[1] 〘名〙
① (「隠(おん)」が変化したもので、隠れて人の目に見えないものの意という) 死者の霊魂。精霊。〔十巻本和名抄(934頃)〕
② 人にたたりをすると信じられていた無形の幽魂など。もののけ。幽鬼。
※書紀(720)神代上(水戸本訓)「此れ桃を用て鬼(ヲニ)を避(ふせ)ぐ縁(ことのもと)なり」
③ 想像上の怪物。仏教の羅刹(らせつ)と混同され、餓鬼、地獄の青鬼、赤鬼などになり、また、美男、美女となって人間世界に現われたりする。また、陰陽道(おんようどう)の影響で、人間の姿をとり、口は耳まで裂け、鋭い牙(きば)をもち、頭に牛の角があり、裸に虎の皮の褌をしめ、怪力をもち、性質が荒々しいものとされた。夜叉(やしゃ)。羅刹(らせつ)。
※竹取(9C末‐10C初)「ある時には、風につけて知らぬ国に吹き寄せられて、鬼のやうなる物出来て殺さんとしき」
④ 民間の伝承では、巨人信仰と結びついたり、先住民の一部や社会の落伍者およびその子孫としての山男と考えられ、見なれない異人をさす場合がある。また、山の精霊や耕作を害し、疫病をもたらし人間を苦しめる悪霊をもさす場合がある。
⑤ 修験道者などが奥地の山間部に土着した無名の者、または山窩(さんか)の類をいう。
※紀州室郡北山村検地帳‐文祿四年(1595)「一下畑壱畝拾弐歩 鬼」
⑥ (比喩的に用いて) 鬼のような性質をもっている人。また、鬼の姿と類似点のある人。
(イ) 荒々しくおそるべき人。
※浄瑠璃・義経千本桜(1747)四「鬼と名乗るは違はぬ悪者(わるもの)、梅本の鬼佐渡坊」
(ロ) 物事に精魂を傾ける人。「仕事の鬼」
※猟銃(1949)〈井上靖〉「あの少年は〈略〉、ただもうスピードの鬼になって仕舞ふのです」
(ハ) 無慈悲な人。むごい人。
※浄瑠璃・平家女護島(1719)二「鬼界が嶋に鬼はなく、鬼は都に有けるぞや」
(ニ) 借金取り。債鬼。
※洒落本・十界和尚話(1798)二「いつでもしゃく銭の鬼(オニ)にせめらるるなり」
(ホ) (常に棒を持って立っていたところから) 江戸、日本橋の橋番。
※雑俳・柳多留‐三二(1805)「江戸のまん中に人鬼立てゐる」
(ヘ) (むりやりに客を引いたところから) 江戸、新吉原東河岸の安女郎。
※雑俳・柳多留‐二一(1786)「おにのうでとりにともべ屋からぬける」
⑦ (男色の相手の若衆をいう「
おにやけ」の略) 男娼、陰間
(かげま)の異称。
※雑俳・川傍柳(1780‐83)一「十八ぐらいの鬼では後家たらず」
⑧ 貴人の飲食物の毒見役。
※鎌倉殿中以下
年中行事(1454か)正月五日「殿中おにを被
レ申」
⑨ 「おにごっこ」や「
かくれんぼ」などで人をつかまえたり、見つけたりする役。また、そうした遊び。
※歌舞伎・法懸松成田利剣(1823)大詰「鬼や鬼や、手の鳴る方へ」
⑩ 紋所の名。かたおに、めんおになど。
⑪ カルタばくちの一種「きんご」に用いる特殊な札。
[2] 〘接頭〙 他の名詞の上に付いて、勇猛、無慈悲、異形、巨大などの意を表わす。「鬼男」「鬼将軍」など。
※室町殿日記(1602頃)八「信長家中にても鬼柴田と天下の児童迄よびけるは」
[語誌](1)日本の「鬼」はモノ、シコなどと訓まれて、目に見えない悪しき霊やモノノケを意味していた。死者を意味する中国の「鬼
(き)」とは本来異なる概念であったが、かなり早い時期から習合、混同され、「おに」という語の意味する範囲が拡大したと思われる。
(2)
室町時代には、虎皮の褌に筋骨たくましい体、頭の角、といった型がつくられ、
御伽草子などを通じて流布されていった。近世、近代になると、粗暴さや凶悪さを表わすための比喩として用いられることが多くなる。