錬丹術(読み)れんたんじゅつ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「錬丹術」の意味・わかりやすい解説

錬丹術
れんたんじゅつ

煉丹術とも書く。服用すると、不老不死、軽身(身が軽くなり空を飛べる)、鬼神を使役し変身などの超能力をもつ神仙になれるという丹薬を製しようと、昔の中国で盛んに試みられた術。不老不死は、秦(しん)の始皇帝や漢の武帝など、他にかなわぬことのない絶対君主にとって、最後に残った願望であった。薬物書『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』でも、上薬120種はそのための薬で、晋(しん)の葛洪(かっこう)が著した錬丹および神仙に関する書『抱朴子(ほうぼくし)』では上薬を仙薬ともよび、そのままか、簡単な処理だけで単独で服用すれば延命効果があるが、不死を得るには丹薬が必要であるとする。今日の「~丹」という薬名は丹薬に由来する。金の永遠不変性は不老不死に通じるが、天然の金では純度が低くて効果が少ないと考え、金に、丹砂(辰砂(しんしゃ)とも。硫化水銀。これが主原料のため丹薬という)、ヒ素や銅や鉄、それらの化合物、塩化ナトリウム岩塩)、雲母(うんも)、鶏卵などを加え、加熱などの物理的・化学的処理を施して金の純度を高め(それが可能と考え)、原料の相乗作用にも期待した。硫黄(いおう)や水銀や硫化水銀の化学変化の顕著さや鶏卵の成鳥への変化などは、凡人から神仙への変身に通じるとして有効と考えられた。こうした思想は西洋・イスラムの錬金術と似通っている。現存最古の錬丹術書である後漢(ごかん)末の魏伯陽(ぎはくよう)の『周易参同契(しゅうえきさんどうけい)』は、西方の錬金術の『ヘルメス文書』と同様、隠喩(いんゆ)的象徴的表現に満ちている。中国の場合、金の製造を最終目標とすることもあるが、おもに不老不死を得るために金をつくる点が西方と異なる。水銀やヒ素はごく微量に用いればある種の病気に有効であるが、継続的に大量服用すれば中毒となる。唐代には丹薬を服用して急死したり苦死した皇帝が少なくとも5人はいる。

 神仙になるには丹薬の服用のほか、精神的・肉体的修行を積み、仙人の課する一種の資格試験に合格しなければならない。宋(そう)代ごろからは服薬より精神修養に重点が移り、丹薬製造過程と精神修養の過程を対応させ、前者を外丹、後者を内丹とよんだ。錬金術と同様、錬丹術にもインチキのものもあり、真剣な追求の場合も徒労に終わったが、化学に関する知識の増大、化学物質の発見、実験器具の発達に貢献した。隋(ずい)唐の名医孫思邈(そんしばく)の『丹経(たんきょう)』(655)記載の「伏火硫黄法」などの処方は火薬の起源となった。

[宮島一彦]

『村上嘉実著『抱朴子』(1967・明徳出版社)』『吉田光邦著『中国科学技術史論集』(1972・日本放送出版協会)』『鈴木由次郎著『周易参同契』(1977・明徳出版社・中国古典新書)』『村上嘉実他著『道教1 道教とは何か』(1983・平河出版社)』『川原秀城著『毒薬は口に苦し――中国の文人と不老不死』(2001・大修館書店)』『吉田光邦著『錬金術』(中公新書)』

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百科事典マイペディア 「錬丹術」の意味・わかりやすい解説

錬丹術【れんたんじゅつ】

丹砂(硫化水銀)などを用いて不老長生の丹薬,またそれによる黄金の製造を行う術。中国における広義の錬金術の理論と実践といえ,西洋錬金術の中国起源を説くJ.ニーダムのような論者もいる。漢代から〈神仙黄白の術〉などとして知られ,《周易参同契》《抱朴子》《太乙金華宗旨》(ユングが関心を寄せ,R.ウィルヘルムの翻訳がある)ほかの文献,李少君,魏伯陽,葛洪らの人物らが有名。魏晋南北朝から唐代にかけてもっとも盛行し,大いに丹薬を服用した皇帝や知識人も少なくない。→錬金術
→関連項目賢者の石

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