軟体動物門頭足綱のうち,現生ではコウイカ目Sepioidea,ツツイカ目Teuthoidea(あわせて十腕形類Decembrachiata)を総称。英名ではコウイカ類のように体の短いものをcuttlefish,ヤリイカ,スルメイカのように体の細長いものをsquidという。全世界の海におよそ400~500種,日本を含む北西太平洋に90~100種すむと推定される。最大のものはダイオウイカ類で外套(がいとう)長6mに達し,最小のものはヒメイカ類で外套長は1.6cm程度である(図)。日本ではイカ類は魚に次いで食膳によくのぼる。タコ類とは,肉質のひれをもち,4対の通常腕のほか,1対の特別にのびる餌捕獲用の触腕をもち,吸盤に柄があり,角質環がはまっており,外套膜背部に体を支える貝殻をもつことなどが異なる。
イカ類は左右相称で一般に外套膜に包まれた胴と頭,腕がひと続きになった部分からなる。外套膜は筋肉質の袋で,円筒形または袋形で,後端あるいは側縁に肉ひれをもっている。胴体の背側にはコウイカ類のように舟形の甲(貝殻)をもつものと,ヤリイカ類,スルメイカ類のような膠質(こうしつ)のササの葉形の薄い軟甲(ペンpen)をもつもの,あるいはまったくそれらを欠くものとがある。胴体と頭部とは癒着しているものと,ボタンとソケットによってはまり合って接着しているものがある。頭部腹面には,じょうご形の漏斗があり,ここから呼吸水の排出,不用物や生殖物質の排出が行われる。側面にはよく発達した眼があり,頭部軟骨の下に集中した神経とともに,無脊椎動物中もっとも鋭敏な器官として働く。腕(俗に足という)は背側から,腹側にかけて8本(4対)のほぼ同大同形のものが口を囲んで環状に配列し,さらに第3腕と第4腕の間から特別に伸縮自在の触腕が2本(1対)出るのがふつうであるが,例外的にこれを欠くものもある。口には俗に“からすとんび”といわれる鋭くとがったキチン質の顎板があり,これで餌をかみちぎる。また口腔底には軟体動物特有のそしゃく器官である歯舌をそなえ,これで餌をワサビおろしのようにこすりとって食べるが,腹足類(巻貝)などに比べると弱い。消化管は,外套膜に包まれた内臓塊の後端で,Uターンして肛門も前を向く。直腸の近くに墨ぶくろの開口があり,墨は漏斗を通じて自由に外界に吐くことができる。イカの墨はタコの墨が煙幕的用途があるのに比べ,自分と同じ形と大きさのおとりをつくり襲撃者の目をそらせる役目をするといわれている。呼吸水は外套と内臓囊との隙間の外套腔にとり入れ,左右1対のえらを通過させ,漏斗から不用物などとともに外に排出される。また噴出した水の反動で泳ぐが,方向は漏斗の向きを変えることによって前後左右自由自在である。えらの根もとには,イカ・タコ類特有のえら心臓をもち,えら静脈で真の心臓(1心室2心耳)につながる。遊泳性の強いものは,体軸を地表と水平に保っているが,中層浮遊性のものは必ずしもそうでない。
イカ類はすべて雌雄異体で,交尾に際して雄は精莢(せいきよう)と呼ばれる精子の入った袋を,特別な構造になった1本の腕(交接腕,化茎腕)を用いて渡し,雌は精莢から発射された精子を蓄え,産卵時に卵を受精させる。生殖期は4~6月が多い。沿岸性のコウイカ類やヤリイカ類などでは,厚い寒天質にくるまれた卵を海底に産みつけるが,沖合性の種類は浮遊卵を産み出すらしい。発生は他の軟体動物と異なり,一種の盤割卵でトロコフォラ幼生期やベリジャー期は通らず,親のミニチュアとして孵出(ふしゆつ)する。幼期は海流により漂流し分布域を拡大するが,ある大きさに達すると群性を示す。
成体のイカは海獣類,海鳥類,大型魚類を除いては,海洋における食物連鎖の最上位に位置する。徹底した肉食者で,主として小型浮遊性甲殻類,魚類,頭足類を捕食する。触腕を急速にのばして餌をとらえて食べる。また,イカは海洋中の大型動物の重要な餌ともみなされる。沿岸性のもの(ヤリイカ類など)にも,沖合性のものにも発光するものがあり,発光には発光バクテリアの共生によるものと,発光器があって自身で発光するものとがある。なかでもホタルイカなどの発光はきわめて著名で,生物発光の研究材料とされてきた。日光が透過するまでの深度にすむ種の発光は,種の相互認識や性別の識別以外,海表面からの光線の照度と合わせることによって自分の身をくらませる保身のためである。しかし,特大の発光器官は,敵に対する威嚇や餌をおびきよせる擬餌としての働きをもつ。イカ類は海の表面から,水深およそ4000mくらいの大深海まですみ,種によって種々の垂直移動を行う。種によっては幼期は海の浅いところに,成長するに従い深いところに移動,生殖を行う〈個体発生的下降〉を示すものも少なくない。イカ類には年齢を示す形質がほとんどないが,最大体長40cmになるヤリイカや,32cmくらいのスルメイカも一生は1年で終わると解されている。
化石種のイカを除いて,現生のコウイカ目には,石灰質の甲をもつコウイカ科を中心に,カミナリイカ,コウイカ,コブシメ,ヒメイカ,ミミイカ,ダンゴイカ,スピルラ,ユウレイイカなど世界におよそ120~130種分布する。スピルラなどは深海にもすむ。前者を除くツツイカ目には,ヤリイカ,ケンサキイカ,アオリイカ,ホタルイカ,ダイオウイカ,スルメイカなどが含まれる。ヤリイカのような沿岸性の種もあるが多くは沖合性で,とくにアカイカ科(スルメイカ類),ソデイカ科,ツメイカ科などは沖合表層性の種で,体は筋肉質に富み,産業的価値が高い。これに比べ,中層性の種類は漁獲が困難であるばかりでなく,筋肉も弱く,小型で利用価値は低い。
イカ類の多くが強い走光性をもち,動くものに対して鋭敏に反応捕捉(ほそく)する性質のあることを利用して,集魚灯を使って集めこれを擬餌で釣り上げる方法が広く用いられている。現在では大型漁船の玄側に多数の自動イカ釣機を装備したものがあり,遠洋まで進出しているが,その発祥は200~300年前にさかのぼる。当時は函館地方で“山手”と呼ぶてんびんの両端に,糸で擬餌針(いかつの)をつけたものや,あるいは“はねご”と称するV字状の細竹の両先端に針をつけたものを用い,針を海中で間断なく上下し,これを餌とまちがえてつかんだイカを釣り上げた。戦後はベークライト製の擬餌針を30~40個連結した糸を手巻きのローラーで上下するものから電動式へと改良が加えられ,現在では巻上げ巻下ろしのみならず,適当な上下運動(しゃくり)を加えた全自動イカ釣機にまで発達した。集魚灯もこれに伴い種々の改良が加えられた。これらの漁法はもっぱらスルメイカ,アカイカ,トビイカなどの外洋性イカ類に適用され,沿岸に寄るヤリイカ,ケンサキイカ類は沿岸に敷設した定置網やます網で,海底付近にすむコウイカ類には種々の底引網が有効で,かつてはヨーロッパコウイカ(市場名モンゴウイカ)などは日本の大型の遠洋トロールによって多量に漁獲されていた。特殊な漁法に枝の束(そだ)を海中につけ産卵にくるのを釣る〈いかしば漁業〉とか,雌をおとりに使う〈いかかご漁業〉などもある。
執筆者:奥谷 喬司
奈良時代から諸国の貢納品のうちにイカが見られるが,これはもちろん干物であったと思われる。生のイカの料理は名称だけであるが,《料理物語》(1643)に吸物,なます,刺身,かまぼこ,煮物,青あえなどが見られる。青あえは,枝豆をすって調味してイカをあえるものであった。現在では,肉の厚いアオリイカやコウイカは,刺身,すし種,てんぷら,焼物などに,肉の薄いスルメイカやヤリイカは刺身,あえ物,焼物,煮物,てんぷらなどのほか,中国料理にも用いられる。小型のホタルイカは生食もするが,ゆでて酢みそで食べるのもよい。イカの加工品はするめと塩辛がおもなものである。
執筆者:鈴木 晋一
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出典 日外アソシエーツ「事典 日本の地域ブランド・名産品」事典 日本の地域ブランド・名産品について 情報
…品質は優れ,とくにドンコは定評がある。対馬で最も重要な産業はイカ,ブリ,タイの漁業である。かつてはイカ漁業が対馬漁業の代名詞のようにまでいわれていたが,島の西側漁場が日韓漁業協定による共同規制水域の設定で出漁隻数に制限をうけ,漁獲高は年々減少している。…
…黒潮から分かれた対馬海流が日本海へ北上し,西水道には水深200m,延長60km以上の浸食谷がみられる。日本有数のイカ漁場で,一本釣漁業が盛んである。古代から大陸・半島文化が日本へ伝わる海上の道であり,またモンゴルの日本侵攻や日本からの半島攻略の経路でもあった。…
※「イカ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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