アジアの大学改革(読み)アジアのだいがくかいかく

大学事典 「アジアの大学改革」の解説

アジアの大学改革
アジアのだいがくかいかく

高等教育拡充と世界水準大学への挑戦]

多様化と民営化が進むアジア各国の大学改革(アジア)において,その原動力となっているのは,自国の高等教育をいかに拡充し経済発展を担う自国の人材育成を図るかという旧来からの政策目標と,自国の大学をいかに「世界水準大学(World Class University: WCU)」に育て上げるかという教育の国際化に伴う課題である。これら二つの政策課題は,1990年代以降,高等教育の需要が高まり大学の大衆化が進み,大学の量的拡大と認証評価・質保証が求められることに加え,新自由主義に伴う競争や効率を重視する方向性が強まり,大学ランキングと人材獲得をめぐる競争原理がはたらくことでより重視されるようになった。重点大学に特化した中国の「211プロジェクト」および「985計画」,韓国の大学院改革,シンガポールのWCUの海外からの誘致・提携,タイの大学における「インターナショナル・プログラム」の導入,マレーシアの拠点大学(APEX)の重点化,インドネシアの総合大学への移行,インドにおけるWCUの誘致など,いずれも国際競争力を維持するための人材育成と高等教育機関の拡充を目的としている。

 しかしながら,とくにアジアでは,国際競争力の獲得が,経済発展を遂げている国のみならず,発展途上にある国においても強く意識されている点に特徴がある。たとえばヴェトナムでは世界銀行とアジア開発銀行の融資を受け世界水準の新大学の建設を目指しており,スリランカでは南アジアの教育ハブを目指す国家戦略が,またブータンでも同様に教育ハブを目指す「Education Cityプロジェクト」が開始されており,ラオスでも「高等教育マスター計画」を打ちだしている。さらに国立大学だけでなく,カンボジアのように急増する私立大学が高等教育の急速な拡大過程で大きな役割を担っている点も特徴的である。

[大学改革と地域化]

他方,競争原理が働く一方で,国際化に伴う国境を越える教育がアジアの高等教育のネットワーク化を促し,地域化(リージョナライゼーション)へと結びつく動きが高まるなかで,結果として国家の枠組みを超えた大学改革が展開されているという側面もある。この背景には,学生ならびにプログラムの国境を越えた流動が活発化するなかで,アジア域内外の諸外国・地域との協力と信頼関係の構築なしには,高等教育の量的・質的拡充を図ることができなくなっている現実がある。そこでは東南アジア諸国連合(ASEAN)が展開する「アセアン大学ネットワーク(AUN)」や「アセアン学生国際移動プログラム(AIMS)」のように複数の大学を結ぶ循環型と,南アジア地域協力連合(SAARC)8ヵ国からの学生が集う南アジア大学(SAU,ニューデリーに所在)のように拠点型の大学があるが,いずれも多国籍の学生を対象にし,国際連携を図る大学のあり方を模索している。

 こうした地域化の動きは,競争原理よりもむしろ,ASEANが2015年の地域統合に向けて強調する「調和化」や「人と人の連結性」といった概念に象徴されるとおり,アジアを担う次世代リーダーの育成を協力して行う国際高等教育プログラムの開発を大学改革に促している。また国際連携を行ううえで質保証のシステムや単位互換制度を共有する共通教育が必然的に求められるようになり,従来,国民国家が中心であった大学改革に,国境を越える国際高等教育のフレームワークが導入されるようになっている。

[アジアの大学改革の課題]

「世界水準大学」を競う各国の高等教育の拡充と地域化の枠組みという重層的な構造のもとに大学改革が国際的に展開されるようになった結果,近年,アジアの大学は,旧来のように留学生の送り出し側としてだけでなく,アジア域内外からの受入れや,アジアの大学をステップとしてさらに第三国・地域へと留学する通過点としての役割を果たすようになっており,学生,プログラム,教育機関それぞれの移動拠点も誕生している。しかしながら同時に,異なる文化を持つ人々の接触や軋轢が生む文化摩擦や,大学が海外との連携を深めることが,結果的に流入する外国籍の人々に対し国内の人々の教育や就業機会を縮小することになり,公正をめぐる「新たなナショナリズム」の問題が起きるなど,社会的・文化的課題が深刻化している。

 またプログラムの内容が,即戦力となる人材育成と学生の資格取得志向に合わせ,経済や経営やコンピュータ科学,情報技術等の実学教育を重視する傾向にあり,知の創造や科学基盤の構築といった大学の持つ研究機関としての側面が軽視されがちである。アジアの大学改革で進み始めている量的拡大やネットワーク化は,研究大学と教育に重点をおく大学の二つの特性をそれぞれいかに考慮して,量的拡大のみならず質的拡充を実現することができるかという点で,あらためてその真価が問われている。
著者: 杉村美紀

参考文献: 北村友人・杉村美紀編『激動するアジアの大学改革―グローバル人材を育成するために』上智大学出版,2012.

参考文献: SHIN, Jung Cheol and Barbara M. Kehm (eds.), Institutionalization of World-Class University in Global Competition, Springer, 2013.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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