かぶき

改訂新版 世界大百科事典 「かぶき」の意味・わかりやすい解説

かぶき

かたむく,かたぶくことを表す動詞傾(かぶ)くの連用形からできた名詞。正常ではないようす,勝手気ままな言動,とびきりはでで異様な感じをひとに与える身なり・服飾,また色好みの気風を漂わせるもの等々を意味することばとして,安土桃山時代から江戸時代初期にかけて流行した。あたかも〈ばさら〉の語が南北朝動乱期を中心としつつ,独自の美意識をしめす語として巷間に流布したように,この語もやはり戦国の争乱がしだいに天下一統の世へとおもむいた激動の時代の風潮を端的にいい表す独特の流行語としてもてはやされたといえるであろう。正統的で,端正で,ほんらいあるべき姿とみられたものを根本から否定し,伝統的な美意識の枠組みや物事の価値基準を大きく転換させる発想が人々に愛好されたのであり,そういう心情が〈かぶく〉〈かぶき〉という語に凝縮されたのであった。いわゆる歌舞伎(かぶき)は,この心情の舞台芸術における表現として生まれたものだし,また,いわゆるかぶき者は,歌舞音曲のにない手たちをさすとともに,無頼・放逸・遊俠・伊達(だて)の気風を一身にたたえた異風の男どもをさす語として流布していた。

 演劇としての歌舞伎の創始者といわれる出雲のお国の芸が〈かぶき〉といわれるようになったのは,その得意とした念仏踊が〈いざやかぶかん,いざやかぶかん〉とはやすものであったからだとする一説もあるが,さらにいえば,女役者が僧体か俗体かのいかんをとわず男の装束を着け,刀・脇指(わきざし)を帯びて演ずる異風,異相なさまが一大特徴をなしていたことによる。舞台上にくりひろげられる〈かぶき〉の風情は身分の上下をこえて広く愛好されたが,ことに徒者(いたずらもの),ならず者と世間では見られていた一種の反社会的グループが主としてにない,《四条河原図屛風》など近世初期風俗画にみえるように,目をむくようなはでな意匠の服装や朱塗りざやの刀・脇指,かぶ切りの髪形,長煙管(ながぎせる)での喫煙姿などを特徴として,〈かぶきの大将〉(《寒川入道筆記》1613成立)を首領に結束し,その行動は草創期の江戸幕府を大いに悩ませた。なお,江戸時代には傾茶(かぶきちや)という語も広まったが,これは中世いらいの闘茶(とうちや)の伝統をうけたもので,茶の銘を隠しておき,一同が飲み終わったあとで銘をあてて勝負をきめた。茶道の七事式の一つであり,別名を茶かぶき,略して傾(かぶき)ともいう。
お国歌舞伎 →歌舞伎
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百科事典マイペディア 「かぶき」の意味・わかりやすい解説

かぶき

動詞〈傾(かぶ)く〉の連用形が名詞化したもの。転じて正統的・伝統的ではない,異様な風体,自由奔放な行動,色めいた振舞いなどをさし,安土桃山時代から江戸時代初期にかけて時代の美意識を示す言葉としてもてはやされた。《日葡辞書》では〈傾く〉を〈カブイタヒト〉とし,派手な身なりの無頼・遊侠の徒は〈かぶき者〉とよばれた。→歌舞伎町奴ばさら

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