アナモルフォーズ(読み)あなもるふぉーず(英語表記)anamorphose フランス語

デジタル大辞泉 「アナモルフォーズ」の意味・読み・例文・類語

アナモルフォーズ(〈フランス〉anamorphose)

アナモルフォーシス

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「アナモルフォーズ」の意味・わかりやすい解説

アナモルフォーズ
あなもるふぉーず
anamorphose フランス語

変形歪曲(わいきょく)の意。英語ではアナモルフォーシスanamolphosisという。遠近法を利用して画像をゆがめて描き、ある視点から見たときのみ原像が浮かびあがるようにした、だまし絵の一種。正しい像を得るためには、長く引き伸ばされた図を斜めから見ることで短縮したり、円状に広げられた図の中の決まった位置に球、円筒、円錐(えんすい)形などの鏡を置くことによって収縮させる、といった方法がとられる。ルネサンス期における遠近法の理論的整備に伴い、16世紀初頭にその定義がなされ、画家や数学者、修道士らの研究によってしだいにヨーロッパ中に広まった。遠近法は、二次元の平面上に三次元のリアルな空間をつくるために考え出された幾何学的な方法だが、これを利用しながら、逆にきわめて幻想的な図形を生み出すアナモルフォーズは、16、17世紀には、しばしば現世理性学問を超えたもの、という主題を表すために利用された。たとえばもっとも有名な作例であるハンス・ホルバインの『使節たち』(1533)では、青年貴族と聖職者の足元に、アナモルフォーズによる骸骨(がいこつ)の姿が浮かびあがる。これは青年たちの地位や富、棚に置かれた地球儀書物が象徴する学問などの現世の事柄が、最後は骸骨=死という人間を超えた力によって凌駕(りょうが)される、との意を表すとの解釈がある。また、権力者を揶揄(やゆ)する諷刺(ふうし)やエロティックな場面など、図柄がすぐにわかっては支障がある主題にも作例が多い。ほかに、建物の壁を利用して描かれた大きなもの、箱や戸棚の中に仕込まれたものなど、その形状にはさまざまなバリエーションがある。18世紀以降はキリスト教や学問から離れ、気軽な視覚の遊びへと変じたアナモルフォーズは、江戸時代の日本にも伝わっており、鏡のかわりに漆塗りの刀の鞘(さや)を立てて図柄を見ることから「鞘絵」とよばれた。

[蔵屋美香]

『種村季弘・高柳篤著『だまし絵』(河出文庫)』『ユルギス・バルトルシャティス著、高山宏訳『アナモルフォーズ――光学魔術』(1992・国書刊行会)』

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改訂新版 世界大百科事典 「アナモルフォーズ」の意味・わかりやすい解説

アナモルフォーズ
anamorphose[フランス]

絵画や素描において描かれた歪像のことで,特定の視点から見たり,器具を使用すると正常に見えるものをいう。この言葉はギリシア語のana(再),morphē(形成)に由来しており,17世紀から用いられたが,この種の現象や作例は透視図法(線遠近法)の使用に伴って15世紀以来知られていた。透視図法によって三次元空間を平面上に再現するには,厳密には固定された唯一の視点が必要であるが,反面ではその視点以外では描かれた空間や図形に〈ひずみ〉が生ずることになる。そしてこの〈ひずみ〉を意識的に利用し,さらに〈ひずみ〉を誇張したり,ある図形を幾何学的図法に従って規則的に変形したりして,隠し絵,判じ絵として用いる場合もある。また,16世紀の中国に起源をもつといわれる,円筒鏡に映すと判明するアナモルフォーズは17,18世紀に西欧で流行し,幕末には日本でも描かれ,刀の鞘に映すので〈さや絵〉と呼ばれた。円錐や角錐による図法もある。また円蓋や天井の曲面,斜面など立体的な凹凸の面に描かれた図が下から見て正常に見えるようにするために,やはり組織的変形を要する。例えば17世紀末のA.ポッツォによるサン・イグナツィオ聖堂天井画は,聖堂内全体を一つの空間に統一するイリュージョニズムの典型であるが,特定の視点を離れると周辺の図柄は非常なアナモルフォーズとなっている。

 アナモルフォーズは絵遊びとして18世紀に流行したが,その後ながく無視され,バルトルシャイティスの研究(1955,69)によって再評価された。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のアナモルフォーズの言及

【イリュージョニズム】より

…たとえば17世紀末のローマの聖イグナチオ聖堂天井画はある一点から見上げるとみごとな錯視空間を形成する。しかし遠近法を厳密に適用すれば見る側の視点は一点に限定され,そこを離れると描かれたものの形はひどくゆがんでしまう(アナモルフォーズ)。人間の両眼による距離の測定能力は10mほども離れると単眼と大差がなくなることも無視できない。…

【デフォルマシヨン】より

…他の例は,とりわけ厳密に透視図法を絵画表現に利用するときに,消失点から離れた部分で必ず起こるゆがみである。その極端な場合はアナモルフォーズに見ることができる。しかし後者の場合は,その本来の意図が〈正常な形〉の錯視効果にあるので,その意図が果たされたときには,歪形は視覚的には存在しないことになる。…

※「アナモルフォーズ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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