精選版 日本国語大辞典 「腰」の意味・読み・例文・類語
こし【腰】
よう エウ【腰】
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一般に背骨の下部,上半身を曲げたりひねったりすることのできる部位を指す語。解剖学的には腰部の範囲は狭小だが,日常語としての〈こし〉が指す部分はあいまいで広い。〈こしぼね〉には寛骨や仙椎も含まれ,〈こしをかける〉とは実は尻をかけることである。柔道で相手を臀部に乗せて回し投げる技を腰車という。武士は腰刀を側腹部に差していた。くびれた腰の線とは側腹部を後ろから見た輪郭のことである。このようなあいまいさは他の言語にもある。ラテン語lumbusに〈こし〉と尻の両意がある。フランス語lombesは腰を左右一対とみて複数形であり,また左右の腎臓reinがある部分として複数形reinsは腰を指す。〈他方,腎臓はこれと異なり尻の上で腰につく〉(ガレノス《医術について》4巻)。coxa(ラテン語)にはhanche(フランス語)やhip(英語)と同じく尻と〈こし〉の両意がある。Lende(ドイツ語)には〈こし〉と尻のほかに大腿部まで含まれる。loins(英語)もlombes(フランス語)同様複数形の腰であるが,日本人にはウェストwaistのほうがなじみがある。waistはドイツ語wachsen(成長する)と同意の古代英語weaxanに由来し,そこから人体が上下に成長したことを示す。〈ダビデおよびその後のルネサンスのヌードの実際上すべてにおいて,腰は形を造る関心の的であり,身体のその他の面はすべて腰から放散している〉(K. クラーク《ザ・ヌード》)。この考えは〈腰〉という漢字の原意と似ている。すなわち,〈要〉は〈こし〉に両手を当てた象形文字として〈こし〉を意味したが,〈こし〉が人体の枢要であることから〈かなめ〉の意が派生して後,腰が要から分かれたのであり,腰には人体の中心との意がこもっている。
大プリニウスは,古代ローマで猪は庶民にはぜいたく品であり,大カトーがこれを告発した演説(前184)をしているにもかかわらず,猪を三つに切って真ん中の部分を〈猪の腰〉と称して食卓にのぼせるのを常としたという(《博物誌》8巻)。中央部を腰というのはその位置からの類推で,建築物の中央よりやや下部も腰といい,山の中腹から下方にかかるあたりも腰であり,和歌の第三句を〈腰の句〉という。
ヒトの腰は前傾した骨盤の上で後ろに反ることによって,上体を直立させている。多くの類人猿で体幹の重心が骨盤より前にあるが,ヒトでは重心が骨盤内に入るので安定した立位となる。静止立位の際は最長筋,腸肋筋などの脊柱起立筋が腰部でほとんど働いていない。他方,腰の側方輪郭をつくる腹斜筋群は腹部内臓の下行を抑えるために軽く緊張している。腰は中央で弛緩し側方でやや緊張し,女性では皮下脂肪の与える弾力も加わって,ことに美しい曲面をつくる。〈ウェヌスのえくぼ〉と別称される腰小窩を左右の下部に置き,幅広い骨盤と狭い胸郭とをつなぐくびれた腰となる。芸術作品に示された限りでは,古代ギリシアやローマの女性の腰は一般に太くたくましく,大きな臀部とともに多産と豊穣を暗示していて,パールバティーに代表される古代インドの女神たちの多くが細くくびれた腰をしているのと対照的である。イタリア・ルネサンス期も,ボッティチェリの《春》の三美神のように,腰はまだ太く,近代に入ってからハチのような腰となる。膨らんだ下半身の上に高くくびれた腰を強調する服飾が現れたのは18世紀からで,フランス人形のような貴婦人たちがルイ王朝の宮廷を闊歩した。S.T.vonゼンメリングが1785年,コルセットで締め上げて空前絶後のハチ腰をしたロココの全盛時代に,その害を詳細に述べているが,コルセットの流行は庶民の間に及び最近まで続いた。クールベの《泉》の少女の腰はコルセットによって締められた腰の典型である。コルセットは胸郭下部と腹部を圧迫し,肺結核を助長し,胃腸の慢性疾患を続発させた。
日本では,江戸時代に柳腰がもてはやされた。〈腰の弱きは痿(な)へたるやうにてあしきとぞ,さりながら腰もとは柳の如くたをやかこそよけれといへり〉(《女鏡秘伝書》)。1768年(明和5),谷中の笠森稲荷前の鍵屋に給仕女として勤めたおせんは柳腰で嬌名をはせ,鈴木春信の《笠森おせん》にその姿をとどめている。
→尻
執筆者:池澤 康郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
腰あるいは腰部についての明確な定義はないが、腰椎(ようつい)の高位と考えればよい。腰椎は胸椎の下位に5個あり、その下位には仙骨があって、仙骨は骨盤の一部となっているので、腰椎は脊柱(せきちゅう)の土台といえよう。
腰椎は生理的に軽度の前彎(ぜんわん)を示しているが、強力な靭帯(じんたい)、筋肉によって支持されており、腰筋膜も強靭である。腰椎の運動は屈伸運動がもっともできやすく、左右屈運動もできるが捻転(ねんてん)運動は少ない。ヒトは起立位をとるため腰部にかかる負担はきわめて大きく、とくに腰椎下部に力学的負担が集中的に加わる。そのため、腰椎椎間板ヘルニアは第4―第5腰椎椎間にもっとも多く、脊椎分離症は第4腰椎と第5腰椎に多く発生し、退行性変化である変形性脊椎症も腰椎下部に好発する。これらの疾患は腰痛の原因になるが、そのほかに腰筋痛などもおこりやすい。
このような腰痛の発生は、起立しているヒトの宿命であるともいえる。日常、座位および起立位での姿勢をよくすること、腰部体操などを行って腰部筋力の強化に努めることが必要である。
[永井 隆]
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