アイヌ文化振興法(読み)アイヌブンカシンコウホウ

デジタル大辞泉 「アイヌ文化振興法」の意味・読み・例文・類語

アイヌぶんか‐しんこうほう〔‐ブンクワシンコウハフ〕【アイヌ文化振興法】

《「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」の略称》アイヌ民族としての誇りを尊重し、アイヌ語、その音楽・舞踊・文学・工芸などの振興を図り、かつそれらについての調査研究、知識の普及を目的とする法律。平成9年(1997)、明治32年(1899)制定の北海道旧土人保護法を廃止して成立、施行。令和元年(2019)、新法の制定により廃止。→アイヌ新法

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「アイヌ文化振興法」の意味・わかりやすい解説

アイヌ文化振興法 (アイヌぶんかしんこうほう)

正式名称は〈アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律〉。1997年5月成立・公布,同年7月施行。アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する国民に対する知識の普及及び啓発のための施策を推進することにより,アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現と,我が国の多様な文化の発展を図ることを目的とする全13条と附則からなる法律である。

同法において,〈〈アイヌ文化〉は,一般的意味における〈文化〉よりも狭い意味を表すもの〉であるから〈解釈に疑義が生じないよう定義する必要がある〉とし,第2条で,〈アイヌ文化〉とは,(1)〈アイヌ語〉並びに(2)〈アイヌにおいて継承されてきた音楽,舞踊,工芸その他の文化的所産〉及び(3)〈これらから発展した文化的所産〉をいう,と定義している。

 さらに,文部省設置法第2条規定の〈文化〉の定義との関係等から,上記(1)は,〈国民の文化的生活向上のための活動〉,上記(2)のうち,歴史的,芸術的,学術的価値が高いものなどは文化財保護法の〈文化財〉,それ以外のもの及び上記(3)は,文部省設置法〈文化〉の定義の〈芸術及び国民娯楽や国民の文化的生活向上のための活動〉として整理された。しかし,こうした〈アイヌ文化〉の定義に,文部省設置法の〈文化〉に含まれる〈出版及び著作権その他の著作権法に規定する権利〉についての定めは設けていない。

 また,〈アイヌの伝統〉については,一般的な〈伝統〉と同様に〈ある民族や社会・団体が長い歴史を通じて培い,伝えてきた信仰風習・制度・思想学問・芸術など。特にそれらの中心をなす精神のあり方〉との意味とし,条文上とくに定義を設けなかった。具体的には,アイヌの人々が長い歴史を通じて培い,伝えてきた自然を尊び,自然と共生する精神,その精神が反映された信仰,社会の仕組み,民族への帰属意識等であるとした。

 現行憲法さらに北海道旧土人保護法や既存の文化関連法との関連などから本法の制定を考えると,日本の法体系において〈アイヌ民族の存在〉,すなわち〈アイヌ文化を担ってきた(個人で構成される)集団の存在主体〉を認めつつも先住民族としての法的位置づけをせずに,アイヌの〈文化〉だけを法的に規定するものになっている。

 また,国際人権規範における先住民族の〈文化享有権〉は,狩猟漁労など自然と密着した生活ぶりや精神世界にある互酬性などから,〈〈生活〉と〈文化〉がより密着している広義の文化体系の実践〉とみなされることから,同法は,日本の法体系の制約のなかでその一部にしか対応していないと考えられる。

第1条に目的,第2条にアイヌ文化の定義,第3・4条は,国及び地方公共団体の責務,施策における配慮,第5条は基本方針,第6条は基本計画,第7から第13条までは指定法人に関する業務関連の規定。これにより同法の指定法人である〈財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構〉が,第1条の目的を基本理念に,(1)アイヌに関する総合的かつ実践的な研究の推進,(2)アイヌ語の振興,(3)アイヌ文化の振興,(4)アイヌの伝統等に関する普及啓発,の四つの柱に基づく事業を実施している。附則第3条には,〈北海道旧土人保護法〉の廃止に伴う〈北海道旧土人共有財産〉の共有者への返還,または指定法人,北海道への帰属などに係る経過措置を定めている。同法審議時,衆参両院の内閣委員会において,アイヌの人々が置かれてきた歴史的・社会的事情に鑑み,アイヌの人々の自主性の尊重,意向の反映,今後のいっそうの支援,国際人権諸規範の趣旨尊重と所要の施策を講ずることなど5項目の事項について,適切な措置を講ずべきとの附帯決議がなされた。

本法成立に至る制定運動は,1984年,社団法人北海道ウタリ協会の総会において,実質的に死文化された〈北海道旧土人保護法〉などの廃止と同時にアイヌ民族の総合立法〈アイヌ民族に関する法律(案)〉の制定を国に要請しようという決議採択に始まる。北海道知事の私的諮問機関〈ウタリ問題懇話会〉の協議の末,〈協会原案から参政権を除き〉88年,北海道,北海道議会,北海道ウタリ協会の三者により,国に同法律(案)の制定を要望。国ではこの要望を受けて立法措置を含む新たな施策の具体化のために,89年,〈アイヌ新法問題検討委員会〉(関係省庁の課長クラスで構成)を設置,95年,〈ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会〉(内閣官房長官の私的懇談会)を設置。96年4月,同懇談会から報告書提出。その翌月,〈アイヌ関連施策関係省庁連絡会議〉において懇談会報告書に基づく立法措置を含む新たな施策の実現に向けた検討の実施を確認。97年3月,初めてのアイヌ民族出身の国会議員萱野茂の所属する参議院先議として〈アイヌ文化振興法(案)〉が上程された。
アイヌ →北海道旧土人保護法
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

百科事典マイペディア 「アイヌ文化振興法」の意味・わかりやすい解説

アイヌ文化振興法【アイヌぶんかしんこうほう】

正式名称〈アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律〉。1997年5月成立。1899年の〈北海道旧土人保護法〉を廃止し,アイヌ民族に関するすべての差別をなくすことを目的として,北海道ウタリ協会が中心となって1984年に原案を作成。アイヌ文化研究施設の設置,自立活動支援基金創設なども含む。北海道は原案に若干の修正を加えたうえ,1988年国に対して新法制定を要請した。成立に伴い,北海道旧土人保護法は廃止。1997年に財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構が設立され,札幌市に事務所を置き,東京都内にアイヌ文化交流センターを開設した。
→関連項目アイヌ萱野茂先住民族

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「アイヌ文化振興法」の意味・わかりやすい解説

アイヌ文化振興法
アイヌぶんかしんこうほう

正式名称は「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」。平成9年法律 52号。 1997年5月 14日公布。日本の少数民族,アイヌを固有の民族として初めて法的に位置づけた法律で,「アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現」を目的に,国と地方自治体の責任としてアイヌ語やアイヌ文化の継承者の育成,調査・研究,国民への啓発などの文化振興策を行うと定めている。しかし,アイヌの人々が求めていた先住権などの民族の権利は盛込まれず,「先住性は歴史的事実」とする付帯決議が衆参両院の内閣委員会で可決されたにとどまった。これに伴って,明治政府が同化を目的に制定して以来,アイヌ民族に適用されてきた北海道旧土人保護法が廃止された。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内のアイヌ文化振興法の言及

【アイヌ】より

… かくして政府は,これをうけて97年4月,〈アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する国民に対する知識の普及及び啓発を図るための施策を推進することにより,アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現を図り,あわせて我が国の多様な文化の発展に寄与することを目的〉とした〈アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律〉を制定し(同年7月施行。〈アイヌ文化振興法〉と略称される),〈北海道旧土人保護法〉と〈旭川市旧土人保護地処分法〉を廃止した。しかし,この法律はその本質的な部分において,北海道ウタリ協会が求めてきた〈アイヌ新法〉の内容や〈懇談会〉の報告書の内容とは大きくかけ離れたもので,単に〈アイヌ文化〉の振興や普及策のみを規定したものに過ぎなかった。…

※「アイヌ文化振興法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android