イブンタイミーヤ(英語表記)Ibn Taymīya

デジタル大辞泉 「イブンタイミーヤ」の意味・読み・例文・類語

イブン‐タイミーヤ(Ibn Taymīya)

[1263~1328]イスラム教ハンバリー派の聖法学者・神学者シリアの生まれ。その思想は近現代の復古主義的イスラム改革運動の源流となっている。

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改訂新版 世界大百科事典 「イブンタイミーヤ」の意味・わかりやすい解説

イブン・タイミーヤ
Ibn Ṭaymīya
生没年:1263-1328

イスラムのハンバル派の法学者,神学者。ハッラーンで生まれ,ダマスクスで没した。彼の一生は,その厳しい思想のために,ウラマーやスーフィーたちとの論争や,権力者による投獄などの迫害との闘争の連続であった。彼は神と人間の絶対的不同性を強調し,神秘的な神との合一を否定した。人間の最高の目的をイバーダ,すなわち神への奉仕にあるとして,その基礎をシャリーア(イスラム法)の絶対性とその完全な遂行に置いた。このような立場から,スーフィー的な汎神論や世俗的権力に追従するウラマーの堕落を鋭く攻撃して両者反感を買った。コーランスンナムハンマドの範例・慣行)こそ信仰の基本であり,シャリーアの源だとしてその原点に戻ることを強調する彼の思想は,18世紀のワッハーブ派を生み出し,近・現代のムスリム改革主義者の出発点となっている。
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世界大百科事典(旧版)内のイブンタイミーヤの言及

【イスラム】より

…このことは,単に法学上の問題だけにとどまらず,神秘主義がスンナ派信仰のなかにその場所を得,一般に神秘主義的傾向が強まったことと相まって,スンナ派神学の固定化を招いた。その後イブン・タイミーヤのように,イジュティハードの門の閉鎖に強く反対し,神秘主義者の汎神論と聖者崇拝を鋭く非難する者もあったが,12世紀以降近代にいたるまで,スンナ派イスラム世界に思想の安定化と固定化の時代が訪れる。
[諸分派の活動]
 前近代のイスラムにあって分派的宗派とみなしうるものは,それぞれの分派を含むハワーリジュ派とシーア派である。…

【ハンバル派】より

…ブワイフ朝のバグダード入城(946)まで,この地で最も勢力を誇る法学派であったが,ブワイフ朝のシーア派保護政策により,しだいに勢力を失った。イブン・タイミーヤと,その弟子イブン・カイイム・アルジャウジーヤの活躍により,14世紀にシリアで一時勢力を回復したが,あまりにも排他的であったため長続きしなかった。18世紀にイブン・タイミーヤの強い影響を受けたワッハーブ派がアラビア半島に興り,現在ハンバル派に属すものは,このワッハーブ派だけである。…

※「イブンタイミーヤ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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