アメリカ哲学(読み)あめりかてつがく

日本大百科全書(ニッポニカ) 「アメリカ哲学」の意味・わかりやすい解説

アメリカ哲学
あめりかてつがく

アメリカ哲学の性格は、一方で、諸外国とくにヨーロッパ諸国の諸思想に影響されて多様であり、他方、固有の思想としてプラグマティズム(実用主義)をあげうることにある。そこで、プラグマティズムの成立を境に、その前史とそれ以降の展開とを区別できよう。

[杖下隆英]

前史

その歴史が植民に始まったため、政治的独立後もほぼ南北戦争(1861~1865)の時代まで、アメリカは知的にも西欧の植民地であった。だが、この時期にもさらに次の段階を区別できる。

(1)ピューリタニズムの伝統とその革新運動(17世紀初頭~18世紀後半中ごろ) 本国での宗教的圧迫を逃れ、宗教的理想の地を求めた最初のイギリス移民のピューリタニズムは、本国での敬虔(けいけん)主義的傾向とプラトン主義を混有し、また時代の思想としてイギリス経験論を伴っていた。しかし、植民後やがて老朽化の兆しを示したピューリタニズムに新たな生気を吹き込んだのは、エドワーズによる大覚醒(だいかくせい)Great Awakeningの改革運動である。

(2)啓蒙(けいもう)の時代(~19世紀前半中ごろ) イギリス本国からの独立は当然、その思想的支えとして、ロックらの政治哲学、理神論とその影響で生まれたユニテリアニズムUnitarianism(三位(さんみ)一体を否定し、神の単一性を主張する立場)、またその動向がフランスで生み出した啓蒙思想などを迎え入れ、哲学的関心も宗教からむしろ政治へと移行する。民主主義と宗教的寛容を説いたジェファソン、イギリスの急進主義者ペイン、当時の哲学的運動に活動の場を与えたB・フランクリンらは特筆される。

(3)超越(超絶)主義(~19世紀後半中ごろ) しかし、独立後、約半世紀を経て、ドイツ観念論ロマン主義、それらのイギリスでの影響はアメリカにも及び、アメリカの知的独立の主張やユニテリアンの思想と結び付き、一方では反俗主義、他方ではピューリタニズムによる人間性の罪悪視に対して人間性の回復を唱える立場として、超越主義がコンコード・グループのエマソン、ソローらによって主張された。

[杖下隆英]

プラグマティズムの成立

南北戦争後、ヨーロッパで完成した産業革命とそれを支える産業資本は、アメリカという独自の風土で独特の極端な展開をみせ始め、「金めっきの時代」を迎えた。これらは、文学界での不安とペシミズム的反動とは対照的に、哲学ではそれを積極的に受け止め、むしろ新たな指針と理想をみいだそうとするプラグマティズムを生み出した。元来パースが科学的論理学の一方法として提唱したプラグマティズムは、W・ジェームズにより、哲学的方法、態度そのものへと拡張解釈されるに至った。それは、一面で超越主義者の「アメリカ独自の哲学」という主張と実践的精神を具現化し、他面でピューリタニズムの世俗化、宗教的寛容、科学的自然観、新たな教育の可能性、アメリカ民主主義、能率主義などを表現したものといえる。しかし、哲学的理論としても、それはさらに次の特色と意義をもっている。

(1)それは、概念をプラトン的な永遠不動の存在でなく、現象解明の手段として仮定、操作される道具とみるインストルメンタリズム(概念道具主義)を唱え、先験主義に対し経験論の傾向を示す。

(2)それゆえ、さらに、判断や理論の真理性を対象との一致や理論の内面的整合性に求める西欧の伝統に対し、プラグマティズムは、それらが実験的仮説として現象の解明に活用されたときの過程と成果にみられる「有用性」に真理性の基準を求める。

(3)たとえば、主観と客観、事実と価値、知性と情意、帰納と演繹(えんえき)のように、事象の理解に働く基本概念を対立的、静的に把握しがちな伝統的思考法に対し、プラグマティズムは、それらを密接な相関性と力動的発展の過程においてとらえる「連続的思考法」をとる。ヘーゲル的影響ともいえる、デューイに顕著なこの態度は、観念論とも唯物弁証法とも違ったプラグマティズムへと結実した。また、外的世界、肉体、内的精神を対立的、異質的にとらえる内面的心理観に対し、認識や実践を環境からの刺激とそれへの生物体の反応という外面的な相関的発展の過程としてみる行動主義が、プラグマティズムと結合したことも自然で、ミードの社会心理学はその一つの表現である。

 前述の諸点で、プラグマティズムは、西欧の伝統的思考法に対して独自の理論と有効な批判の視点をもつ。

[杖下隆英]

プラグマティズムの発展

プラグマティズムは、アメリカ哲学の重要な自己主張となったばかりか、ヨーロッパ思想にも影響を与えた。だが、種々の批判や反対者をも生み、修正と再武装を迫られることになる。たとえば、J・ロイスのように新ヘーゲル学派、新カント学派の影響のもとにプラグマティズムに独自の解釈を与えた者もいるし、スペイン生まれのサンタヤーナのように特異な批判者をも生み出した。だが、もっとも重要な関係は、(1)20世紀になって顕著な発展を示した記号論理学、(2)20世紀初頭のイギリス・ケンブリッジ分析学派、(3)第二次世界大戦前ウィーンに生まれた論理実証主義などの影響と、これらとの交渉である。とくに、(2)の人々との交流、(3)の派の多くの学者が、ナチスの弾圧を逃れて、アメリカに移住したことは無視できない。

 プラグマティズムは、一方において、経験的、実証的傾向や形而上(けいじじょう)学への消極的態度などで(2)(3)と共通点を示し、両派から大きな影響を受けて、C・W・モリスの記号論やC・L・スティーブンソンの倫理的情緒説などを生み出した。しかし他方では、(2)(3)両派が自覚の有無を超えて種々の点で西欧の伝統的思考法を受け継いでいたため、両派に対する独自の態度と有効な批判的立場として、逆に両派に影響を及ぼしたことも否定できない。とくに、分析的、総合的判断の峻別(しゅんべつ)や検証理論のような論理実証主義の根本的主張に対する批判は、前述のプラグマティズムの伝統的立場と視点を継承して下されたものとして、多くの適切な論点を含む。

 先の(1)(2)(3)との対決を経て、厳密さと、一段と豊富な素材によって補強されながらも、なおプラグマティズムの伝統にたち、むしろそれを積極的に再確認する立場をネオ・プラグマティズムとよぶことができよう。C・I・ルイス、M・ホワイト、W・V・O・クワイン、N・グッドマンらをその代表者にあげることができる。なお、前述のモリスの記号論も、論理実証主義からの一方的影響のみならず、現代形式科学や情報理論の急速な進歩に伴う、認識や行動における記号の重要性への注目に加えて、プラグマティズムに固有の行動主義的感化を強く受けた理論であり、スティーブンソンにも同様の事情を指摘できる。

[杖下隆英]

その他の現代哲学

一般的にみて、とくに第二次世界大戦後のアメリカ哲学にも、先の記述に尽きない多様性がある。

(1)ヨーロッパ各国にみられない国土の広大さは、アメリカの場合、特定の文化、思想の中心地を指定しにくいという傾向を生む。ニュー・イングランドや東部地帯が、高度の知的密度を保ってきたことは古来不変だが、中西部、西部に新たな文化、思想の中心が伸展していること、また、その規模も小さいとはいえない各州の多くの大学の実状は、画一化の反面における思想の多様性を示す。さらに民族の多様性は、宗教思想の点でも、ユダヤ教、数多いプロテスタント諸派、カトリシズムの存在という多彩な諸相を示す。

(2)交通、コミュニケーションの急速な発展によるヨーロッパとの思想的、人的交流の進展、諸外国からの種々の思想的傾向をもつ学者の招聘(しょうへい)、研究成果の国際的な入手の容易さなど、近年の外的状況はアメリカ哲学に変貌(へんぼう)を与えてきたが、次の2点は特筆されるべきであろう。第一は、とくに言語の共通性によるイギリス思想との相互影響、したがって日常言語学派との交流は無視できず、一方における熾烈(しれつ)な相互批判、他方における歩み寄りと融合の気配がみられることである。これは、オーストラリアその他のかつてのイギリス植民地での活発な哲学的活動との大同的な融合へと進展し、英語圏の哲学とでもいうべき場を形成しつつあるといえる。第二は、論理思想の発展の一環として、1960年代以降の20年間に顕著となった様相論理の意味論の研究の影響である。その傾向の代表として、クワインの系譜に連なる、D・デビッドソン、S・クリプキ、D・ルイスその他多くの学者、また、現代での正義論研究者としてJ・ロールズらをあげることができる。

 以上のほかに、ドイツ、フランスの実存主義その他の、以上とは異質の思想の影響も皆無とはいえず、これらの要因は現代アメリカ哲学を多様なものにしているといえよう。

[杖下隆英]

『思想の科学研究会編『アメリカ思想史』(1950・日本評論社)』『H・G・タウンゼント著、市井三郎訳『アメリカ哲学史』(1951・岩波書店)』『W. G. Muelder & L. SearsThe Development of American Philosophy(1940, Houghton Mifflin Co.)』『H. W. SchneiderA History of American Philosophy (1946, Columbia Univ. Press)』『P. KurtzAmerican Philosophy in the Twentieth Century;A Source book (1966, The Macmillan Co.)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アメリカ哲学」の意味・わかりやすい解説

アメリカ哲学
アメリカてつがく

ピューリタニズムの勤労精神とフロンティア精神の合体したアメリカ人の世界観的基礎は,その行動主義的世界観を特徴とする。厳密に「アメリカの」哲学といえるプラグマティズムは,このような世界観を基礎としている。プラグマティズム以前のアメリカは思想的にはヨーロッパ思潮の植民地であった。すなわち,植民地時代にはフランスの啓蒙主義およびスコットランド学派 (→常識哲学 ) の思想,19世紀前半から南北戦争直後まではドイツ観念論の影響下にあった。この間も文明の展開とそれに伴う宗教の世俗化に応じ R.W.エマソンに代表される超絶主義が現れたが,これもドイツ・ロマン主義の亜流ともいえる。このような風潮のなかで,プラグマティズムが起ったのは偶然ではなく,当時の産業革命や自然科学技術の独自の思考法に対処するためであった。この哲学の創始者は C.S.パースとされているが,彼はまだこれを科学的論理学の一方法として提唱したにすぎない。これを哲学の方法,態度へと拡大したのは W.ジェームズであり,のちに J.デューイにより大成される。概念を道具と考え,また真理規準を「有効性」に求めるこの派の学説は,伝統的なそれとは異なる経験論である。このように大成されたプラグマティズムも,現在,記号論理学,ケンブリッジ分析哲学,論理実証主義などからの批判を受け,W.クワイン,C.ルイスなどの「ネオ・プラグマティスト」により厳密化されつつある。なお現在のアメリカ哲学は,ヨーロッパ諸国との交流によって,現象学,実存哲学,トミズムなどヨーロッパ諸哲学の研究も盛んである。

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