イチョウ(英語表記)ginkgo
maidenhair-tree
Ginkgo biloba L.

改訂新版 世界大百科事典 「イチョウ」の意味・わかりやすい解説

イチョウ
ginkgo
maidenhair-tree
Ginkgo biloba L.

神社・寺院の境内,庭園,街路樹に広く栽植されている裸子植物の高木。1属1種でイチョウ科を設ける。中国原産で,現在,浙江省にわずかに自生するだけといわれる。また日本にも原産したとか,観音像のある所にしばしば老樹があるので,観音像の渡来とともに僧侶によって日本に持ちこまれたという説がある。1690-92年(元禄3-5)滞日したドイツ人ケンペルによって,はじめてヨーロッパに紹介され,1730年ごろには生樹がヨーロッパに導入された。それ以後,世界の温帯地域に栽植されるようになったといわれる。雌雄異株で,一般に古い雄株では枝が挙手したように上向きに伸び,雌株では水平に張る傾向にある。雌株では枝もたわわに種子がつくことがあるので,その重みで枝が水平になることもあるかもしれない。ときに高さ30m,周囲10mに達する巨木となり,各地で天然記念物に指定されている。青森県十和田市の旧十和田湖町法量の善正寺跡のイチョウ(周囲12m,高さ27m),岩手県久慈市長泉寺の大イチョウ(周囲14m),岐阜県高山市国分寺の大イチョウ(周囲10m),宮崎県高千穂町下野八幡宮のイチョウ(周囲9m,高さ36m)などが巨樹として知られている。

 花は短枝上につき,雄花は短い穂状で小胞子葉(おしべ)を軸上に密生する。雌花は柄の先端についた通常2個の胚珠から成る。葉は扇形で葉脈は二叉(にさ)分枝し,末広がりにひろがる。中国名は銀杏,公孫樹または鴨脚樹(ヤーチアオシユー)で,後者は葉形に由来する。これを日本でヤーチャオと聞き,さらにイーチャオと転訛(てんか),後にイチョウとなったといわれる。また属の学名Ginkgoは銀杏の音読みを間違って記してしまったもの。胚珠は初夏に青くふくらみ,9月ごろ受精し,10月下旬に黄色に熟する。これは俗にイチョウの実と呼ばれるが,植物学的には果実ではなく,種子である。種皮の外層は多汁質で一見果肉様で独特の臭気を放つ。これはビロボールbilobolやイチョウ酸ginkgolic acidを含むためで,皮膚の傷口から入るとかぶれをおこす。種子を土中に埋め,外層を腐らせ,堅い種皮中層が露出したものがぎんなんで,多量のデンプン,少量のタンパク質と油脂を含有し,酒のつまみや茶わん蒸しの具に好適である。また漢方では白果(はくか)と呼ばれ,薬用とされる。



 1896年,平瀬作五郎が種子植物として,はじめてイチョウの精子を発見したのは植物学史上有名である。イチョウ類の祖型は古生代末に出現したトリコピチスTrichopitysといわれる。これは二叉分枝して1本の葉脈をもった細い線形の葉と,羽状に分枝し木の枝の先端に1個の胚珠をつける大胞子葉が対をなして生えていた。中生代に入ると線形の葉が癒合をくりかえし,数本の平行脈をもった帯状またはへら状の葉(バイエラBaiera,ギンゴイテスGinkgoites)をへて,しだいにイチョウのような扇形の葉に移行し,二叉分枝した葉から扇形の葉にいたる進化過程を見ることができる。またしばしばイチョウの雌花が分枝し,多数の胚珠をつけることがあるのも先祖返り現象と見られている。葉が2裂して,片方が葉,片方が胚珠となること(お葉付きイチョウ)もイチョウの祖型を探る意味では興味ある現象である。

 イチョウは病害虫に強いだけでなく,火熱にも耐えることができ,長命である。老樹では枝や幹から乳房状の突起が垂下することがあり,乳(ちち)と呼ばれ,ときには直径1m以上になる。乳イチョウは,出産・授乳の信仰対象とされていることがある。また栽植されているものに,シダレイチョウフイリイチョウキレハイチョウなどの変異が知られている。イチョウは生長が速いので,種子からも比較的短年月で成木になるし,ひこばえや枝の挿木でも繁殖させることができる。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「イチョウ」の意味・わかりやすい解説

イチョウ
いちょう / 銀杏
公孫樹
[学] Ginkgo biloba L.

イチョウ科(分子系統に基づく分類:イチョウ科)の落葉大高木で、大きいものは高さ45メートル、直径5メートルに達する。樹皮灰色で厚く、縦に割れ目ができる。幹枝から乳といわれる気根を下垂することがある。枝には長枝と短枝があり、葉は長枝ではまばらに互生し、短枝では数枚が密に束生する。葉身は扇状で中央に一つの切れ込みがあり、それ以上に不規則に切れ込むものがある。秋には美しく黄葉する。雌雄異株。雄花は淡黄色の短い穂となり、多数の雄しべがある。雌花は緑色で、果柄の先に2個の胚珠(はいしゅ)がつく。雄花の花粉は風によって遠方まで飛散する。4月に胚珠の花粉室に入った花粉はそこで発育し、9月上旬の成熟前に精子を生じ、造卵器に入り受精する。精子のできることは、1896年(明治29)池野成一郎、平瀬作五郎によって発見され、分類学上の位置がはっきりした。この精子が発見された原木は、現在も東京大学小石川植物園内に健在している。種子は核果様で、熟すと外種皮は黄色となり肉質で悪臭があり、内種皮は硬く白色で、2~3の稜線(りょうせん)がある。4月に開花し10月に種子は成熟する。中国原産で、耐寒耐暑性があり、北海道から沖縄まで広く植栽され、また世界各地に植えられている。

 強健で抵抗力が強く、土地を選ばず生育する。成長は早く、病虫害は少ない。萌芽(ほうが)力が盛んで、強い剪定(せんてい)にも耐える。樹皮は厚く、コルク質で気胞分があり耐火力に優れ、古くから防火樹として知られる。葉の縁(へり)に奇形的に種子をつけるオハツキイチョウ、葉がらっぱ形をなすラッパイチョウ、葉に白や黄の斑(ふ)のあるフイリイチョウなどの品種がある。繁殖は普通は実生(みしょう)であるが、挿木や接木もできる。材は淡黄色をなし、柔らかく緻密(ちみつ)で光沢美があり、反曲折裂および収縮が少なく、建築、器具、彫刻などに利用する。種子は銀杏(ぎんなん)といい食用とする。木は庭園樹、公園樹、街路樹、防風樹、防火樹、盆栽など広く利用され、近年は種子をとる果樹としても栽培される。

[林 弥栄 2018年3月19日]

民俗

神社や寺院などに多くみられるイチョウは、民家に植えるのを忌み嫌うが、これは全国的である。イチョウについては多くの伝説が語られており、杖(つえ)銀杏というのは、弘法(こうぼう)大師などの高僧が携えた杖を地面にさしたのが成長して枝葉を生じたといわれ、東京・麻布(あざぶ)の善福寺にあるものなどはその一例である。また、逆さ銀杏というのは枝葉が下を向いて生えるのでいったが、イチョウの古木に生じる気根を削って煎(せん)じたものを飲むと乳の出がよくなるという乳銀杏の古木が、神奈川県川崎市の影向寺(ようごうじ)など全国各地にある。このほか子授け銀杏といって、東京・雑司ヶ谷(ぞうしがや)の鬼子母神(きしもじん)の境内にあるイチョウは、その木を女が抱き、葉または樹皮を肌につけていると子供が授かるという。泣き銀杏というのもあるが、そのいわれはさまざまで、有名な千葉県市川市の真間山(ままさん)弘法寺(ぐほうじ)のものは、日頂上人(にっちょうしょうにん)(1252―1317)が父の勘当を受けたためにこの木の周りを泣きながら読経したからという。

[大藤時彦 2018年3月19日]


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栄養・生化学辞典 「イチョウ」の解説

イチョウ

 [Ginkgo biloba].イチョウ目イチョウ科イチョウ属の落葉高木で,未熟種子を食用にする.⇒ギンナン

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のイチョウの言及

【薬用植物】より

…また類似した形態を有するヤブカラシ(ブドウ科)は,このアマチャヅルと誤認されやすいため偽物が出回っているという。並木としても美しいイチョウは血管強化薬の原料として,葉が日本からドイツへ輸出されているし,ヤマノイモ類が性ホルモン製剤の原料としてインドネシアから日本に輸入されている。これらはそれぞれ既知の薬効成分や新しい生理作用を有する成分,あるいは薬物への化学転換の容易な物質の発見の結果,ふつうの植物が薬用植物として認識され利用されるようになったものである。…

【有毒植物】より

ウルシ,ハゼノキ,ヌルデ,マンゴーなどウルシ科植物による強いアレルギー性皮膚炎の原因は含有成分のウルシオールにある。イチョウの果肉(種皮)や葉に含まれるギンゴール酸も皮膚炎をおこす。花の美しいプリムラ類による皮膚炎の原因は,葉の腺毛に含まれるプリミンによるものである。…

※「イチョウ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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