド・ヨーロッパ諸族神話の基本を形成しているこの三分的世界観を「三機能体系」とも「三部イデオロギー」とも名づけ、その3種の身分の役割に対応する自然の摂理をそれぞれ「第一機能」「第二機能」「第三機能」とよんだ。

 さらに、この「三機能体系」に従って神界も、(1)魔術を使って宇宙に王として君臨する第一機能の神々、(2)風、雨、雷、稲妻など自然現象をおこしながら悪魔的現象と戦う第二機能の神々、(3)地上豊穣(ほうじょう)と生殖およびその条件でもある平和、健康、美などをつかさどる第三機能の神々、の3種から成り立っていると考えた。もっとも主要な第一機能神は、二柱(ふたはしら)の最高神で、一つは神秘的かつ魔術師的な神、もう一つは司法者的、祭司的な神とされ、前者はインドのバルナ、古代ローマのユピテルなどに、後者はインドのミトラゲルマンのチュールらによく表されている。古代ローマのマルスギリシアヘラクレスなどは、第二機能を代表する怪力の英雄的戦神で、第三機能のなかでもっともおもだった存在は美男の双子神であり、その性格はインドのアシュビン、ゲルマンのニョルドとフレイなどに継承されている。

 また、この双子的豊穣神を頭領とする第三機能神の数はきわめて多く、彼らはもともとは天上界の上位2機能の神々とは別個の神族を構成していたとみられていた。あるとき両神族の間で抗争が起こるが、それぞれが自己のつかさどる機能の威力を十分に相手方に思い知らせあうと、最後に和解が成立した。その結果、第三機能の主神たちにも上位機能の主神たちと比肩する地位が神々の間で認められることになって両神族が合体し、宇宙秩序の維持のために3種の機能神が協力しあうという体制ができあがったと信じられた。この構造は、アサ神族とバニル神族の戦闘を物語ったゲルマン神話にとくによく保存されている。またインド・ヨーロッパ諸族は、以上の3種の機能神のほかに、3種の機能のすべてに関与する神威広大な大女神も崇(あが)めている。この多機能的大女神の性格は、河水の神格化された存在としてインドのサラスバティーと、イランのアナーヒター両女神にもっともよく伝えられている。

[吉田敦彦]

『吉田敦彦編著『比較神話学の現在――デュメジルとその影響』(1975・朝日出版社)』『ジョルジュ・デュメジル著、松村一夫訳『ゲルマン人の神々』(1980・日本ブリタニカ)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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