日本大百科全書(ニッポニカ) 「アヤメ」の意味・わかりやすい解説
アヤメ
あやめ
[学] Iris sanguinea Hornem.
アヤメ科(APG分類:アヤメ科)の多年草。根茎は横に伸び、硬く、褐色の繊維に覆われる。葉は長さ30~50センチメートル、幅5~10ミリメートル、2列に互生し、跨(こ)状に並び、細い中央脈がある。花茎は高さ30~60センチメートルで、分枝しない。花は放射相称、径約8センチメートル、花被片(かひへん)は6枚、外花被片は倒卵形で垂れ下がり、基部は急に細くなって爪(つめ)部となる。内花被片は楕円(だえん)状倒披針(とうひしん)形で、外花被片より小さく、直立し、基部は外花被片と合着して短い花筒をつくる。外花被片の基部中央には黄色地に紫色の綾目(あやめ)模様があり、これがアヤメの名のおこりとする説がある。雄しべは外花被片の基部から出てこれと対生し、葯(やく)は下向き、花柱分枝は3個で花弁状、雄しべと密着してこれを覆い隠す。花筒の内側に蜜(みつ)が出るが、吸蜜のため外花被片と花柱分枝間に潜り込んだハナバチ類は、背中に花粉をつけて去り、やがて他花を訪れてこれを受粉させる。花期は5~7月。乾燥した草地に生え、日本全土のほか、シベリア東部、中国東北部、朝鮮半島にも分布。観賞用としても広く栽培され、白花のシロアヤメ、内花被片が大きくて平開するクルマアヤメ、矮性(わいせい)のチャボアヤメなどの品種がある。カマヤマショウブはアヤメの変種で、葉は堅くてよじれ、つぼみは下向きにつく。
アヤメ属は北半球の温帯に200種ほど分布し、日本にはアヤメのほか、エヒメアヤメ、ヒメシャガ、シャガ、ヒオウギアヤメ、カキツバタ、ノハナショウブ、ヒオウギの計8種が自生する。イチハツ、ハナショウブ、ジャーマン・アイリス、ダッチ・アイリスなど園芸種が多い。
物事の選択に迷うとき「いずれ、アヤメかカキツバタ」といわれるが、カキツバタは湿生植物で池沼に生え、全体がずっと大きく、外花被片には細長い単純な黄斑(おうはん)があるにすぎない。これは、『太平記』の源三位頼政(げんざんみよりまさ)の故事、つまり宮中で大ぜいの女官のなかから伴侶(はんりょ)を選ぶ際に困り果てて詠んだ歌「五月雨(さみだれ)に沢辺のまこも水たえていづれあやめと引きぞわづらふ」にちなむ。
[清水建美 2019年5月21日]
アヤメ類
真正のアヤメと間違われるのは、ハナショウブとその野生種であるノハナショウブである。またアヤメによく似る日本産の植物はヒオウギアヤメとカキツバタである。ハナショウブとノハナショウブは葉の中央が隆起して稜(りょう)があり、中央脈という主葉脈となるが、他の3種には明瞭(めいりょう)な中央脈がなく、葉面は平滑である。またノハナショウブは果実の先がとがり、くちばし状となっているが、他の3種にはそれがない。また外花被の基部の黄色部には脈がない。アヤメ園とかアヤメ祭りというのはすべてハナショウブが材料となっており、誤解のもととなっている。野生状態では、アヤメは乾燥する日当りのよい草原に、ノハナショウブは高地の湿原に、カキツバタは低地の湿地水辺に、ヒオウギアヤメは寒地や高地の湿原に生えるのが普通である。
[吉江清朗 2019年5月21日]
文化史
葉が並列して立っている姿が文目(あやめ)(紋様)をなすとみなされ、アヤメの名の由来とされている。『万葉集』にアヤメ草の名で12首詠まれているものの多くが、ホトトギスとの組合せであるが、これはホトトギスが、胸の縞(しま)模様から「文目鳥(あやめどり)」の別名をもつこととも関連している。平安文学以降、芭蕉(ばしょう)に至るまで、アヤメ、アヤメ草、アヤメ吹きなどとあるのはサトイモ科(APG分類:ショウブ科)のショウブのことである。現在のアヤメは、元禄(げんろく)時代(1688~1704)に花アヤメとよばれたサトイモ科のアヤメが、ショウブの名に置き換わって、アヤメ科のアヤメをさすようになり、その後「花」がとれ、単にアヤメとよばれるようになったものである。
[湯浅浩史 2019年5月21日]