酸性雨(読み)さんせいう(英語表記)acid rain

翻訳|acid rain

精選版 日本国語大辞典 「酸性雨」の意味・読み・例文・類語

さんせい‐う【酸性雨】

〘名〙 硫黄酸化物窒素酸化物などの大気汚染物質が溶けこんで酸性を呈する雨。動植物や建造物などに被害を与え、生態系に影響をおよぼす。〔科学大予言(1983)〕

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デジタル大辞泉 「酸性雨」の意味・読み・例文・類語

さんせい‐う【酸性雨】

大気中の二酸化硫黄窒素酸化物が溶け込んでいて酸性度の強い雨。動植物その他に被害を与える。
[類語]雨天荒天悪天雨空梅雨空雨降り雨催い雨模様遣らずの雨降雨一雨お湿り慈雨山雨小雨涙雨微雨細雨煙雨霧雨糠雨小糠雨大雨・どか雨・篠突く雨風雨暴風雨豪雨強雨雷雨にわか雨通り雨村雨驟雨夕立白雨スコール照り降り雨日照り雨天気雨狐の嫁入り春雨はるさめ春雨しゅんう卯の花腐し五月雨さみだれ五月雨さつきあめ地雨長雨淫雨霖雨涼雨秋霖秋雨時雨初時雨村時雨氷雨冷雨雨氷

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「酸性雨」の意味・わかりやすい解説

酸性雨
さんせいう
acid rain

酸性度の強い雨。一般に酸性雨といわれるが、降雪の場合も含まれるので、酸性降水というほうがより正確である。

[横田弘幸]

酸性雨の性状と原因

蒸留水はph(ペーハー)(水素イオン濃度)7.0で中性だが、地球の大気には二酸化炭素CO2が含まれているため、大気中を降り落ちてくる雨は、一般には5.6程度の酸性を示す。これよりもph値が小さく、酸性の度合いが強いものを酸性雨とよんでいる。これは大気汚染物質の硫黄(いおう)酸化物SOxや窒素酸化物NOxが、大気中で硫酸や硝酸に変わり、それが雨粒に取り込まれてできるとされる。また、雨だけでなく、霧や雪に含まれるもの(まとめて湿性沈着wet depositionという)や、乾いた粒子状、ガス状の形で地上に落ちてくることもある(乾性沈着dry deposition)。原因となる大気汚染物質は、ガソリンや重油、石炭などの化石燃料を使う工場や自動車から排出される。しかし、それによってできる酸性雨は、この発生源から数千キロメートルも離れた所で降ることもある。このためヨーロッパでは、イギリスやドイツの工業地帯からはるかに遠く離れた北欧で酸性雨が降る(南ないし南西の気流のときにこの影響が大きい)という事態となり、国境を越えた広域的な取り組みが必要である。

[横田弘幸]

酸性雨の歴史

酸性雨は、19世紀なかばイギリスなどで工業化が急激に進むにつれてその被害が出始めたが、これを最初に指摘したのはイギリスの化学者スミスRobert A. Smith(1817―1884)で1872年のことであった。この年、彼は『マンチェスタースモッグ』という論文のなかで、雨が酸性を帯びていることを指摘している。しかし実際のデータに基づき酸性雨を解明したのは、スウェーデンの土壌学者スバンテ・オーデンSvante Odenで1967年のことであった。彼は酸性雨の分布を広範囲にわたり調べたのち、それが遠方から運ばれてくる亜硫酸ガスと窒素酸化物に起因することをつきとめた。オーデンはこの論文で、酸性雨が水質、土壌、森林、建造物に今後大きな被害を与え、「人類にとって化学戦になろう」と警告している。オーデンはこの業績により今日では「酸性雨解明の父」とよばれている。

[根本順吉]

外国における被害状況

地上に降り注ぐことで、さまざまな被害を引き起こす。まず、湖沼、河川の水が酸性化し、湖底などから有害な金属が溶出して、魚類などの生息環境を破壊する。また、土壌が酸性化し、森林が衰退する。あるいは樹木に直接、降りかかることで樹木が枯れる。こうした自然への影響にとどまらず、大理石などの石像が酸性雨で溶けてしまうという文化財への被害も心配されている。

 主として北欧などのヨーロッパ各地およびアメリカ北東部、カナダ東部、中国などが、酸性雨によって広域にわたり汚染されている。具体例をあげるとノルウェーにおいてはpHの値が0.5~1.0減少した(これは酸性度が7~10倍になることを意味する)ことにより、1500余りの湖水で魚類がいなくなってしまった。オンタリオ湖の東方にあるアメリカのアディロンダック公園は、汚染源から数百キロメートルも離れているが、酸性雨によって、その公園の澄みきった湖からはカエルがいなくなり、以前は豊富にいたマス類、スズキ類、カワカマスなどの魚は姿を消した。

 また、ドナウ川の水源近くのドイツのシュワルツワルト(黒い森)では、pHが10年間で5~6から3.2に低下し、一時的にはレモン汁なみの2.8を記録したことがあり、このため常緑の針葉樹の成長が止まり、幹の中心部に空洞ができて、病める針葉樹を切り倒す無残な光景が至る所でみられるという。

 スウェーデンでは約8万5000か所ある湖沼のうち1万5000か所が酸性化し、そのうちの4500か所で魚が死滅するなど、各地で生態系に大きな打撃を与えている。また、石や青銅でつくられた文化財の腐食が進むなどの被害も報告されている。

 急速な工業化を続ける中国国内でも酸性雨は「空中鬼」と恐れられ、重慶(じゅうけい/チョンチン)などの工業都市では建物に使われている鉄の腐食が激しく、各地の森林にも被害が出ている。酸性雨はヨーロッパなどでは国境を越えた問題であるため、この防除には一国だけの規制では不十分であり、国際的な協力を必要とする重大な問題である。

[横田弘幸]

日本における被害状況

日本で酸性雨が観測されたのは昭和30年代に、三重県四日市市でpH2の雨を記録したのが最初である。その後1974年(昭和49)7月に群馬県、埼玉県、栃木県など関東内陸で酸性雨が降り、数万人の人が目の刺激や皮膚の痛みを訴える被害が出た。さらに1981年6月26日には群馬県前橋市で、降り出してからの1ミリメートルの雨にpH2.88という関東地方の観測値としては最高の酸性雨を記録した。このときは埼玉県本庄(ほんじょう)市でpH3.01、熊谷(くまがや)市でpH3.28、神奈川県川崎市でpH3.10などの観測値を示した。

 1981年6月の酸性雨のときの気圧配置を調べてみると、本州南岸沿いに梅雨前線が停滞しており、雲底の高さは東京で200メートル、前橋で300メートル、雲の厚さは約2キロメートルであったが、この雲層の中に京浜・京葉地帯の煙突群からの排ガスが入り込み、水と反応して硝酸、硫酸となり、濃縮されながら北方に運ばれたものと推定されている。

 日本での酸性雨の状況は、環境省(旧環境庁)が調査を続けているが、1993年(平成5)から1997年までの第三次調査によると、期間中の酸性雨のphは、全国平均で4.8から4.9を記録した。この数値は第一次調査以来、ほとんど変化はなく、生態系への明確な影響も明らかになっていない。しかし、すでに大きな被害の出ている欧米とほぼ同程度の酸性度で、今後も被害が出ないとの保証はなく、観測や土壌、植生などへの影響調査の継続が求められている。

[横田弘幸]

対策

国境を越えた環境破壊であるため、国際的な取り組みが不可欠で、ヨーロッパを中心に1979年「長距離越境大気汚染条約」が締結された。その後のヘルシンキ議定書(1985)でSOx排出量を1993年までに1980年排出量と比較して最低30%削減が、さらにソフィア議定書(1988)でNOx排出量を1987年時点の水準に凍結することが定められるなど、加盟各国で酸性雨対策が進められている。

 また、日本の酸性雨の一因として中国大陸からの大気汚染物質の影響も指摘されており、日本国内の対策だけではなく、大陸での公害防止への援助も大きな意味をもっている。同時に日本はアジア近隣諸国とともに酸性雨の実態を把握するため「東アジア酸性雨モニタリングネットワーク構想」を進めている。

[横田弘幸]

『石弘之著『酸性雨』(岩波新書)』

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百科事典マイペディア 「酸性雨」の意味・わかりやすい解説

酸性雨【さんせいう】

pH5.6以下を示す雨,雪などの総称。硫黄酸化物(SO(/x)),窒素酸化物(NO(/x))などが雲粒や雨滴に吸収されて生ずる。原因物質の硫黄酸化物は風に運ばれて長距離を移動し,その過程で雨や雪などに取り込まれて強い酸性の物質(硝酸硫酸)として降下,広い地域に被害を及ぼす。酸性雨被害の目立つ地域は北欧・中欧・東欧,カナダ・米国の各東部,中国である。被害形態は多様であるが,とくにヨーロッパ中・北部では森林の破壊,湖沼の水質の酸性化による魚介類の死滅,建造物などの腐食が大きな国際問題となっている。国境をこえて深刻な被害を及ぼすため,1979年には〈長距離越境大気汚染条約〉が締結された。環境庁が1983年から5年がかりで実施した〈第1次酸性雨対策調査〉の結果によると,全国233ヵ所の降水のpH値は年平均4.4〜5.5,1992年3月,同庁がまとめた〈第2次酸性雨対策調査〉の中間報告ではpH値が4.3〜5.3で,酸性度が強まっていることがわかった。日本のpH値平均はヨーロッパのpH値平均(4.4〜6.5)より低く,深刻な数値である。測定結果から環境庁は〈中国で排出された硫黄酸化物などの酸性物質が冬季に中国大陸から風に乗って飛来している可能性がある〉と述べた。中国はエネルギー源の76%前後が石炭(1994年現在)で,その石炭は硫黄分が多い。しかも排煙から硫黄酸化物を取り除く脱硫装置を付けていない工場がほとんどのため,酸性度の強い酸性雨が降り,森林破壊などの被害が広がっている。→大気汚染
→関連項目環境外交ストックホルム会議生物多様性西暦2000年の地球大気浄化法

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改訂新版 世界大百科事典 「酸性雨」の意味・わかりやすい解説

酸性雨 (さんせいう)
acid precipitation

pH5.6以下を示す雨や雪などの総称であり,湿性大気汚染ともいう。大気中には人工的に放出された汚染物質や,火山,土壌,成層圏など天然源からの汚染物質が含まれている。降雨や降雪はこれらを除去する重要な自然浄化作用である反面,近年の工業化によって降雨にさまざまな有害物質が含まれるようになった。酸性雨もその現れの一つで,ふつうの雨はpH5.6前後であるが,硫黄酸化物,窒素酸化物,塩酸,酸性のエーロゾルなどが雲の中で雲粒に吸収されたり雨滴に捕捉(ほそく)されると,pH2~4のきわめて酸性の強い雨が降る。被害形態は多様で,霧雨では目,のど,皮膚の刺激がある。金属や建造物を腐食させる作用も強く,アクロポリスなどギリシア,イタリアの文化財崩壊が始まっている。酸性雨によって土壌が酸性化されると,植物と土壌中微生物の相互作用が阻害されて植物の生育にも影響が及び,また集水域の河川や湖沼の酸性化により,魚や水生生物が死亡することも起こる。このような被害の範囲は世界的に広がっていて,とくにヨーロッパ北部や五大湖沿岸北部では大きな国際問題となっている。
大気汚染
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化学辞典 第2版 「酸性雨」の解説

酸性雨
サンセイウ
acid rain

自然の雨は,大気中の二酸化炭素が溶け込むために微酸性を示すが,その下限は pH 5.6であるので,pH 5.6以下を示す雨を酸性雨という.1960年代以降,これよりもはるかに強い酸性の降雨が世界的に観測されて問題となっている.ヨーロッパではオランダ付近からスカンジナビア半島南部,北米ではアメリカ北東部からカナダなど広い地域にわたり pH 3~5の酸性雨が観測されている.こうした酸性雨が,湖沼,河川の pH の低下や土壌の変質などを引き起こし,自然環境や生態系に影響を与え,プランクトンや魚介類の死滅,森林の破壊,さらに文化的建造物などに大きな被害を与えている.日本でも各地で pH 3~4の酸性雨がしばしば観測され,人体への影響や農作物への被害が報告されている.酸性雨の原因は,工場や自動車による化石燃料の燃焼に伴い排出される硫黄酸化物や窒素酸化物などの大気汚染物質が,上空大気中で化学反応により硫酸イオンや硝酸イオンに変化して,雨や雪に湿性沈着,あるいはガスやエーロゾルに乾性沈着して降下するためと考えられている.酸性雨は,大気汚染物質が大気循環とともに移動(越境汚染物質)するために国境を越えた対策が必要とされ,被害の大きなヨーロッパでは,1985年に硫黄酸化物の排出量削減に関して,ヘルシンキ議定書が,1998年に窒素酸化物の排出量削減に関して,ソフィア議定書が締結されている.日本でも,環境省が1998年に,東アジア地域の酸性雨対策として,東アジア酸性雨モニタリングネットワーク構想を立ち上げている.

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「酸性雨」の意味・わかりやすい解説

酸性雨
さんせいう
acid rain

硫黄酸化物窒素酸化物などの汚染物質を取り込んで酸性を示す雨。雨は一般に二酸化炭素 (炭酸ガス) を吸収してpH 6.5~5.5程度の微弱な酸性を示すが,大都市や工場地帯では大量の酸性の汚染物が排出されるため強い酸性を示す雨がみられる。神戸海洋気象台では,すでに 1950年代に冬季 pH4程度の雨が常時降下していたことを記録している。また 1983年から 1987年までの第1次酸性雨対策調査でも,年平均値で pH4.4~5.5の酸性雨が観測された。ヨーロッパでもバルト海を中心に pH4程度の雨が常時降下して,森林や湖沼の生態系に変動を生じ,針葉樹の生育阻害,水の酸性化による藻類の変化などが報じられている。 1974年の梅雨期には関東一円に pH3~4の酸性雨が降下して,目の痛みを訴える人が続出した。酸性雨は,汚染物質の自然界での循環と生態系との関係について,新たな問題を投げかけている。

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知恵蔵 「酸性雨」の解説

酸性雨

硫酸や硝酸を含む水素イオン指数pHが5.6以下の強い酸性の雨。化石燃料を燃やすと硫黄酸化物や窒素酸化物が発生して硫酸や硝酸を生成、大気を酸性にする。霧や雪、霜にも溶け込む。1970年代以降、欧州や北米で酸性雨による森林の衰退が問題化。79年に欧州経済委員会が長距離越境大気汚染条約(ウィーン条約)を締結、モニタリングと削減対策に乗り出した。米国とカナダも2国間協定を結んだ。日本でも北関東の赤城山、奥日光や神奈川県の丹沢などで森林の衰退や立ち枯れが目立つようになった。全国的にpH4台の酸性雨が観測されているが、森林の衰退との因果関係は明確ではない。中国、朝鮮半島などからの飛来も多く、政府は2001年1月、東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET:Acid Deposition Monitoring Network in East Asia)をスタート。中国、韓国、タイなど13カ国が参加、40カ所以上で測定。

(杉本裕明 朝日新聞記者 / 2007年)

酸性雨

主として化石燃料の燃焼により生じる硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)などが原因で生成された、酸性の強い雨、霧、雪。pH5.6以下で、時には2〜3になることもある。湖沼の魚類、土壌、森林の生態系などに影響を与える。

(饒村曜 和歌山気象台長 / 宮澤清治 NHK放送用語委員会専門委員 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

栄養・生化学辞典 「酸性雨」の解説

酸性雨

 石油などの燃焼に由来する二酸化硫黄や硫化水素,窒素酸化物に由来する硝酸などが空気中に存在し,それが雨水に溶けて酸性の雨水が降る現象.環境に甚大な被害をもたらす原因の一つ.空気中の二酸化炭素によって雨水はpH5.6になるのでそれ以下の雨の場合を言うことが多い.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の酸性雨の言及

【亜硫酸】より

… 3H2SO3―→2H2SO4+S+H2O大気中に放出された二酸化硫黄は浮遊粒子表面をおおった水に溶けて亜硫酸となり,これが光化学反応によって硫酸に変化するのが,著しい大気汚染をもたらす〈硫酸ミスト〉発生の原因とされる。また雨に溶けて亜硫酸となるのが酸性雨の原因でもある。亜硫酸塩は一般に無色で(たとえばNa2SO3・7H2O),水溶液は還元性を示し,また湿った空気中ではたやすく酸化されて硫酸塩となる。…

※「酸性雨」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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