いとこ婚(読み)いとここん(英語表記)cousin marriage

日本大百科全書(ニッポニカ) 「いとこ婚」の意味・わかりやすい解説

いとこ婚
いとここん
cousin marriage

本人からみて特定の親族範疇(はんちゅう)に属する人と結婚することが望ましいとされ、あるいは義務づけられているような婚姻制度。こういった婚姻規制あるいは選好が「いとこ婚」という名でよばれるのは、結婚すべき親族範疇に「母の兄弟の娘」など、いわゆる「いとこ」にあたる人物が含まれていることによるものであり、かならずしも実際のいとこ、「母の兄弟の娘」などと結婚すべきであるとされているわけではない。もちろんそういった特定の個人が選好される場合もあるが、通常、いとこ婚の対象には真のいとこ以外に多くのより関係の希薄な縁者も含まれている。いとこ婚として知られているものの多くは「交差いとこ婚」cross-cousin marriageであり、これには三つの型がある。

〔1〕双方交差いとこ婚は、交差いとこの属する親族範疇が平行いとこのそれと区別され、前者との結婚が義務づけられているもので、オーストラリアのカリエラ人の社会が有名である。これは、もっとも単純化すると、各世代ごとに繰り返される姉妹交換の図(図A)によって示すことができる。この図で、男の結婚相手は、母の兄弟の娘であると同時に、父の姉妹の娘であるような女性である。

〔2〕母方交差いとこ婚は、交差いとこのなかでも、母方の交差いとこ(母の兄弟の娘)の属する範疇が、父方交差いとこ(父の姉妹の娘)の属する範疇からさらに区別され、前者との結婚が義務づけられ、しばしば後者との結婚が禁じられているもので、東南アジアに多くみられる。単純に図示すれば、一つの家系が別の家系に対しつねに嫁のやり手となっているような一方的な交換の図(図B)となる。

〔3〕父方交差いとこ婚は、〔2〕の逆で、父の姉妹の娘との結婚が義務づけられている、あるいは好まれるもので、トロブリアンド島民の例がよく知られている。図Cにみられるように、各世代ごとに女性のやりとりの方向が逆転する。

 交差いとこ婚をめぐる問題は、古くから人類学における白熱した議論の的であった。交差いとこ婚という呼称自体、この制度を「母の兄弟の娘との結婚」などといった形で個人関係的なレベルのみで問題にしてしまうという危険に導く。単純化された図からもうかがえるように、この制度を女性の交換による集団間の連帯というより全体的なレベルでとらえることも可能であろう。なお交差いとこ婚以外に、アラブ父系ベドウィンの間でみられる平行いとこ婚(parallel cousin marriage、父の兄弟の娘などとの結婚)選好の事例がある。

[濱本 満]


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改訂新版 世界大百科事典 「いとこ婚」の意味・わかりやすい解説

いとこ婚 (いとここん)
cousin marriage

イトコどうしの婚姻をいう。イトコ婚は,出自を父系または母系でたどる単系社会でも,非単系社会においても,さまざまな扱いを受けている。後者では,第1イトコ(キョウダイの子どうし)だけでなく(キョウダイは兄弟と姉妹の総称),ときには第2イトコ(イトコの子どうし),第3イトコにまで婚姻を禁止している社会も東南アジアなどに見られるが,一方では日本のように,財産の分散を防ぎ,親戚関係を更新し,家族の和を他人の婚入者により乱されたくないなどさまざまな理由から,イトコ婚を頻繁に行ってきた社会もある。単系社会でも,イトコ婚を許さない例もあるが,一方では,一定の種類のイトコ婚を優先ないし強制する社会もある。

 イトコには,親どうしのつながりが同性のキョウダイである平行イトコと,異性のキョウダイである交叉イトコがある。平行イトコ婚は,単系社会では,族外婚規定にふれる部分は行われないし,ふれない部分も構造的重要性をもたない。まれな例としてアラビアの遊牧社会では,父系でありながら族外婚規定が欠けているだけでなく,父方平行イトコ婚を優先している。交叉イトコは,男を基準にすれば,父の姉妹の娘(父方交叉イトコ)と母の兄弟の娘(母方交叉イトコ)に分けられる。レビ・ストロースは,母方交叉イトコ,および父方,母方双方をたどる双方交叉イトコとの婚姻が規則的に行われると,女性のやりとりを通じての集団間の連帯が超世代的に成立することに注目した。つまり図1のように双方交叉イトコ婚を行う場合には,2集団間でヨメを交換する関係が成立する。このタイプでは,社会に最低2個の出自集団があればシステムとして存続可能な最も単純な形態である。これに対し,母方交叉イトコ婚のみが行われているような社会では,図2のように3個以上の集団の間で,一方向に,つまりAは常にBから,Bは常にCから,Cは常にDからヨメを受け取るという形で交換が行われている。この婚姻体系ではそれぞれの集団が,互いに不可欠の構成要素として有機的に結びつけられている。

 ただし,交叉イトコ婚のすべてが常にこのような集団間の連帯結成の機能を果たしているとは限らず,断続的に結ばれていることも少なくない。例えば中国では,母方交叉イトコ婚を好んで,父方交叉イトコ婚をさける地方が多いが,これは前者では嫁姑が同じ出自集団の出身であるのに対し,後者では嫁が,姑にとって小姑の娘(夫の姉妹の娘)であるというように,嫁姑関係によって説明が可能である。また母系のトロブリアンド諸島(メラネシア北西部)では,首長などの上層に父方交叉イトコ婚が多い。これはマリノフスキーによれば,母系相続で本来は姉妹の息子へ伝えられる特権を,自分の息子を姉妹の娘と結婚させることによって,孫に享受させようという,首長の父性愛によるものという。
姻族 →外婚制 →交換
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「いとこ婚」の意味・わかりやすい解説

いとこ婚
いとここん
cousin marriage

いとこ同士の結婚のこと。文化や社会によってはそれが命令的もしくは優先的に行われたり,逆にとりわけ禁止されたりすることがある。いとこは基本的には4種類あるが,まず父方と母方のいとこの区分ができるので,当事者の親が同性の兄弟もしくは姉妹の関係にある父方もしくは母方の平行いとこ parallel cousinと,親同士が異性の兄弟と姉妹の関係にある父方もしくは母方の交差いとこ cross cousinの区分ができる。実際には父方のいとこであると同時に母方のいとこでもある両面的いとこ bilateral cousinの場合もある。いとこ婚が命令的もしくは優先的であるのは,それによって配偶者の選定を確実かつ容易にする手段として考えられてきたからであり,禁止的であるのはインセストタブーの対象もしくは外婚制に基づくもので,概して前者の場合には交差いとこ婚であることが多く,後者の場合には平行いとこ婚であることが多い。

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世界大百科事典(旧版)内のいとこ婚の言及

【近親結婚】より

近親相姦【加藤 美穂子】
[医学からみた近親結婚]
 血縁の近い男女間の結婚(近親結婚)では,それによって生まれる子供に,共通の祖先由来の遺伝子がホモ接合となって(同一の遺伝子が2個そろうことをホモ接合といい,ホモ接合になりやすさを近交係数と呼ぶ),病的形質が発現しうることが医学的には最も問題になる。すなわち近親結婚では常染色体性劣性遺伝病患者の増加がみられ,例えば,ある試算によるとフェニルケトン尿症はいとこ婚では他人結婚の約9倍,黒内障性痴呆は約36倍の頻度になる。また実際に生まれた常染色体性劣性遺伝病患者の30~80%は近親結婚によって生まれた子供である。…

※「いとこ婚」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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