やもめ

改訂新版 世界大百科事典 「やもめ」の意味・わかりやすい解説

やもめ

元来,〈やもめ〉の語は《日本書紀》などには寡,寡婦の字があてられ,夫をなくした女,夫のない独身の女を意味し,妻をなくした男は〈やもお〉と呼ばれ,鰥の字があてられた。一方,〈女やもめに花が咲く,男やもめに蛆(うじ)がわく〉という諺にみられるように,〈やもめ〉という言葉は男女双方をさすこともあり,また,結婚せずに独身を通す者に対して用いられることもある。本項目では,配偶者を失って,その後再婚しないでいる者について記述する。

 なお寡婦は,日本では後家,未亡人と呼ばれることが多いが,日本のかつての寡婦については,〈後家〉の項を参照されたい。
執筆者:

第2次大戦前の社会事業は,〈鰥寡孤独(かんかこどく)〉を対象とするといわれた。鰥は男やもめ,寡は寡婦,孤は孤児,独は子のない老人を意味する。このように,やもめは,たんに配偶者がいないというばかりでなく,ほかによるべがなく,家族生活の枠からはずれた存在として,社会的に救済すべき対象と考えられていた。1980年の国勢調査によれば,15歳以上の男女で配偶者に死別したものは,男性が全国で約79万人,女性は446万人と,女性に格段に多い。これは,配偶者にいったん死に別れると,男性に比べて女性は再婚しにくいことも原因している。〈二夫にまみえず〉とは,封建道徳のもとで女性が心得るべきたしなみの一つとされたが,こうした規範は現代でもなお拘束力を失ってはいない。また人口統計によると,配偶者と死別したものの割合は年齢層が上がるにしたがって増加するが,その増加割合は女性にとくに顕著である。これは,一般に女性が男性よりも長命であり,加えて女性は自分より年長の男性と結婚することが多いことによる。このため,夫に死に別れて以降の期間はいっそう引き延ばされることになる。さらに近年は核家族化が進み,子ども夫婦と同居する老人の割合はしだいに減少しつつある。配偶者を失ってひとり暮しを強いられる高齢女性は,今後もますます増加すると予測され,現代の老人問題はすぐれて〈女性の老後問題〉であるといわれている。欧米先進諸国では一代限りで終わる夫婦家族制の伝統があるため,社会保障・社会福祉諸制度は基本的には個人としての老人を対象にしている。日本では,いまだに家族扶養が前提とされており,老人の経済的・精神的自立性は概して弱い。配偶者を失ってやもめ暮しになると,こうした問題がいっきょに深刻化する危険性が大きいのである。
再婚
執筆者:

寡婦が再婚する場合に,ゲルマン社会のように古代西欧の家父長制社会では,再婚は好意をもってみられなかった。したがって,寡婦は亡夫の家にとどまることが多く,息子あるいは亡夫の兄弟などの新しい家長の権限下に入った。さらに,寡婦が単独ないしは保護者もなく幼い子どもと共同生活をすることもあるし,また,妻の実家が寡婦を引き取り,実家の家長の下で生活することもあった。西欧社会では,かなり古くから夫を失って将来の生活の不安にかられる寡婦に対して,夫の死後も生活を保障する制度が設けられている。それは寡婦が再婚しないかぎり,夫の固有不動産を終身の間使用,収益することができる権利(終身用益権)であって,寡婦分donaire(フランス語),dower(英語),Leibzucht(ドイツ語)という。この寡婦分はゲルマンの慣行の夫から妻になされる〈夫となるべき者からの贈与dos ex marito〉と後朝贈与Morgengabeが混合したものといわれる。寡婦が夫の生存中に家事,子の養育のために尽くしたことに対する代償であって,寡婦にとっては,夫の死後生活するための財源となるものである。

 西欧では,13世紀の初めまでは,寡婦分は双方の合意で設定されていたが,カトリック教会が寡婦分の合意をすることを奨励し,教会での挙式のときに,それらの合意を確認することにしたため,婚姻に際し,寡婦分を設定する慣行ができあがった。フランスでは,13世紀に亡夫の不動産の所有権は夫の相続人に帰属するけれども,寡婦は寡婦分として夫の不動産の2分の1ないし3分の1に対して終身の用益権が与えられることが法律上確立している。寡婦分の設定を受けた夫の不動産は夫でも妻の同意がなければ単独で処分することができない。そのため,寡婦分は財産の自由な取引を妨げる束縛となってくる。とりわけ,16世紀ころ,古代ローマ市民法上の相続制度を復活して生存配偶者の相続権を認めようとする動きが現れ,地方慣習でも認めるようになると,寡婦分の意義がなくなってくる。このようにして,寡婦分はアンシャン・レジーム末には実効性を失い,とくに,フランス革命の際には,寡婦分は封建制の残骸,取引の目的を制約するもの,相続法を混乱させるものとして批判され,革命暦2年雪月17日法(1794年1月10日法)によって最終的に廃止された。

 19世紀になって,西欧諸国では,相次いで近代民法典が制定されたが,寡婦の生活については,生存配偶者に相続権を与えるという形で保障されることになった。もっとも,近代民法典は,当初は強固な家父長権を認めた家族法であったために,生存配偶者に相続権を認める場合でも,他の相続人よりも劣位におかれた。しかし,生存配偶者が他の相続人と同等の相続権が認められるようになったのは,概して第2次大戦以後の立法においてである。
執筆者:

中国では,老いて妻のないのを鰥(かん),夫のないのを寡(か)といい(《孟子》),ともに寄るべなき哀れむべき〈窮民〉とされるが,いつの時代にも問題になるのは寡婦(やもめ)である。若くて子のない寡婦は実家に戻り,良縁を求めて再婚することもできた。だが子があり,こじわが出はじめては〈貞女は二夫にまみえず〉といった礼法の拘束がない時代でも,第2の人生は思うにまかせない。やむなく後家を立てるのは辛いものと見え,〈寡女の糸〉という故事さえ生んだ。寡女のつむいだ糸で作った琴は〈憂愁哀怨の響き〉をもつといわれる(《賈氏説林》)。しかし,独り寝がいかにわびしく悲しくても,〈寡婦は夜,哭(こく)せず〉がエチケットとされた(《礼記》)。

 生活は困窮しがちで,《詩経》には,あちらの刈残し,こちらの落ち穂,それは〈寡婦の利〉,やもめの拾い得,とうたわれている。ごくまれには,家業をとりしきってすご腕を発揮する肝ったま母さんや,ほそうで繁盛記もないではない。巴国の寡婦の清(せい)は鉱山の経営に敏腕をふるい,万乗の諸侯とも対等につきあって,名声が天下に知られた(《史記》)。

 漢代になると,女性の生き方が顧みられ,いくつかの〈列女伝〉が作られた。《後漢書》列女伝には,夫の死後,実家に帰らず子育てに励み,二度と嫁がぬ誓いに耳をそぎ落とし,姉妹の憐れみをふりきって,あくまで操を立てた劉長卿の妻,なさぬ仲の4人の子がえこじになって悪をはたらくのを,いつも温かくいつくしみ,ついに改心させて立派な人間に成長させた陳文矩の未亡人のこと,さらには夫に死別して実家に帰っていたところを,胡(えびす)の騎兵に捕らえられて匈奴の左賢王の妾にされ,とどまること12年,2子を生み,やがて曹操に買い戻されて董祀(とうし)に再嫁した蔡琰(さいえん)の数奇な運命も,彼女の詠じた〈悲憤詩〉2首とともに収められている。宋以後,蔡琰は節操に欠けるので〈列女伝〉に載せるべきでないとする議論が現れるが,それは《後漢書》と後世との道徳観の違いによるものである。門閥貴族の栄えた魏晋南北朝の社会でも,寡婦は再縁すべきでないとか,再婚の女を迎えるのは一門の恥である,といった観念は見あたらない。

 寡婦の再婚を禁ずる法令が隋の高祖のときにでたが,実際にはほとんど行われなかった。唐を過ぎて北宋の初めに至っても寡婦の再婚を忌むといった意識も習俗も,まだ存在しない。婦人の再嫁を節義にもとると主張したのは,北宋末の程頤(ていい)(伊川)である。寡婦の貧窮にして寄るべなき者は〈再嫁すべきや否や〉と問われて,〈寒餓の死を怕(おそ)れる〉からにせよ,〈餓死は事きわめて小なり,失節は事きわめて大なり〉とこたえた。この貞節観が南宋の朱熹(子)に継承され,朱子学の盛行するにつれて,再婚を失節とするモラルがしだいに広まり,寡婦の言動を外から規制するようになる。明代になると,貞操の固い寡婦を表彰するだけでなく,その家の租税を減免したりする。再婚を失節とする観念を批判し,偏狭なリゴリズムから寡婦をようやく解放するのは,清朝になって朱子学が衰退してからのことである。
執筆者:

一般に父系社会では,夫を失った女性は,亡夫の兄弟と結婚することが多いといわれる。イスラム社会は,たてまえは父系制であっても,実際にはかなり母系的要素をもっており,兄弟が1人の女性を引き継ぐという例は,イランやアフガニスタンにおける多少の例を除いては,全体からするときわめて少ない。

 イスラムにおいて,婚姻は花婿と花嫁証人のもとに,それぞれ署名して成立する一つの契約であるから,契約者の一方がいなくなることによって,その契約は自動的に解消される。つまり,夫に死なれた女性は,結婚契約から解かれる。したがって,やもめになった場合,夫方の家に閉じこもり,夫側の親族から面倒をみてもらうということはない。そもそも妻は,結婚中も未婚のときと同じ姓名であり,実家から精神的にも物質的にも援助を受けるのが普通である。経済的身体的に世話の必要な場合は,血のつながりの最も近い者で,世話をする力のある者が引き受ける。こういう条件の備わっている者がその義務を怠るときには,社会的に非難されるので,イスラム社会における一つの社会保障制度になっている。

 夫を失った女性は,法の定めるイッダ期間中,すなわち夫の死後4ヵ月と10日は(コーラン2章234節),白衣をまとい(所によっては黒衣),化粧は禁じられ,近親者以外の者を訪問してはならないとされる。妊娠の有無を明らかにすることと,もし妊娠していれば,その子どもの父親を明確にする意味がある。しかし,妊娠の可能性のない老齢者の場合でも,慣習的に守られている。イッダ期間が過ぎれば再婚も許される。
執筆者:

男女の分業と相互補完的行為によって生活が成り立っている採集狩猟民の社会などでは早婚が望まれ,独身男女は,一般に軽視される。インドのサンタルSantal族では独身は非常に下等な状態と考えられ,アフリカのバントゥーBantu族では独身男は部落の問題に対して発言権はなく,南米のトゥピTupi族の間では独身男は酒宴に参加できないといわれている。〈やもめ〉は未婚者ではないからその処遇は独身者に対するほどではないものの,やはり社会で一人前の通常の者としては扱われない。採集狩猟民の社会ではだれかと結びついていなければ生活できないからである。そこでなるべく〈やもめ〉の状態を脱すべく,種々の行為がとられる。父系の親族集団であるアフリカのヌエルNuer族では夫が死んだ場合,未亡人は死んだ夫の兄か弟と再婚する。いわゆるレビレート婚である。こういう例はアフリカをはじめ未開社会には多い。親族内における男の名前の継承が重要なので,そこで生まれた子どもは亡夫の子である。未亡人が亡夫の兄弟以外の男と結婚して子どもが生まれた場合も同様で,未亡人は夫と死別しても,その一族とのきずなは切れない。その逆のソロレート婚の場合も同じである。このような逆縁婚は日本でも見られる。とくに大きな商家,大地主の家などの場合にとりわけ多い。その理由として財産の分散を防ぐためであるとか,一度できあがった経済的なものをも含めた家族・親族間の望ましい関係を打ち切りたくないためといわれているが,互酬を社会生活の重要な基本原理と考えるうえで,未開社会との共通性があるといえる。
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「やもめ」の意味・わかりやすい解説

やもめ

もともとは女性に対して用いられていたが、今日では、性別を問わず、配偶者の死により独身となった者をさすのに用いられる傾向がある。やもめの社会的地位や運命は、社会ごとに一様ではない。一般に寡婦に対しては、再婚などの問題に関し、男やもめに対するよりも厳しい拘束が課せられているのが普通であるが、これは社会での女性の従属的地位の現れである。寡婦の再婚をまったく禁じている社会もあり、インドのヒンドゥー教徒の間では、夫を火葬する薪(まき)の上で殉死することを妻に要求する風習すらあった。これとは逆に、狩猟採集民であるオーストラリアのティウィの間では、寡婦は亡夫の葬式の席上で再婚する習わしがあった。食料採集に経験を積んだ女性は、一家の貴重な養い手として、若者たちの間で大いに望まれていたためである。一般に寡婦の再婚が認められている社会でも、寡婦がふたたび婚姻可能な地位につくためには、一定期間の喪に服さねばならないのが普通である。この間彼女は象徴的な形で共同体の生活からは隔離された生活を送る。ニューギニアのエトロの人々の間では、寡婦はけがれた存在とされ、彼らの共同生活の中心からは外され、特定の場所を割り当てられたうえに、食事にも種々の制限が加えられる。

 母系社会では、寡婦は一般に自己の所属する出自集団に復帰するが、父系社会では、しばしば亡夫の親族の一人と再婚することがある。レビレート婚もこの一つで、亡夫に子供がなかった場合、寡婦は亡夫の弟と再婚し、生まれてくる子供は亡夫の子供とみなされるというものである。南スーダンのヌエルの人々の間では、寡婦の意志が尊重され、もしこうした再婚に同意しなければ他に自由に恋人をもつことが許されているが、その場合も、生まれてくる子供は亡夫の子供として扱われる。父系社会でより一般的なものとしては、寡婦が亡夫の相続人の一人(男には複数の相続人がいる)によって相続される寡婦相続の制度がある。

[濱本 満]

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世界大百科事典(旧版)内のやもめの言及

【後家】より

…ここに至って後家たちも,かつてのごとき家業,財産の管理人という主体的立場を喪失し,やがて夫家一族の男性たちや,主君が定める陣代,番代とよばれる後見人に,その地位を継承されることになったのである。やもめ【鈴木 国弘】。…

※「やもめ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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