さいころ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「さいころ」の意味・わかりやすい解説

さいころ

小さな六面体の表面に1から6までの目を表裏で7になるように刻んである遊びなどの用具。采子、賽子、骰子、投子、角子、博歯などの字をあてる。英語ではダイスdiceで、立方体を意味するダイdieの複数である。

[倉茂貞助]

歴史

さいころが、いつごろ、どこでつくられたかは定説がない。インドではインダス文明(前3000~前1500)のものと推定される、大きさが1.2~1.5センチメートルで表裏の目が1と2、3と4、5と6になっている淡紅色に焼かれた土製のさいころが発見されていて、そのころつくられたとしている。エジプトには初期王朝時代(前3200以降)のものと思われる、象牙(ぞうげ)や骨でつくった現在のものと形状などが同じさいころがある。これがメソポタミアから地中海沿岸のギリシアやローマなどに伝えられたとされている。ギリシアでは紀元前5世紀のころの歴史家ヘロドトスが、ダイスは前6、7世紀のころアジア西部にあったリディア王国の人々によって伝えられたとしているところから、現在のイラク地方に栄えたシュメール文化(前4000~前3000)のなかでつくられたとしている。これらのほかにも説があって、いずれとも断定することはできないが、どこかの国でつくられたものが次から次にと世界中の国々に伝えられていったのではなく、前3000年のころに古代文明を創造した民族はそれぞれ独自にさいころを創作していたのではないかと思われる。いずれにしても、さいころは、人類が最初に定型化した遊びの用具だと思われるが、現在の六面体のものが完成されるまでには多少の経緯があったのかもしれない。

 一説では、日本の古い文献のなかにも紙牌(しはい)を平賽(ひらさい)とよんだという記録が散見されるように、六面体のさいころは紙牌から変化したもので、紙牌が厚みをもった竹牌や木牌になり、なにかの必要のために最初は片面に、ついで両面に目印をつけたものが立方体を使うようになり、六つの面に1から6までの目を刻むようになったのだとしている。しかし、さいころがつくられたのは、紙牌がつくられた時期よりもはるかに古く、紙牌から変化して現在のさいころができたというのは理論的におかしい。また、古くから朝鮮で行われていて日本には樗蒲(ちょぼ)という名称で伝えられた馬田(までん)という賭(か)け事は、表面が白色、裏面が黒色の4個の板賽を使っていて、これが六面体のさいころの前身ではなかろうかという説もある。しかしこれを立証する根拠はなにも見当たらない。

 さいころがいつごろわが国に伝えられたかは正確にはわからないが、白鳳(はくほう)時代つまり7世紀の後半に盤双六(すごろく)の用具の一部として大陸から伝えられたことはほぼ間違いない。

[倉茂貞助]

種類

さいころは世界中に普及しており、形状は世界各国に共通しているが、日本ほどさいころの種類および使用する賭け事の種類の多い国はない。さいころは天地東西南北を象徴しているといわれ、天が1、地が6、東が5、西が2、南が3、北が4とされている。さいころのことを一天地六といい、また平素使われている「一六勝負」とか、「南無三(なむさん)しまった」などということばはこれから出ている。

 さいころの用材は象牙(ぞうげ)がもっとも多く、ほかにシャチの歯、シカの角(つの)、水晶、べっこう、牛馬などの骨材などが使用されている。種類は、大きさと目の刻み方と稜角(りょうかく)の切り方がいろいろ組み合わされて数十種類ある。大きさは一分形から二寸形まで20種、目の刻み方は太目、普通目、細目、寄目(よりめ)、極寄目、開目の6種、稜角の切り方は角形、普通形、だるま形の3種で、これらが組み合わされている。

 変わったさいころには、天災という賭け事に使用するさいころで3面が白目、他の3面が黒目になっているもの(岡山県東軽部村付近〈現赤磐(あかいわ)市〉で発掘され現在東京国立博物館に保存されているわが国でもっとも古いさいころは、3面が赤目、他の3面が黒目になっている)、浄土双六に使用する2寸立方の大きさで、6面に南無分身諸仏の6文字が1字ずつ刻んであるものなどがある。

 さいころは賭け事の用具として使われることが多いため、いろいろな細工をした「道具賽」といわれる「いかさま賽」がある。いかさまの仕掛けは、特定の目が出やすくしたものと、出た目がわかるものとに大別することができるが、いかさま賽のおもなものには次のものがある。一点物=一方を重くして特定の目を出やすくしたもの。金粉入=一方を重くするのに金粉を入れたもの。粉引=黒い粉が入れてあって、特定の目からだけ粉が出るもの。鳴針入=粉のかわりに針が特定の目から出るようになっているもの。平飛=さいころの角から針が出るようになっていて壺(つぼ)を引くと針がひっかかって出目が変わるもの。平角繰(ぐり)=さいころの角が丸めてあって、特殊な壺を使うと丁か半かが出るもの。験示(けんじ)=さいころに目印をつけてあるもの。都寿美(つづみ)=さいころの表裏が同じ目盛りになっているもの。都奈技(つなぎ)=目に見えないような絹糸で2個のさいころをつないであるもので、丁つなぎと半つなぎがある。達磨(だるま)=丁または半の目の面だけに丸みをもたせたもの。とろ付=一種の付着剤を塗るもの。曳(ひき)綱=目に見えないような絹糸をつないであるもので、それを引いて目を変える。千矢良(ちやら)=特別な付着剤を塗ってあるもの、など三十数種ある。

[倉茂貞助]

賭け事

さいころは神事、占い、いろいろな遊びなどにも使われるが、賭け事に使用されることがもっとも多い。またさいころは賭け事の用具として理想的な条件を備えている。日本のさいころを使用する賭け事は、2個のさいころを壺に入れて振り、出目の数の合計が偶数奇数かで争う「丁半」が代表的なものである。そのほか、さいころ1個を使用するちょぼ一(いち)、大目小目、五割など、2個を使用する四下(しした)、四三四六(しそうしろく)、緩急、兎(うさぎ)など、3個を使用するよいど、狐(きつね)など、大小4個の特別なさいころを使用するちいっぱ、5個の変わったさいころを使用する天災などがある。このほか、さいころ7個および9個を使用する賭け事が行われていたことがあるといわれるが、詳細はわからない。

 丁半という賭け事は、ほかの賭け事のように胴親と客とが争うのでなく、客同士が丁か半かで勝負をして、負けた客の賭け金を勝った客に公平に分配することをはじめ、ルールややり方がよくできていて、専門的にみても、日本人が創作したさいころを使用する賭け事の、世界的傑作ということができるが、いつごろだれがつくったかはわからない。だが古い文献などの記録を根拠に考証してみると、日本に7世紀後半盤双六が伝えられた直後に、だれかが、盤双六の用具であるさいころと竹筒だけを使って、「攤(だ)」という賭け事を創作したのが日本のさいころの賭け事の最初で、平安時代になって「七半(しちはん)」になり、平安時代後期から鎌倉時代にかけての「四一(しいち)半」を経て、江戸時代に「丁半」が完成したのではないかと思われる。ただ攤、七半、四一半という賭け事がさいころを使用する賭け事であることは間違いないが、やり方などは記録が見当たらない。

 日本のさいころを使用する賭け事は世界に例をみないほど多種多様で、賭け事の歴史のなかで中心的な役割を果たしながら、日本の社会にいろいろな影響を与えてきている。

[倉茂貞助]

ダイス

ダイスは英語でさいころのことであるが、転じて、皮製の筒に普通は3個または5個のさいころを入れて振り出し、出目の数またはそろい方で勝負を争うゲームのことをいう。賭け事として行われることが多く、日本のさいころを使用する賭け事に比べてやり方が複雑である。このゲームは欧米をはじめ世界各国で行われているが、いつごろだれが創作したかはさだかでない。ギリシアの歴史家ヘロドトスは、ユディア王国の人々がさいころとともにこの遊び方を伝えたのだとしているが、ほかの説もあって定説はない。

 ダイスのゲームのやり方はいろいろあって、国によっても多少違いがある。3個のさいころを入れて振り出し、出目の数の合計の多いほうを勝ちとするスローイング。同じく3個のさいころを振り出し、出目の数を順次に多くして、12まで振り出したら逆に順次に少なくするようにそろえていくセンテニアル。トランプのポーカーというゲームによく似たやり方で(5個のさいころを入れて1回または2回振り出し、2回目は振り直すさいころだけを入れて振り出すか振らなくてもよい)、同じ目数をそろえるか目の数を順次にそろえるかなど出目のそろい方で勝負をするドローポーカー。これら3種類が代表的なものであり、もっとも広く行われている。このほかには、さいころ2個を使用するエース・イン・ザ・ポット、さいころ10個を使用するキャメルーン、そのほかホーセス、ブラックジャックなどとよばれるやり方がある。

 第二次世界大戦直後から、日本に「チンチロリン」という3個のさいころを皿または茶碗(ちゃわん)の中に振り入れて、その出目のそろい方で親と子に分かれて勝負する賭け事が流行し始め、現在もひそかに広く行われている。この賭け事は古来日本で行われてきたさいころを使用する賭け事とは縁遠く、ダイス遊びに詳しい人が戦後新しく創作した賭け事のように思われる。名称は最初はほかにあったと思うが、皿または茶碗の中にさいころを振り入れるときの音から自然にチンチロリンとよばれるようになったものと思われる。

[倉茂貞助]

さいころと確率

さいころは正六面体(立方体)の6個の面に1から6までの目をつけたもので、普通は目の組(1, 6)、(2, 5)、(3, 4)が対応する面に置かれている。さいころを投げてどの目が出るかは予知できないし、また特別の仕掛けがない限りどの目が出やすいということはない。そこで公平な手段による偶然的な決定が必要なとき、さいころが用いられる。

 さいころは古くから賭(か)け事に使われていた。確率論の始まる前に次のような問題が考えられている。「三つのさいころを同時に投げると、目の和が9になる場合の数と目の和が10になる場合の数とは同じであるはずである。和が9になるのは、(1, 2, 6)、(1, 3, 5)、(1, 4, 4)、(2, 2, 5)、(2, 3, 4)、(3, 3, 3)の6通りで、和が10になるのは(1, 3, 6)、(1, 4, 5)、(2, 2, 6)、(2, 3, 5)、(2, 4, 4)、(3, 3, 4)の6通りであるからである。ところが、実際には和が10になるほうがおこりやすい。それはなぜか」。

 これはガリレイの友人がガリレイに尋ねた問題である。ガリレイは(1, 2, 6)、(1, 4, 4)、(3, 3, 3)のおこり方はそれぞれ6通り、3通り、1通りであることに注意し、目の和が9になるのは6×6×6=216通りのうちの6+6+3+3+6+1=25通り、目の和が10になるのは6+6+3+6+3+3=27通りであるので、理論的には和が10になるほうがおこりやすいとの解答を与えたという。

 1657年に出版されたホイヘンスの『さいころ遊びの理論について』は14の命題からなっているが、そのなかにはさいころ遊びについて確率論的に考察したものがいくつも含まれている。

 さいころは正六面体のものが普通であるが、正二十面体のさいころが考案されている。これは各面に0から9までの数字を書き入れたもので、これを投げると0から9までの数字が同じ確率で出るようになっている。

[古屋 茂]

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世界大百科事典(旧版)内のさいころの言及

【占い】より

…人為的につくり出した現象を用いる占いとしては,杖占い,くじ,亀甲や肩甲骨を焼いて割れ目を解釈するもの,毒占い,勝負占いなどがある。 内臓占いや星占いは新旧両大陸でみられるが,くじやさいころによる占いは新大陸ではほとんどみられない。新大陸では,夢や幻覚による占いがもっとも一般的である。…

【賽】より

…現在一般的に使われているのは,立方体の各面に1~6の点を記し,1の裏が6,2の裏が5というように両面の和がいずれも7になるように配したもの。〈さいころ〉ともいい,英語のダイスdiceにあたる。最も原始的な賽には,古代で神前に犠牲として捧げた動物のくるぶしの骨を用いたアストラガルスastragalsがある。…

【丁半】より

…さいころ2個を使ってする賭博。丁半賭博ともいう。…

※「さいころ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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