アンダーソン(Sherwood Anderson)(読み)あんだーそん(英語表記)Sherwood Anderson

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

アンダーソン(Sherwood Anderson)
あんだーそん
Sherwood Anderson
(1876―1941)

アメリカの小説家。9月13日、中西部オハイオ州の田舎(いなか)町で生まれる。貧しい少年時代を過ごし、成功の夢を抱いてシカゴに出る。広告会社の記者として活躍し、結婚後退職してオハイオで塗料の通信販売会社をおこし、社長となる。しかし、実業界で出世することのむなしさを痛感、その一方、創作意欲が高まり、30代のなかばで作家への転身を決意しシカゴへ赴き(のちに離婚)、「シカゴ・ルネサンス」とよばれる革新的な文芸運動の啓蒙(けいもう)を受ける。すでにオハイオで書き上げていた半自伝的な小説『ほら吹きマクファーソンの息子』(1916)を発表。これは、仕事と家族を捨てて「自己発見の旅」に上る実業家を主人公としたもので、模倣的な習作の域を出ない作品だったが、やがて、素朴な語り口ながら前衛的な心理表現を用いて、田舎町の清教主義的な因襲道徳の支配下にある孤独な人々のグロテスクな内面生活を描いた異色の短編集『ワインズバーグ・オハイオ』(1919)を著し、文壇波紋を投じた。これによってアメリカの新しい文学の担い手と目され、後輩のヘミングウェイフォークナーにも多大の影響を及ぼした。続いて、近代工業化の波に襲われた中西部の農民手工業者の混乱した生きざまを照明した『貧乏白人』(1920)、また、不毛な大都市シカゴを蒸発し、黒人の健康な笑いを求めて南部へ下る文明人の意識の流れをJ・ジョイス風のタッチで表現した『黒い笑い』(1925)などで声価を高めた。

 しかし、文学上の実験に深入りしすぎたうえ、晩年にはプロレタリア小説にも筆を染めて『欲望彼方』(1932)を公にしたが、社会問題が感覚的な次元でしか把握されておらず、構成上の乱れもあり失敗に終わる。

 自らを「物語作者(ストーリー・テラー)」とよぶアンダーソンは、長編小説よりも『卵の勝利』(1921)や『森の中の死』(1933)などの短編集に収められている小編(とくに思春期の少年を語り手とする物語)を得意とする。また、自伝的作品に『物語作者の物語』(1924)、『回想録』(1943)などがある。1941年3月8日没。

[小原広忠]

短編

アンダーソンは『卵の勝利』(1921)、『馬と人間』(1923)、『森の中の死』(1933)の短編小説集を残したが、それぞれの一編「卵」「女になった男」「森の中の死」において、「彼は最高頂に達した」と、批評家アービング・ハウはいう。

 これらの傑作に共通する特徴の第一は、主人公の語りである。アンダーソンは語りに特別な意味を求めていた。「毒プロット」といってプロットを否定する彼の、プロットにかわる一つのフォームこそ語りである。第二は、その語り手が一人称であることである。アンダーソンの自伝的特徴がここにも感じられる。第三は、主人公が少年であることで、これは開眼物語の可能性を意味する。第四は、動物の重要な役割であり、この三編には、鶏と馬と犬が登場する。これは、文明による汚染度の低いもの、自然、動物、子供、女性、黒人、弱者などに対する彼の愛情の現れを示す。第五はグロテスクである。人が卵にしてやられ、男が女になり、人が犬になぶられる。しかし、ここにいとしさがあり、美がある。

 このような特徴をもつ短編小説集において、アンダーソンは一幅の絵として人生を描いた。ここに彼の本領がある。

[古平 隆]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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