アルツハイマー病(読み)アルツハイマービョウ

デジタル大辞泉 「アルツハイマー病」の意味・読み・例文・類語

アルツハイマー‐びょう〔‐ビヤウ〕【アルツハイマー病】

アルツハイマー型認知症のうち、初老期(65歳未満)に発症するタイプのもの。進行が速い。ドイツの精神医学者アルツハイマー(A.Alzheimer)が1906年に初めて報告。アルツハイマー型初老期認知症。AD(Alzheimer's disease)。
[補説]アルツハイマー型認知症のことをアルツハイマー病という場合もある。

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EBM 正しい治療がわかる本 「アルツハイマー病」の解説

アルツハイマー病

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 老年期にみられる認知症の背景にある病気として代表的なものがアルツハイマー病です。進行性の病気で、いつとはなしに始まり、ゆっくりとではありますが、症状は次第に悪化していきます。
 初期はちょっとした物忘れや、曜日・日付の間違いなど記憶力が低下したり、場所や人、時間を覚えていられなくなる見当識障害(けんとうしきしょうがい)が現れたりします。症状は徐々に進行していき、物忘れはいっそうひどくなり、思考力や判断力など知的な働きも低下し、見当識障害も経過とともにさらに悪化していき、やがて、妄想(もうそう)をもち始めたり、夢と現実の間をさまようような異常な言動が現れ始めたりします。患者さん本人も混乱し、幻覚(げんかく)や被害妄想(ひがいもうそう)、感情の起伏が激しくなる、徘徊(はいかい)といった異常な行動がみられるようになります。
 さらに症状が進むと、言葉もでなくなり、運動機能が損なわれてさまざまな動作ができなくなるなど、仕事はもちろん自立した日常生活をおくることが困難になり、ついには寝たきりの状態になってしまいます。
 治療としては、知的な働きの低下による症状(記憶、言語力、判断力、思考力の障害などの中核症状)への対応、それに伴っておこってくるさまざまな感情的な混乱や、異常な行動(抑うつ、妄想、興奮、不安、幻覚、徘徊などの周辺症状)などへの対応を検討することになります。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 アルツハイマー病は、1907年にドイツの神経学者であるアルツハイマーの名にちなんで名づけられました。アルツハイマーは、徐々に記憶力の低下などの症状が進み、ついに寝たきりになって死亡した女性の大脳に、ある特徴的な変化を発見しました。その女性の大脳は、多くの神経細胞が脱落し、大脳皮質にアミロイドというシミ状の異常たんぱく(老人斑)が沈着し、大脳全体は萎縮(いしゅく)していました。この大脳の変化は、アルツハイマーの患者さんの大脳に共通してみられる特徴として今日知られています。アミロイドがアルツハイマー病の発症に深くかかわっているのではないかとの予測はありますが、現在でもなぜ、どのようにしておこってくるのかまだわかっていません。

●病気の特徴
 わが国では、アルツハイマー病は、認知症のなかではもっとも多い病気で、いまなお増加傾向を示しています。65歳未満で発症する場合は進行が早い傾向があります。40~50歳代の早期でおこる人は少なく、多くが60~70歳以降で発症し、加齢とともにかかりやすくなります。男性よりも女性でおこる割合の高い病気です。


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]認知症の症状が現れるほかの病気としっかり判別する
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 認知症の症状が、ほかの病気を原因としておこっているものかどうかを正確に判別する必要があるという非常に信頼性の高い臨床研究報告があります。アルツハイマー病以外で認知症の症状が引きおこされる病気のうちでも、とくに治療が可能である病気であるかどうかを判別することが大切です。(1)

[治療とケア]現在服用中の薬を点検する
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 薬の副作用によって、認知症に似た症状が現れるということが信頼性の高い臨床研究によって報告されています。内服薬のうち、向精神薬・抗コリン薬・鎮静薬などに注意が必要です。(1)

[治療とケア]知的な機能の低下が軽度から中等度であれば薬を用いる
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 知的な機能の低下が軽度から中等度(比較的深刻でない場合)までであれば、薬が有効であるという非常に信頼性の高い臨床研究があります。中等度以上の場合でも効果があるといういくつかの臨床研究報告がありますが、長期間の効果に関しては今後の研究の課題でしょう。(2)~(6)

[治療とケア]感情面に現れる症状や異常な行為・行動に対しては、必要に応じて薬で抑える
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 認知症の行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia: BPSD)として、感情的に混乱する、興奮する、幻覚やうつ的な傾向を示す、周囲に攻撃性を示すといった症状がでます。それらに対しては本人(または介護者)の生活や背景をよく考慮し、薬を用いて治療をします。しかし、その効能は、パーキンソン症状・認知機能低下・心血管性障害増加などの副作用や死亡率増加なども報告されているため、定期的に吟味して利用する必要があります。(7)(8)

[治療とケア]新たに現れる症状や異常な行為や行動に対しては、まず原因を探り、取り除くことができるものは取り除く(1)
[評価]☆☆
[評価のポイント] 新たに異常な行動などが認められたときは、常に感染症(尿路感染症、肺炎など)や薬の副作用(抗コリン薬など)に注意を払う必要があります。とくに、急に記憶力や思考力が低下したり、まとまった話や行動ができなくなったりする場合は気をつけましょう。

[治療とケア]知的な機能が低下することによっておこる二次的なけがや病気に注意する
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] アルツハイマー病により知的な機能が低下した人はそうではない人に比べて股関節(こかんせつ)の骨折が約2倍であるという臨床研究があります。患者さんの多くは自分の知的な機能が低下していることに気づいていません。介護している人を含めた周囲の人々は、徘徊による転倒、夏季であれば発汗による脱水、妄想や興奮によるけがなどに注意する必要があります。(1)(9)


よく使われている薬をEBMでチェック

知的な機能の低下が軽度から中等度の場合に用いられる薬
[薬名]アリセプト(ドネペジル塩酸塩)(2)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]レミニール(ガランタミン臭化水素酸塩)(3)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]リバスタッチ(リバスチグミン)(4)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]メマリー(メマンチン塩酸塩)(5)(6)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 知的な機能の低下が、軽度から中等度までであれば有効であるという非常に信頼性の高い臨床研究があります。

感情面に現れる症状や異常な行為・行動を抑える薬
[薬用途]幻覚、妄想、興奮などを抑える薬(非定型抗精神病薬)
[薬名]リスパダール(リスペリドン)(7)(8)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]ジプレキサ(オランザピン)(7)(8)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]エビリファイ(アリピプラゾール)(7)(8)
[評価]☆☆☆☆
[薬名]セロクエル(クエチアピンフマル酸塩)(7)(8)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] これらの薬が、幻覚、妄想、興奮などの症状を抑えるという非常に信頼性の高い臨床研究があります。しかし、その効能は、パーキンソン症状・認知機能低下・心血管性障害増加などの副作用や死亡率増加なども報告されているため、定期的に吟味して利用する必要があります。

[薬用途]抗てんかん薬
[薬名]テグレトール(カルバマゼピン)(10)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 幻覚、妄想、興奮などの症状を抑え、副作用が少ないという比較的信頼性の高い臨床研究があります。

[薬用途]グルタミン酸NMDA受容体拮抗薬
[薬名]メマリー(メマンチン塩酸塩)(11)
[評価]☆☆☆☆
[評価のポイント] 幻覚、妄想、興奮などの症状を抑えるだけでなく、それらの発症を予防することを示す信頼性の高い臨床研究があります。

[薬用途]抑うつ、意欲低下を抑える薬
[薬名]ルボックス/デプロメール(フルボキサミンマレイン酸塩)
[評価]☆☆
[評価のポイント] アルツハイマー病による認知症の患者さんの抑うつ症状についての効果は、専門家の意見で支持されています。
[薬名]パキシル(パロキセチン塩酸塩水和物)(12)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 抑うつ症状を抑える効果があるという臨床研究があります。
[薬名]トレドミン(ミルナシプラン塩酸塩)(13)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] アルツハイマー病による認知症の患者さんの抑うつ症状についての効果を示す臨床研究があります。

[薬用途]不眠を改善する薬
[薬名]デジレル/レスリン(トラゾドン塩酸塩)(14)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] アルツハイマー病による認知症の患者さんについての効果を示す臨床研究があります。
[薬名]レンドルミン(ブロチゾラム)
[評価]☆☆
[評価のポイント] アルツハイマー病による認知症の患者さんについての効果は、専門家の意見によってのみ支持されています。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
認知症の症状の原因を見極める
 アルツハイマー病を疑わせる認知症の症状があった場合、もっとも重要なことは、まず服用している薬やうつ病、代謝内分泌性疾患などによって引きおこされた二次的な症状かどうかを見極めることです。
 実際にアルツハイマー病と正確に診断するためには、大脳の変化を確かめなければなりませんが、それは不可能ですから、ほかの病気がないかどうか、それによってどんな薬を用いているか、家族関係や社会的な役割の変化まで、その人の背景をくわしく観察する必要があります。もし、二次的な症状であるなら、服用している薬を調整したり、基礎にある病気を治療したりすれば、認知症の症状が完全に治る可能性が高くなります。

軽度から中等度であれば薬を
 知的な機能の低下がそれほど深刻でなく、軽度ないし中等度の症状(記憶、言語、行為、判断力、思考力などの障害)である患者さんでは、アリセプト(ドネペジル塩酸塩)の服用を検討します。しかし、本薬自体への過敏症、心臓の電気伝導系障害、消化性潰瘍(しょうかせいかいよう)、気管支喘息(きかんしぜんそく)慢性閉塞性肺疾患(まんせいへいそくせいはいしっかん)、パーキンソン病などがある患者さんに対しては、慎重に検討し、用いるかどうかを判断します。

異常な行動や感情の変化は、原因を取り除き、必要に応じて薬で抑える
 認知症の行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia: BPSD)である、抑うつ、妄想、興奮、不安、幻覚、徘徊など、異常な行動や感情の変化などが現れます。それらの症状は、感染症による二次的な症状である場合や、服用している薬の変化によって引きおこされる場合もあるので、そうした要因がないか、確認する必要があります。そうした要因が見あたらない、また、要因を取り除いても症状がおさまらない場合は、それぞれもっとも有効とされる薬を服用することになります。しかし、その効能は、副作用や死亡率増加なども報告されているため、定期的に吟味して利用する必要があります。

二次的なけがや病気に注意する
 症状が進行し、知的な機能が低下していくと、身のまわりのことに気を配ったり、危険なことを避けたりすることができなくなっていきます。興奮しやすくなり、混乱を示すことも多くなり、いきなり外に飛びだして転倒する、必要な水分を補給せずに炎天下を歩き回り脱水症状をおこすといった二次的なけがや病気をおこしかねません。長期にわたるために、周囲の人の負担も重くなりますが、できるだけ安全で、落ち着いた生活が継続できるような配慮が必要となります。

(1)日本神経学会. 認知症疾患治療ガイドライン2010. コンパクト版2012. 医学書院.2012.
(2)Birks J, Harvey RJ. Donepezil for dementia due to Alzheimer's disease. Cochrane Database Syst Rev. 2006 Jan 25;(1):CD001190.
(3)Loy C, Schneider L. Galantamine for Alzheimer's disease and mild cognitive impairment. Cochrane Database Syst Rev. 2006 Jan 25;(1):CD001747.
(4)Birks J, Grimley Evans J, Iakovidou V, Tsolaki M, Holt FE. Rivastigmine for Alzheimer's disease. Cochrane Database Syst Rev. 2009 Apr 15;(2):CD001191.
(5)Raina P, Santaguida P, Ismaila A, Patterson C, Cowan D, Levine M, Booker L, Oremus M. Effectiveness of cholinesterase inhibitors and memantine for treating dementia: evidence review for a clinical practice guideline.Ann Intern Med. 2008 Mar 4;148(5):379-397.
(6)Matsunaga S, Kishi T, Iwata N. Memantine monotherapy for Alzheimer's disease: a systematic review and meta-analysis.PLoS One. 2015 Apr 10;10(4):e0123289.
(7)Ballard C, Waite J. The effectiveness of atypical antipsychotics for the treatment of aggression and psychosis in Alzheimer's disease.Cochrane Database Syst Rev. 2006 Jan 25;(1):CD003476.
(8)Schneider LS, Dagerman KS, Insel P. Risk of death with atypical antipsychotic drug treatment for dementia: meta-analysis of randomized placebo-controlled trials. JAMA. 2005 Oct 19;294(15):1934-1943.
(9)Tolppanen AM, Lavikainen P, Soininen H, Hartikainen S. Incident hip fractures among community dwelling persons with Alzheimer's disease in a Finnish nationwide register-based cohort. PLoS One. 2013;8(3):e59124.
(10)Olin JT, Fox LS, Pawluczyk S, Taggart NA, Schneider LS. A pilot randomized trial of carbamazepine for behavioral symptoms in treatment-resistant outpatients with Alzheimer disease. Am J Geriatr Psychiatry. 2001 Fall;9(4):400-405.
(11)Gauthier S, Loft H, Cummings J. Improvement in behavioural symptoms in patients with moderate to severe Alzheimer's disease by memantine: a pooled data analysis.Int J Geriatr Psychiatry. 2008 May;23(5):537-545.
(12)Katona CL, Hunter BN, Bray J. A double-blind comparison of the efficacy and safely of paroxetine and imipramine in the treatment of depression with dementia. Int J Geriatr Psychiatry. 1998 Feb;13(2):100-108.
(13)Mizukami K, Hatanaka K, Tanaka Y, Sato S, Asada T. Therapeutic effects of the selective serotonin noradrenaline reuptake inhibitor milnacipran on depressive symptoms in patients with Alzheimer's disease. Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2009 Mar 17;33(2):349-352.
(14)McCleery J, Cohen DA, Sharpley AL. Pharmacotherapies for sleep disturbances in Alzheimer's disease. Cochrane Database Syst Rev. 2014 Mar 21;3:CD009178.

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六訂版 家庭医学大全科 「アルツハイマー病」の解説

アルツハイマー病
アルツハイマーびょう
Alzheimer's disease
(脳・神経・筋の病気)

どんな病気か

 アルツハイマー病は1907年、55歳で亡くなられた女性患者さんに関するアルツハイマー博士の論文にちなんで名づけられました。

 それ以後、アルツハイマー病は65歳未満の人に起こる病気とされ、高齢者にみられる認知機能障害とは区別されていました。しかし30年ほど前から、65歳未満の若年期のものと高齢者に起こるものが脳内の病変に共通点の多いことから、両者をアルツハイマー病とまとめて呼ぶようになりました。ただ、介護などの面では若年者と高齢者とは対応が異なるため、最近では若年期を分けてとらえることもあります。

 記憶などの認知機能の障害が症状の中心ですが、それ以外にも徘徊(はいかい)などの異常な行動や、物を盗られたという妄想などがみられます。CTやMRIなどの画像により検査すると、脳の萎縮が認められます。

 アルツハイマー病ではアセチルコリンという神経伝達物質が減っていますので、それを補う薬である塩酸ドネペジル(アリセプト)が使用されるようになりました。また、さまざまのケアなども治療の一環として行われます。

原因は何か

 この病気の原因は完全には明らかにされていません。β(ベータ)アミロイド蛋白、タウ蛋白が関係して、神経細胞が障害されると思われます。しかし、最大の原因は老化という時間的な因子ですが、どのように関係するかは不明です。

症状の現れ方

 初めは、新しいことが覚えられないと訴える人がいちばん多いようです。そのため今までできていたことが困難になり、自信をなくし、やる気を失い、抑うつ状態に陥ることもあります。また、肩や腰の痛みを不治の病と思い込むような心気症(しんきしょう)や、理屈に合わない考えに凝り固まるパラノイアという妄想が出ることもあります。

 その後、「今日は何月何日か」がわからないなど、時間が認識できない見当識の障害が現れます。物の名前が出てこない、臭いや味がわからないとか、約束どおりに物事を実行できなくなるので、日常生活を送るうえで困ることが増えてきます。

 さらに進むと、新しいことだけではなく古いことも忘れます。言葉の理解ができず、道具がうまく使えないとか、着衣ができないこと(着衣失行)もあります。また、道順がわからなくなり、家に帰れなくなります(徘徊)。

 実は、介護をする人が困るのは先に述べた高次脳機能障害よりも、行動や心理的な異常なのです。暴力や暴言、あるいは大便を壁に塗る(弄便(ろうべん))などの異常な行動がみられるようにもなります。

 いちばん多いのは「物を盗られた」(物盗られ妄想)とか「夫が浮気をしている」(嫉妬妄想)など、ありもしない事柄を妄想する心理的な異常です。

 感情的にも不適切な反応があり、興奮する、不安になる、無関心で何もしない(無為)、また逆に楽しそうである(多幸)人もみられます。少しのことで動揺する(()刺激性)、抑制が効かなくなる(脱抑制)こともあります。

 日常生活では電話に出ること、外出して買物の支払いができなくなってきます。薬の服用ができなくなり、入浴や食事、排泄も一人では難しく、介護を拒否することもあります。自動車運転が危険になりますので注意が必要です。

 夜間の睡眠が十分にとれず、夜中に泥棒が入ったなど、ありもしないことを信じて(妄想)、家族を起こしてまわることもあります(夜間せん妄)。誰も相手にしないと自分が見捨てられたと思います(見捨てられ妄想)。

 高度のアルツハイマー病では無為・無動が著しくなり、命令や刺激に対する反応性が悪くなります。寝たきりになることもあります。ただ、反応が少ない人でも、感情は豊かに保たれていて、見守る側が驚くこともあります。

検査と診断

 最初に行うのは、記憶に重きをおいた認知機能の検査です。よく利用されるのが長谷川式簡易知能評価スケールとミニメンタル・ステート検査(MMSE)です。高度認知症の人にはSIBという検査も使用します。

 日常生活に関する検査としては臨床認知症評価尺度(CDR)があり、記憶、見当識、判断力、問題解決能力、社会適応、家庭状況、趣味、関心、介護状況を5段階で評価します。

 機能評価ステージ(FAST)は物忘れ、会話、旅行、家計、着衣、入浴、排便、歩行の程度より、軽度、中等度、高度に分類します。

 介護をするうえで問題となる行動・心理症状は、神経精神情報詳細(NPI)により評価します。妄想、幻覚、興奮、脱抑制、不安、多幸、無為、異常行動などについて評価します。

 アルツハイマー病では脳が萎縮しますから、X線CTやMRIで脳の形を検査します。とくに脳の海馬(かいば)という部分の萎縮が強いので、VSRADという方法で正常者との違いを比較します。

 脳の血の巡り(脳血流)が悪い部位をコンピュータ処理による画像表示で検査したり、アルツハイマー病の発病と関係の深い老人斑アミロイドの蓄積を発見する方法もあります。

 また、家族性に発病するアルツハイマー病の人については承諾を得たうえで、遺伝子検査をすることもあります。もちろん個人情報の保護には十分配慮されています。

 アルツハイマー病の診断は特定の検査だけでは難しいので、図20のように順序を踏んで行われます。まず、物忘れがあれば軽度認知障害ではなくて広義の認知症であることを確認します。そのなかから身体疾患や脳外科的疾患を除外診断して、狭義の認知症とします。

 狭義の認知症から脳血管性認知症プリオン病前頭側頭型認知症レビー小体型認知症、ほかの変性型認知症を除外して初めてアルツハイマー病が疑われます。

治療の方法

 アルツハイマー病の治療薬として認可され、現在市販されている薬は塩酸ドネペジル(アリセプト)のみです。アルツハイマー病の人の脳ではアセチルコリンを作る酵素のはたらきが弱く、アセチルコリンが減ってきます。塩酸ドネペジルはアセチルコリンを分解するアセチルコリンエステラーゼのはたらきを止めるように作用し、減ったアセチルコリンを増やします。

 塩酸ドネペジルは日本で開発された薬ですが、最初は米国でアルツハイマー病に対する効果が証明されました。3年後に日本でも認知機能、日常動作や生活の質が改善することが認められ、1999年に認可されました。

 最初に認められたのは、軽度~中等度のアルツハイマー病の人への3㎎と5㎎錠でしたが、2007年には高度の人に10㎎錠が認可されました。

 塩酸ドネペジルは認知障害のみならず、家族や介護者の印象評価の面や、一部の精神症状や行動障害にも効果がみられると報告されています。

 塩酸ドネペジルはすぐ脳に入りますが、時に消化器の副作用が現れます。吐き気がある、嘔吐する、唾液が出る、脈が遅くなる、汗が出るなどと訴える人もあります。消化器の副作用には胃薬を服用します。ただし、脈が遅くなりますから、長風呂は避けてください。

 投与にあたっては、まず塩酸ドネペジルを1日3㎎、1~2週後に5㎎に増量します。高度のアルツハイマー病には10㎎を投与することもあります。

 外国では塩酸ドネペジル以外のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬として、ガランタミンとリバスチグミンがアルツハイマー病に使われています。しかし、日本での試験は終わりましたが、認可には至っていません。

 さらに、アセチルコリンのはたらきを増し、グルタミン酸のはたらきを抑えるメマンチンという薬も外国で使われていますが、日本では試験が終わったばかりで、まだ許可されていません。このような違いは残念なことです。

 今、世界中でβ(ベータ)­アミロイド蛋白の抗体によって、アルツハイマー病を根本的に治療しようという計画が始まっています。β­アミロイド蛋白というのは神経細胞を破壊するはたらきがありますので、それを除去する計画です。成功すると、アルツハイマー病治療の未来が明るくなるでしょう。

 現在は、塩酸ドネペジル以外にアルツハイマー病の人に使用できる薬がないため、他の病気に使われている薬を使うこともあります。しかし、それらの薬には副作用が多いため、できるだけ短期間、少量を、慎重に投与すべきです。

 妄想や徘徊などの行動・心理症状がある場合、非定型抗精神病薬といわれるクエチアピン(セロクエル)や、漢方薬である抑肝散(よくかんさん)が投与されます。しばらくすると、異常な言動がみられなくなる例もあります。

 ただし、約3カ月をめどにして薬を中止するのが大切と思われます。長く薬を続けると高齢者では神経系や循環器系などに副作用が現れて、重篤な場合は死につながることもあるからです。

 抑うつや睡眠障害のあるアルツハイマー病の人には、塩酸トラゾドン(レスリン、デジレル)などのセロトニンの取り込みを抑える抗うつ薬がよいと思います。睡眠障害のある認知症の人には通常の睡眠薬はあまり効きません。

非薬物療法による治療

 薬の効果には限界があるので、介護保険などにより、ケアなどの非薬物療法が行われています。非薬物療法は薬と違って、ケアする人のやり方によって差が出ます。また、環境の整備も症状の改善には大切です。

 上手なやり方としては①その人らしさを大切にする、②楽しく笑顔が出るようにする、③本人の能力を発揮させる、④安全に行う、⑤慣れ親しんだ生活を継続させることがあげられます。

 その際、認知症ケアマッピング(ケアサービスの質を評価し、改善する手法)によりケアなどの効果をチェックするとよいでしょう。認知症の人の状態はケアの方法の良否を写す鏡であるといわれ、よいケアをすると笑顔が見られます。効果があると思われる非薬物療法を次に掲げます。

1.バリデーションセラピー

 認知症の人の混乱した行動の裏には必ず理由があると考え、その異常を受け入れ、共感をもって対応します。会話の終わりの言葉を繰返すとコミュニケーションがとりやすくなります。

2.リアリティーオリエンテーション

 時間や場所がわからないで不安に思っている人にそれらを教えると、安心感がもどることがあります。

3.回想法

 昔の話や昔なじんだ作業をすると感情的な安らぎを得て自信がもどり、生き生きするようになります。

4.音楽療法やアートセラピー

 音楽を聴いて楽しむ、楽しく歌うとか、絵や彫刻、粘土細工を楽しむと症状が改善します。

5.認知刺激

 初期の認知症の人にはトランプ、オセロ、計算などの知的な刺激が認知機能を高めます。

6.運動療法

 運動を続けると、認知機能が高まり、認知症の予防にも有用という報告があります。

 それ以外にも、マッサージや香りを楽しむアロマセラピーもよく行われています。これらの治療法を決して無理強いすることなく、失敗しても叱らないことが大切です。間違いを指摘したり、叱ったりすると症状が悪くなります。

病気に気づいたらどうする

 物忘れは高齢者で誰にもみられますが、それにより本人や周囲の人に迷惑がかかるようですと認知症の恐れがあります。しかし、意識障害などの可能性もありますので、医師に相談して正確に診断してもらってください。

 アルツハイマー病ならば非薬物療法により、まず改善を図ってください。公的支援を利用して、介護保険やデイサービスなども利用してください。

 次に、塩酸ドネペジルを3㎎→5㎎の順で投与してください。行動・心理症状がある場合はクエチアピンなどの非定型抗精神病薬や抑肝散などを少量、短期間、慎重に使用してください。

 治療の概略を他の認知症とともに図21に示します。

中村 重信


アルツハイマー病
アルツハイマーびょう
Alzheimer's disease
(こころの病気)

どんな病気か

 アルツハイマー病は、1906年にドイツのアルツハイマーによって初めて報告されました。最初の症例は51歳の女性で、嫉妬妄想(しっともうそう)と進行性の認知症(にんちしょう)を示し、大脳皮質に広範に特有な変性病変が見つかり、従来知られていない病気であることがアルツハイマーによって報告されたのです。この症例は初老期の発病でしたが、アルツハイマー病は高齢者に発病するほうが多く、高齢者の認知症では最も頻度が高い疾患で、全体の50~60%を占めます。

 アルツハイマー病では、多くは物忘れで始まります。それが徐々に目立つようになり、見当識(けんとうしき)の障害、判断能力の障害なども加わり、認知症が着実に進行して最後は寝たきりになり、5~15年の経過で肺炎(はいえん)などを合併して亡くなります。

原因は何か

 アルツハイマー病については、1980年ごろの「コリン仮説」以来の活発な研究にもかかわらず、いまだ原因は不明のままです。「コリン仮説」というのは、アルツハイマー病の大脳ではアセチルコリンという神経伝達物質が減少しているために起こるという仮説ですが、原因解明には至りませんでした。しかし、これは治療上大きな貢献をしました。現在、日本で唯一使用されているドネペジル(アリセプト)という薬剤は、アセチルコリンを分解するコリンエステラーゼを阻害することにより、脳内のアセチルコリンを増やす作用をもっています。

 アルツハイマー病の脳には、ベータアミロイドと呼ばれる蛋白からなる老人斑(ろうじんはん)とタウ蛋白からなる神経原線維変化がたくさん出現し、そのために神経細胞が脱落し、認知症が起こります。しかし、なぜベータアミロイドやタウ蛋白が脳に特異的にたまるかということに関しては多くのことがわかってきましたが、原因解明にまでは至っていません。

 また、家族性アルツハイマー病ではいくつかの遺伝子異常が明らかにされていますが、大部分を占める孤発性(こはつせい)(家族に同じ病気の人がいない)のアルツハイマー病では遺伝子異常は明らかではありません。

症状の現れ方

 多くは物忘れで始まります。同じことを何回も言ったり聞いたり、置き忘れ・探し物が多くなって、同じ物を買ってきたりするなど記憶障害が徐々に目立ってきます。それとともに、時や場所の見当識(けんとうしき)が障害され、さらに判断力も低下してきます。意欲低下や抑うつが前景に出ることもあります。

 早いうちは物忘れを自覚していますが、徐々に病識も薄れてきます。そのうち、物盗られ妄想や昼夜逆転、夜間せん妄(もう)、徘徊、作話(さくわ)などの認知症の行動・心理学的症状(BPSD)が加わることが多く、介護が大変になります。

 さらに進行すると、衣類がきちんと着られない、それまでできていたことができなくなるなど、自分のことができなくなり、種々の介助が必要になってきます。また、トイレの場所がわからなくなったり、外出しても自分の家がわからなくなってきます。さらに、自分の家族がわからなくなり、動作が鈍くなり、話の内容もまとまらなくなります。

 そして、歩行もできなくなり、食事も自分でできなくなり、全面的な介助が必要になって、ついには寝たきりとなり、肺炎などの合併症で亡くなってしまいます。

 進行のしかたは人により異なりますが、数年から十数年の経過をとります。

検査と診断

 認知症を診断したあと、特徴的な臨床像(多くは60歳以上に起こる記憶障害を中心とする緩やかに進行する認知症、早期の病識の欠如、取り繕いを主体とする特有な人格変化)が診断に役立ちます。

 補助診断で最も有用な検査は脳画像で、CTやMRIでは海馬(かいば)領域に目立つびまん性脳萎縮(せいのういしゅく)SPECTでは頭頂領域や後部帯状回(たいじょうかい)中心の血流低下が特徴的です。血液などの一般検査には異常はありません。髄液(ずいえき)検査が行われることもありますが、その際にはベータアミロイドの低下やタウ蛋白の上昇がみられます。

 最近では早期診断が重視されており、健忘(けんぼう)を中心とする軽度認知障害(MCI)の50~70%が、のちにアルツハイマー病に進展することが知られているので、この時期に治療的介入をすることが大切です。

治療の方法

 薬物療法として現在唯一使用できるのはドネペジル(アリセプト)だけですが、これは進行を遅くする効果を期待して使用されています。同じコリンエステラーゼ阻害薬のガランタミンとリバスチグミンという新薬が治療試験(治験)を終えています。また、ベータアミロイドをとり除くワクチンの開発が進められています。

 一方、非薬物療法もいろいろな試みがなされています(認知症性疾患の項を参照)。これらも進行を遅くしたり、BPSDを軽減するのに役立つことが期待されています。

病気に気づいたらどうする

 アルツハイマー病が疑われる場合には、かかりつけ医、できれば専門医の診察を受けるのがよいと思います。

小阪 憲司

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アルツハイマー病」の意味・わかりやすい解説

アルツハイマー病
あるつはいまーびょう
Alzheimer disease

大脳の変性を原因とし、認知症の原因としてもっとも多い疾患。ADと略称される。本疾患名は、最初に本症を報告したドイツ人医師アルツハイマーAlois Alzheimer(1864―1915)に由来する。

 認知症の原因となる疾患は70以上もあるといわれるが、アルツハイマー病はその3分の2程度を占め最多と考えられている。また、本来アルツハイマー病とは60歳(もしくは65歳)以下で発症するいわゆる若年性のものをさしたが、最近ではそれ以上の年齢で発病する「アルツハイマー型認知症」も含めてアルツハイマー病とよばれることが少なくない。したがって本稿でも両者を区別せず「アルツハイマー病」として解説する。

[朝田 隆 2023年5月18日]

概要

アルツハイマー病では多くの症状がみられるが、記憶などの「認知機能の障害」、BPSDといわれる「行動・心理症状」、そして排泄(はいせつ)や着脱など「日常生活動作の障害」と大きく3分類できる。アルツハイマー病は徐々に進行するが、直接的な死因になることはない。治療には、これまで症状の進行を遅らせる治療薬が用いられてきたが、近年では根本治療薬(正式には疾患修飾薬という)の開発に世界中でしのぎが削られている。

 なお、アルツハイマー病を含めた認知症患者の介護者はときに大きな負担を強いられることから、患者本人にも介護者にも介護保険のサービスなどによる支援が重要であることが知られている。

[朝田 隆 2023年5月18日]

疫学

厚生労働省の全国調査によれば、2012年(平成24)10月時点で、65歳以上の人口における認知症の有病率は15%で、総数は462万人と推定された。予備軍である軽度認知障害(MCI)の人の数をあわせると、65歳以上の人口の3割にあたると考えられた。また認知症者の8割は80歳以上であり、その8割は女性であることも重要である。なお、認知症の最大の危険因子は加齢であり、65歳以降、年齢が5歳あがるごとに認知症の危険性は倍増していく。したがって90歳を超えると50%以上の確率で認知症に罹患(りかん)することになる。それだけに、今後さらに平均寿命が延びれば認知症者もさらに増加すると考えられている。なお、ここにあげたのは認知症全体での数字である。既述のように、認知症の3分の2がアルツハイマー病なので、アルツハイマー病に限れば、上記の数字の3分の2ととらえればよいだろう。

[朝田 隆 2023年5月18日]

原因

アルツハイマー病の病因はいまだ不明ながら、患者の脳に多くみられる二つの物質が注目されている。まず「アミロイドβ(ベータ)(Aβ)」とよばれるタンパク質である。Aβがその前駆タンパクから切り出され、それらが集まってオリゴマーという段階を経て、雪だるま式に大きくなる。ついには老人斑(はん)とよばれる塊として脳内に凝集する。またこのプロセスに続発して、リン酸化された「タウ」(タンパク質)から構成される神経原線維変化(NFT)を生じるが、そこから脳の神経細胞死へ至るとも考えられている。したがって開発中の疾患修飾薬の多くはAβとタウを治療標的にしている。

[朝田 隆 2023年5月18日]

診断

臨床では、医師の診察を基本に、世界的に確立した診断基準等にのっとって診断がなされる。診断の要点は「進行性の認知機能低下により生活の自立が困難になること」である。検査としては、記憶力など神経・心理学的な検査、またMRIや脳血流などをみるための脳画像検査等が重要である。加えて、バイオマーカーとよばれる脳脊髄(せきずい)液中のAβ減少やNFTの増加等が重視され、これらが認められると診断の確度が高まる。なお、確定診断は死後脳の病理学的検査を行う以外に手段がない。

[朝田 隆 2023年5月18日]

経過

アルツハイマー病の臨床経過は、初期・中期・後期に分けて論じられる。初期の特徴は健忘、中期ではBPSD、後期は寝たきりなど身体機能の低下とまとめられる。なお近年では、根治療法となる可能性を有する薬剤の出現により、それらの有効性があると考えられる前駆期(初期よりも前の段階)や、さらにその前段階も注目されている。

 初期から死亡までの経過年数について、近年の世界的なデータでは平均で7~6年と報告されている。

[朝田 隆 2023年5月18日]

治療

薬物療法
これまでアルツハイマー病に用いられてきた薬剤は「対症療法薬」とよばれ、4種類あり、コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)とNMDA受容体拮抗薬(メマンチン)に分けられる。いずれも症状の進行を遅らせる働きをもつ。

 「疾患修飾薬」としては、アメリカでは2021年にアデュカヌマブが、2023年にはレカネマブが承認された。これら2剤はいずれもAβを治療標的にした薬剤である。日本でも2023年(令和5)1月にレカネマブについて国に承認を求める申請が行われ、9月に承認された。

非薬物療法
根治が期待できる薬物療法が存在しない現状では、効果的な非薬物療法(心理・社会的な治療アプローチ)により薬物療法を補って治療効果を高める必要がある。

 アルツハイマー病を含む認知症への非薬物療法の標的は、認知・刺激・行動・感情の四つに分類される。それぞれ、リアリティオリエンテーション(現実見当識訓練)、芸術療法、行動療法、回想法などの具体的なアプローチが行われている。

[朝田 隆 2023年10月18日]

介護

認知症の介護とは、患者と介護者が相互に反応しあう過程である。それを踏まえて、どのようにして患者と家族に平穏な生活をもたらすかが認知症医療の大切な課題である。まず、ケアの場面で介護者に求められる基本的な態度としては、「簡潔な表現や指示」「穏やかで支持的な態度」「当事者ができないことに直面させないこと」などがある。また、介護保険制度によるさまざまなサービスが重要だが、デイ・サービスやショートステイ、またホームヘルパーなどの活用がその代表的な例である。加えて、家族会や当事者の会が重要だという認識が高まっている。

[朝田 隆 2023年5月18日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

家庭医学館 「アルツハイマー病」の解説

あるつはいまーびょう【アルツハイマー病 Alzheimer's disease】

◎原因となる病気のない認知症
[どんな病気か]
 1907年、ドイツの精神科医アルツハイマーは、52歳で発症し、急速に記憶障害や認知障害が進行して数年で亡くなった女性の症例を、新しい病気として発表しました。
 以来、中年や初老期でおこる脳の障害をアルツハイマー病と呼んできましたが、70歳、80歳で発症しても、現われてくる認知症症状は同じであることがわかってきました。
 この高齢者の認知症を、アルツハイマー型老年(がたろうねん)認知症と呼んでいますが、アルツハイマー病やアルツハイマー型老年認知症になった人の脳を顕微鏡で調べてみると、神経原線維変化(しんけいげんせんいへんか)と老人斑(ろうじんはん)という病変がおこっていることがわかりました。
 このことから、2つの病気を1つにまとめて、アルツハイマー病と呼ぶこともあります。
[原因]
 アルツハイマー病は原因が不明だったのですが、最近、神経細胞のたんぱくが変性してきて、神経原線維変化や老人斑(ろうじんはん)ができるらしいことがわかってきました。
◎症状は段階的に進行する
[症状]
 症状は、大きく分けて中核症状と周辺症状とがあります。
●中核症状
 中核症状の中心となるのは、記憶障害(きおくしょうがい)と認知障害(にんちしょうがい)です。
 人は、年をとれば大なり小なり物忘れをするようになります。「人の名前が思い出せない」「むかし書けた漢字が書けない」などは、誰でもよく経験することです。
 しかし、そのときは忘れていても、あとでふっと思いだしたりするものです。いわゆる健忘症(けんぼうしょう)です。
 ところが、物忘れのために日常生活に支障をきたす人がいます。たとえば、食べたことを忘れて、再度、食事を要求したり、電話の取り次ぎがうまくできなくなるといったようなことです。
 アルツハイマー病の認知症には、一般に段階的な変化がみられます。
 まず、時間の感覚が失われます。きょうが何日なのか、何曜日なのか、あるいは春なのか冬なのか、季節がわからなくなります。
 つぎに場所の混乱がおこります。たとえば病院に来ているのに、どこにいるのかがわかりません。医師や看護師の白衣を目にすれば見当がつくはずなのに、「おかしいですね、何でそんなものを着ているんでしょう」などといったりします。
 さらに症状が進行すると、長年住み慣れた自分の家がわからなくなり、夜になると、「おじゃましました。ここらでおいとまします」などといって、自宅から出ていこうとします。
 最後には、人物を認識することができなくなります。ですから、自分の娘に向かって、「どなた様ですか」とか、「こんなに遅くまでいると、お母さんが心配するから早く帰ったほうがいいですよ」などといったりします。
●周辺症状
 これは、アルツハイマー病の本質的な症状ではありませんが、この症状のために周囲が大きな影響を受けます。夜間に興奮して歩き回ったり(徘徊(はいかい))、外出先で帰る道がわからなくなって迷子になったり、あるいは廊下に置いてあるごみ箱を孫とまちがえて話しかけたりと、いろいろです。
 アルツハイマー病の場合、身体的症状、たとえば、まひなどはおこりませんから、迷子になるとどこまでも歩き続け、はるか離れた地点で保護されることもあります。
◎家族の対応のしかたがポイント
[治療]
 中核症状を治すことは、今の時点では不可能ですが、周辺症状は、薬によってある程度は軽減することができます。
 中核症状の多くは、理解力の低下や思いちがいを訂正できないために生じているのです。したがって、家族の人たちは、つぎのように対応してあげるとよいでしょう。
●お年寄りのペースに合わせる
 あらゆる場面で、お年寄りのペースに合わせてケアを行ないましょう。
 お年寄りは、食べるスピードが遅いものです。それを若い人と同じペースで食事をさせようとしてもうまくかみ合いません。
 家族はこれからの予定があるのでいらいらし、お年寄りの口の中に食べ物を押しこんだり、時間内に食べきれないとかたづけてしまいがちです。
 いくら認知症が進んでも、このような仕打ちはお年寄りの心を傷つけます。受容的な態度で接することもたいせつです。
 お年寄りの失態を責めたりせず、少々のことには目をつぶってあげることもたいせつです。たとえ、やったことが中途半端でも、ほめてあげるほうが効果的なのです。そして、お年寄りができないことを要求するのではなく、できることをやってもらい、自信をつけさせてあげましょう。
 こうすれば、残存機能を引きだし、維持することができます。
●安らげる場を確保してあげる
 お年寄りは、部屋に閉じこめられ、拘束されると不穏(ふおん)状態(不安やいらいら)になります。反対に、快適に過ごせるような環境をつくってあげると、適応状態に導くことができます。
 近年、核家族化が進み、お年寄りの居場所や役割のなくなったことが問題をおこしているように思えます。お年寄りの役割を取り上げるようなことだけはしてはいけません。
 アルツハイマー病は進行し、やがて人間的な機能を失うようになります。うまくしゃべれなくなり、読み書きができなくなります。自分自身の管理、つまり、トイレに行き、処理して出てくる、風呂に入り、自分でからだを洗う、衣服を順序よく着るといったことができなくなります。
 このようになると、家族でケアするのは不可能になってきます。デイサービスやショートステイなどの公的サービスを積極的に利用すべきでしょう。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アルツハイマー病」の意味・わかりやすい解説

アルツハイマー病
アルツハイマーびょう
Alzheimer's disease

老人の痴呆 (ちほう) の一つの型。老人の痴呆は大きく分けてアルツハイマー型と脳血管性痴呆の2つがある。アルツハイマー型痴呆は,脳の神経細胞が脱落してボケ症状を引起すもので,病名は 1907年,初めて症例を報告したドイツの精神医学者 A.アルツハイマー (1864~1915) の名をとった。初老期 (40~50歳代) に発病し,失語・失行,視空間失認など記憶力の減退を中心とした痴呆症状が現れる。さらに筋強剛,歩行障害,姿態異常などがみられるほか,症状の経過に伴って活動性が低下し,高度の痴呆と失禁,全身障害が著明となる。日本の患者は年々,増加の傾向が強い。脳の実質が崩壊するアルツハイマー型の痴呆は,特に予防や治療がむずかしく,将来はこのタイプの老人痴呆が多数を占めるものとみられている。原因としては染色体異常,免疫異常,スローウイルス感染,微量金属などいろいろな説があるが,最近は脳にたまる「β (ベータ) 蛋白」という物質が脳神経を窒息させてしまうのではないか,という原因説が有力。また大脳神経原線維の変性の過程でアルミニウムが積極的な役割を果しているのではないか,というアルミニウム原因説も注目されている。

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百科事典マイペディア 「アルツハイマー病」の意味・わかりやすい解説

アルツハイマー病【アルツハイマーびょう】

老人性認知症(痴呆)の原因となる病気。ドイツの精神医学者アルツハイマーAlois Alzheimer〔1864-1915〕によって1907年はじめて報告された。脳神経細胞に不溶性のタンパク質性繊維が蓄積したり,神経伝達物質の不足によって,脳神経が大量に死滅・脱落して,脳が萎縮し,記憶,思考,運動障害が起こる,進行性の認知症を主症状とする精神障害。発症率は85歳以上で20〜25%といわれるが,60歳以下での発症もみられる。原因不明のため,有効な治療法はない。
→関連項目化粧療法スマートドラッグ痴呆

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栄養・生化学辞典 「アルツハイマー病」の解説

アルツハイマー病

 アルツハイマー症候群ともいう.初老期痴呆の一つで,全体的脳機能の障害を特徴とする記憶喪失,計算能力の障害,空間・時間認識の障害などの症状がみられ,脳の萎縮が起こる.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のアルツハイマー病の言及

【痴呆】より

…また,感情・意欲障害が治療により軽快すると,知能低下が多少改善される場合もある。
[痴呆の種類]
 痴呆を示す疾患は種々あるが,40歳代で発病し急速に進行するものには初老期痴呆という脳の変性疾患(アルツハイマー病,ピック病)がある。また,30歳代で発病し,慢性進行性に経過するハンチントン舞踏病,50歳代に発病するパーキンソン症候群などの変性疾患も痴呆をきたす。…

※「アルツハイマー病」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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