おどる

日本大百科全書(ニッポニカ) 「おどる」の意味・わかりやすい解説

おどる
おどる / 踊る
躍る

「踊」という字は足偏であるが、ほとんど同じ意味をもつ「躍」も足偏であり、踏む、跳ぶといった字も足偏で、それぞれ足による動作行為であることを示している。舞踊における舞的要素は上半身の動きと旋回動作を特徴としているのに対し、踊りは跳躍運動を特徴としている。「踊り跳ねる」「踊り上がる」「心が躍る」といった語感から推測できるように、踊るとは、喜びや狂気といったものの自己表出である。学校合格の発表シーンをテレビで見ていると、合格者は顔をほころばせて跳び上がり、友人や親などと抱き合っている。

[市川 雅]

感情から動作へ、動作から感情へ

この自己表出は感情から動作へと自然に流れていくものであるが、逆のプロセスによって、つまり踊ることによって歓喜を味わうこともできる。ツイスト、ゴーゴー、ディスコ・ダンス、1980年前後に現れた東京・代々木公園での竹の子族とよばれるグループの踊りなどは、あるあいまいな形式を守りながら踊ることによって、情緒的な解放を遂げようとするものである。あらゆる「踊り」は熱狂を体験するために、自己表出の形式を借りて行われてきた。「踊る」と「跳ねる」とは急激に次の空間に移っていくことで、地平の次元から空中の次元へとレベルを超えることであり、次元を超えることによって、人々は変身し、脱俗、脱家庭、脱学校の自由さを満喫するわけである。

 あまりに厳密な振付けは、振りに気を配るために肉体の解放感がない。そのために、芸術舞踊に比べると、若い人たちの間に流行している踊りは簡単にできている。ただ厳密ではないが、ある程度の約束がなければならない。いっしょに後ろを向くとか、右手をあげるといったしぐさをすることによって、集団的な接触感を伴ったコミュニケーションを、踊る人たちは感じることができる。個人的に熱狂できる即興性と、コミュニケーションを伴った集団性が、念仏踊からディスコ・ダンスにまで共通している大きな要素である。

 空也上人(くうやしょうにん)から始まり一遍(いっぺん)上人によって全国的になった念仏踊は、「はねばはねよ、をどらばをどれ」「ともにはねよ、かくてもをどれ」と歌い、鉦(かね)をたたき、強烈な非連続的スタッカートの音を伴って一種のオージーorgy(乱飲乱舞のお祭り騒ぎ)状態をつくりだすものであった。人間には死の恐怖があり、人々は死から逃れるために集団ヒステリーとしての「踊り」を無意識のうちに必要としている。

[市川 雅]

集団性と熱狂性

中世ヨーロッパでもペストによる死への恐怖から、集団的に踊り狂う現象がみられた。「聖ビトゥス・ダンス」とか「タランテラ」などで、総称してコレア(医学でいう病名とは異なる舞踏病)といわれる。社会不安から生じた集団的運動暴発で、一晩中踊り狂い、口から泡を吹いて倒れるまで踊ったといわれる。ほとんど形式のない踊りであったようだが、伝染力はすさまじく、次の町へ一夜にして移り、同時に一夜にして平静に戻るという突発的なものであった。十字軍をある程度秩序をもった民衆の集団ヒステリーとすれば、コレアはエルサレムという方向を失った無秩序な運動暴発であった。「踊り」は集団性、熱狂性をもつがために、群衆蜂起(ほうき)に似て政治的な主張をもつことがある。しかし、それは具体的プログラムを主張するものではなく、ユートピア幻想のなかにひたった熱狂的群舞にすぎない。わが国で17世紀から始まる「伊勢(いせ)踊」には常世(とこよ)の神を待望する伊勢信仰が背景にあった。江戸幕府に禁圧されるまで全国的に流行し、老若男女、身分にかかわらず、風流の衣装を身にまとい踊り狂った。18世紀の「お陰参り」になると、世直しのイメージが強くなり、暴徒的な行動が多く、過激でさえあった。伊勢参宮なしの、つまり行進なしの大群舞は江戸末期には、「こいつ呉(く)れてもええじゃないか。頭はってもええじゃないか」と連呼し、地主や金持ちのところへ踊り込む「ええじゃないか」として現れる。こうなると完全な無政府状態で、一揆(いっき)、打毀(うちこわし)と紙一重である。

[市川 雅]

跳躍の意味するもの

「踊り」にはこのように民衆的なイメージがあり、「舞」は貴族的であるといわれている。ただ、ヨーロッパの舞踊には日本の舞に相当するものはなく、ほとんど踊りであって、足を活発に使っている。しかも、踊る、というより跳躍する動きが多い。ドイツ生まれの舞踊学者クルト・ザックスは跳躍を「拡張的」動きと定義している。日常的な歩行のバリエーションではなく、非日常的に空間を拡張した動きであるからである。跳躍は狩猟民族特有の動きであるともいわれている。確かに農耕民族には、農耕儀礼との関係で「踏む」動作はみられるが、空中に飛翔(ひしょう)する動作は少ないようである。おそらく、地上から天空に至る垂直的原理がヨーロッパの宗教のなかにあり、その宗教を受け入れる以前からあった狩猟民族の生活動作に影響を与えたとみるのが妥当と思われる。動作としての腰の落とし方にしても、日本からスペインのフラメンコまでの東洋的な踊りは持続的に「く」の字形、「S」字形をとるのに反し、バレエでは重心が高い位置にあり、腰を落とすのはより高く跳ぶときの前動作としてしか考えられていない。

[市川 雅]

『市川雅著『舞踊のコスモロジー』(1983・勁草書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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