臙脂(読み)エンジ

デジタル大辞泉 「臙脂」の意味・読み・例文・類語

えん‐じ【×臙脂/×燕脂】

エンジムシの雌から採取する赤色染料。生臙脂しょうえんじ
紅花べにばなから作った染料。べに。
紫と赤を混ぜた絵の具
臙脂色」の略。
[類語]真っ赤赤色せきしょく紅色こうしょくくれないべに真紅しんく鮮紅せんこう緋色しゅあけあかね薔薇ばら小豆あずき暗紅あんこう唐紅からくれないレッドスカーレットバーミリオンマゼンタローズワインレッド

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改訂新版 世界大百科事典 「臙脂」の意味・わかりやすい解説

臙脂 (えんじ)

紅色の染料,また紅(べに)などをもいう。燕支,燕脂,胭支,焉支など同音の表記がある。16世紀,中国明代の本草学者である李自珍によれば,臙脂には4種あるというが,主要なのは紅藍花および紫鉱よりとれる顔料としての臙脂である。紅藍花(紅花,黄藍ともいう)は日本でいうクレナイ,ベニバナで,花汁を粉に染めて顔の化粧に用いる。紅藍花は,いわゆる〈張騫(ちようけん)もの〉で西域から中国に将来された。葉はアザミ,花はショウブに似る。紅藍から臙脂をつくる方法は,3世紀晋の人張華の《博物志》にすでにその記述が残るが,6世紀になった総合農書《斉民要術》に詳細な記載がある。前2世紀,漢の武帝が匈奴の祁連山とともに焉支山(閼氏山)を奪った際,〈我婦女をして顔色無しむ〉と匈奴が嘆いたという。匈奴の婦人が臙脂を顔の化粧に用いる習慣があったとするこの有名な故事は3世紀以降の史料にあらわれるが,漢代におけるその真偽はさだかでない。だが,およそ3世紀以降の魏・晋時代より紅藍の花汁を利用した紅が桃花粉の名で宮女のあいだで使われたらしい。唐代になって,西域からの進貢品の一つとして珍重され后妃達に下賜され,〈燕脂〉と称された。杜甫の〈曲江にて雨に対す〉と題する詩句に〈林花,雨を著(つ)けて臙脂落ち,水荇(すいこう),風に牽(ひ)きて翠帯長し〉とある臙脂はこれを指す。

 つぎに紫鉱は,紫(しこう)ともいいラックカイガラムシ(現在の中国名は紫膠虫)の分泌物からとれた染料のことである。唐の段成式の《酉陽雑俎(ゆうようざつそ)》によれば,真臘カンボジア)産で,真臘では〈勒佉(ろくこ)〉と称したという。《本草綱目》は,〈南蕃に出づ,すなはち細虫,蟻,虱の如し。樹枝に縁(よ)りて(紫)造成す〉といい,染料の臙脂をつくったことを記す。正倉院御物中に〈紫鉱〉と記され,現物も保存されている。また同宝物中の香印座蓮弁の赤色は,これによるとされる。樹枝に寄生した雌のラックカイガラムシの分泌物が染料に利用されたのである。ラックカイガラムシは古代インドでもラックダイという染料として用いられたが,このほかサボテンに寄生するコチニールカイガラムシすなわちエンジムシ(臙脂虫)から得られたコチニールは,古代インカなど中南米で使用された。古代フェニキアのケルメスヨーロッパカーミンと呼ばれるものはタマカイガラムシ一種から得られた染料だと思われる。

 これらのエンジムシの色素はすべてカルミン酸とその近縁体である。染色にはすべて媒染剤を必要とし,アルミニウム,スズなどは最も美しい赤色を与える。コチニールは色素成分も多く,現在も利用され,メキシコの特産品である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「臙脂」の意味・わかりやすい解説

臙脂
えんじ

インド、西アジアに産するエンジムシ(ラックスラック)より採取される赤色の染料(ラック・ダイlac dyes)。エンジムシは同地方で樹枝に寄生するカイガラムシに似た小虫で、これがついて固まって層をなしている枝(スティック・ラックstick lac)を煮出して、塗料にするラックをとるときに同時に採取される。わが国には近世以後に中国から輸入され、生(しょう)臙脂と称して顔料として絵画や友禅の彩色などに用いられた。これは、製造の過程で染料を綿に吸収させて乾燥したもので、使用に際してはこれを熱湯で処理して染料を滲出(しんしゅつ)し、湯煎(ゆせん)して煮つめたものが用いられた。

 臙脂と同じく赤色を出す動物性の染料に、南米産のコチニールがあり、両者がよく似ているので混同されることが多いが、わが国で江戸時代に用いられたのはもっぱら臙脂(ラック・ダイ)で、コチニールが用いられ始めたのは明治以後のことである。

[山辺知行]

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普及版 字通 「臙脂」の読み・字形・画数・意味

【臙脂】えんじ

べに。べに色の顔料。唐・杜甫〔曲江、雨に対す〕詩 林雨をけて、臙脂濕(うるほ)ひ 水(すいかう)(あさざ)風に牽かれて、帶長し

字通「臙」の項目を見る

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色名がわかる辞典 「臙脂」の解説

えんじ【臙脂】

色名の一つ。色名の一つ。JISの色彩規格では「つよい」としている。一般に、赤みをややおさえ、みを増した濃い赤色をさす。中国から伝わった古くからある色名で、キク科ベニバナからつくられた臙脂のほかに、カイガラムシ科の昆虫から作られた生しょう臙脂などがある。近年では中南米産カイガラムシ科エンジムシの雌のコチニールが使用される。和服だけではなく、洋服、靴、小物、インテリア、家電製品など日常の品々に用いられている。

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世界大百科事典(旧版)内の臙脂の言及

【絵具】より

…鉛白は塩基性炭酸鉛を主成分とするものだが変色することがあり,絵巻などの古典作品の顔の色が黒く変わっているのを見ることがある。 これらの岩絵具のほかに,赤色にはラックカイガラムシから色素を抽出したえんじ(臙脂),黄色にはガンボジ(海籐樹)の樹脂液から得る籐黄(とうおう)があり,青色には植物染料の藍を顔料として用いる。白色にはハマグリやカキの貝殻を焼いて作った蛤粉(ごふん)(胡粉)があり,主成分は炭酸カルシウムで,近世以降現代まで日本画で多用されている。…

【サボテン】より

…ダイリンチュウ(大輪柱)Selenicereus grandiflorus Br.et R.から,ドイツでは冠状動脈瘤(どうみやくりゆう)の薬を作る。臙脂(えんじ)(カーミン)はノパレア・コケニリフェラNopalea cochenillifera (L.) S.D.につくエンジムシDactylepius coccusからとれる赤色の染料だが,現在は合成染料が多い。
[栽培]
 排水のよい用土を使い,土の表面が乾いたら灌水する。…

※「臙脂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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