改訂新版 世界大百科事典 「アシライ」の意味・わかりやすい解説
アシライ(会釈) (あしらい)
日本音楽の用語。広義,狭義さまざまに用いられるが,〈応対・配合〉を意味する点では共通している。(1)能・狂言の用語。囃子,所作,狂言と多岐にわたるが,囃子に関するものが最も多い。(a)笛の奏法の一つ。謡や打楽器のリズムとは別個に,笛独自のリズムで奏すること。謡の中で笛が奏されるときは,すべてアシライとなる。囃子だけの演奏では,アシライの場合と打楽器のリズムと合う場合とがある。(b)打楽器の奏法の一つ。謡や笛のリズムとは別個に,打楽器独自のリズムで奏すること。拍の位置が規定されていない〈拍子不合謡(ひようしあわずうたい)〉部分や,アシライの笛または笛なしの囃子部分に用いられる。このうち,規則的な拍や拍節が明確に感じとれるリズム(これをノリ拍子という)のものを〈ノルアシライ〉と呼び,明確に感じとれないリズムのものを〈ノラヌアシライ〉と呼ぶ。このノラヌアシライを単にアシライともいうので,打楽器の奏法におけるアシライにも,広義・狭義の2義があることになる。ノルアシライは,後ジテ登場直後や舞事・働事前後の拍子不合謡部分に用いられ,ノラヌアシライは,その他の拍子不合謡部分やアシライの囃子部分に用いられる。この〈ノルアシライ〉のように,拍の位置が明確でない声楽部に,拍の位置が明確に感じとれるリズムの打楽器が併奏するのは他の音楽に例のない能独特のものである。なお,太鼓の加わるアシライは,常にノルアシライである。(c)ひとまとまりの謡の前に奏される短い囃子。〈謡出シアシライ〉という。三番目物のクリの前に奏される〈クリの打掛〉や,《景清》の〈松門のアシライ〉などがある。(d)登場や退場・物着などの所作にアシライの囃子の伴うもの。〈アシライ出〉〈アシライ中入〉〈アシライ歩ミ〉〈アシライ物着〉などがある。(e)狂言の中で囃子を演奏する〈狂言アシライ〉の略称。能の囃子を演奏するばあいとは異なり,囃子方は横を向いて座ったまま軽く奏する。(f)謡の稽古のとき,扇拍子で打楽器のリズムをとること。〈大小をアシラウ〉などというが,アシライの部分だけでなく,リズムに合う部分もおこなう。(g)動作単元の一つ。ある役が他の役へ向くこと。Aの役がBの役へ向くのを受けてBもAへ向くばあいが多い。〈ワキへアシラウ〉などという。(h)アイ(間)の一種。《道成寺》の寺男や,《安宅(あたか)》の富樫(ワキ)の従者などのように,能の中の主要な役を務めるアイで,〈アシライ間〉という。(2)長唄囃子の用語。長唄に対する三味線や,三味線に対する囃子などを,あらかじめ定められた演奏どおりでなく,任意にかげんして合奏すること。(3)舞踊音楽の用語。能を模した舞踊劇で,間狂言の部分になると囃子方が床几を下りて横向きに座って演奏すること。
→地拍子 →はやし
執筆者:松本 雍
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