(読み)すずろ

精選版 日本国語大辞典 「漫」の意味・読み・例文・類語

すずろ【漫】

〘形動〙 意識をはなれ、あるいは無視して、物事や心が進み、あるいは存在するさま。そぞろ。すぞろ。
[一] 自覚がないままに事態や心が進むさま。
① あてもないさま。漫然。
※伊勢物語(10C前)一四「むかし、をとこ、みちの国にすずろに行きいたりにけり」
※浮世草子・男色大鑑(1687)三「燈をしめしすずろに時をうつしけるに」
② 思慮のないさま。考えなしであるさま。軽率。
※梵舜本沙石集(1283)六「名僧のすずろに追従事云むよりは、此法師申とも、仏は我心は知給たれば、聞食入て、孝養とはならむずらむ」
③ これといったわけもないさま。理由のないさま。根拠のないさま。また、原因や理由のわからないさま。
※大和(947‐957頃)一九「世にふれどこひもせぬ身の夕さればすずろにものかなしきやなぞ」
※源氏(1001‐14頃)夕顔「いたはしう、かたじけなく思ほゆべかめれば、すずろに涙がちなり」
④ なんのかかわりもないさま。縁もゆかりもないさま。
※大和(947‐957頃)一四八「すずろなる者に、なにか多く賜(た)ばむ」
[二] 意外なさま。思いがけないさま。予期しなかったさま。
※大和(947‐957頃)八六「物などのたまはせて、すずろに『うたよめ』とのたまひければ」
※読本・椿説弓張月(1807‐11)後「世に存命(ながらへ)給ふべうもあらざめれば、なほ疑ひて侍りたる。こは漫(スズロ)なり。こは物体(もったい)なし」
[三] 本意に反しているさま。望ましくなく、つまらないさま。不満。
① いやなさま。好ましくないさま。不本意。
※竹取(9C末‐10C初)「うたてあるぬしのみもとにつかうまつりてすずろなる死にをすべかめるかなとかぢとりなく」
※読本・雨月物語(1776)蛇性の婬「道に倒るるともいかではと聞ゆるに、不慮(スズロ)ながら出でたちぬ」
② 興趣のないさま。おもしろくないさま。しっくりしないさま。
※伊勢物語(10C前)七八「この石、ききしよりは見るはまされり。これをただに奉らばすずろなるべしとて、人々に歌よませ給ふ」
③ 人の思わくに反するさま。無関心であるさま。
※落窪(10C後)四「げに我が子供男女あれど、男子はすずろなるに、我が為、はらからのためする、いと有りがたしと」
[四] 良識に反しているさま。はしたないさま。
① 具合の悪いさま。立場のないさま。
※蜻蛉(974頃)上「おもはじとあまたの人のゑにすればみははしたかのすずろにてなつくる宿のなければぞ」
※読本・椿説弓張月(1807‐11)残「われもし位を親に踰(こえ)て、不孝の子とならんには、何をもてか民に教ん。こは慢(スズロ)也」
② あるべき程度を越えているさま。はしたなく思われるまでするさま。むやみ。やたら。
※宇津保(970‐999頃)嵯峨院「すずろなる酒飲は衛府司のするわざなりけり」
[語誌](1)「そぞろ」と母音交替の関係にある語であるが、いずれも上代の文献には見えない。中古仮名文では、「すずろ」が「そぞろ」よりも多く用いられている。
(2)中世になると「そぞろ」の用法も拡大するが、和歌には「すずろ」が主として用いられた。なお、「すずろ」「そぞろ」両語の混淆形ともいうべき「すぞろ」の形が中古末から中世初めの文献に見えるが、あまり用いられなかった。

そぞろ【漫】

[1] 〘形動〙 その人の思い(認識・意識・願望・良識・思慮・分別・関心など)をはなれ、あるいは無視して、ある行為をしたり、ある状態になったりするさま。すずろ。
[一] 確たる心構えもないままにある行為をしたり、ある状態になったりするさま。
① あてもないさま。漫然。
※阿波国文庫旧蔵本伊勢物語(10C前)一四「むかしをとこみちの国にそそろにいたりにけり」
気持が落ち着かないさま。そわそわしたさま。また驚きあわてるさま。
※浜松中納言(11C中)三「思ひたらぬ事なく、こまごまとこちたきまで御心しらひのよのつねならぬを、尼上はそぞろなる心ちし給へれど」
③ 思慮が足りないさま。軽率。不覚。
※宇津保(970‐999頃)内侍督「大将、『あやしく、そぞろにて、参りけるかな』とおぼせど」
④ むなしく、そらぞらしいさま。気持をのみ込めないで実のないさま。
※幸若・ほり川(室町末‐近世初)「あっぱれ法師、よひ法師とそぞろに身をぞほめにける」
[二] 原因や理由もはっきりわからないままに心や動作などが進むさま。
① (人の動作や感情について)なんら手を加えたり心を配ったりしないのに、自然にそうなるさま。知らず知らず。おのずから。
紫式部日記(1010頃か)寛弘五年九月一五日「そぞろにうち笑み、心地よげなるや」
② (自然現象などについて)これといった前ぶれや理由もなく、突然であるさま。
今昔(1120頃か)二八「障紙のそぞろに倒れ懸たりける也けりと思ひ得て」
[三] あるべきさまや程度、あるいは本意に反しているさま。
① 望ましくないさま。不満なさま。不本意なさま。無意味なさま。
※蜻蛉(974頃)中「よろづのことよりも、この君の、かくそぞろなる精進をしておはするよ」
② あるべき程度をはなはだしく越えているさま。むやみやたらなさま。
※宇治拾遺(1221頃)六「そぞろに、長者が財をうしなはむとは、何しにおぼしめさん」
③ 無関係なさま。
平家(13C前)一二「まことの左馬頭のかうべにはあらず〈略〉そぞろなる古いかうべを白い布につつんでたてまったりけるに」
[2] 〘副〙 人が、これという理由もなく、また知らず知らずにある状態に支配されるさまを表わす語。「そぞろあわれを催す」
※浄瑠璃・国性爺合戦(1715)三「甘輝道理に至極して、そぞろ涙にくれけるが」

すずろわすずろはし【漫】

〘形シク〙
① なんとなく、心がそわそわして落ち着かない。じっとしていられない。そぞろわし。すぞろわし。
※源氏(1001‐14頃)明石「このもかのもの、しはぶる人共も、すずろはしくて、浜風を引きありく」
② なんとなく気に食わない。なんとなく落ち着かずいやな気分である。しっくりしない気持がする。心おだやかでない。
※蜻蛉(974頃)上「なま心ある人などさしあつまりて、すずろはしや」
※源氏(1001‐14頃)若菜下「なまものうく、すずろはしけれど、そのあたりの花の色をも見てや慰むと思ひて参り給ふ」
[補注]動詞「すずろふ」から派生した形容詞で、中古に用いられた。
すずろわし‐げ
〘形動〙
すずろわし‐さ
〘名〙

そぞろ・く【漫】

〘自カ四〙
① 思慮、分別、自信などを失ったさまになる。そわそわする。または、もじもじする。すずろく。
※青表紙一本源氏(1001‐14頃)帚木「この男、いたうそぞろきて」
※平家(13C前)二「兵杖を帯したる者共も、皆そぞろいてぞみえける」
② 格別とりたてたりこだわることなくのびのびとする。
※ささめごと(1463‐64頃)上「此等の巻頭・発句、そぞろきて見え侍り」

すずろ・く【漫】

〘自カ四〙 すずろになる。嬉しさや悲しさや心配などのために、心がうつろになる。そわそわする。すぞろく。
※源氏(1001‐14頃)帚木「この男、いたくすすろきて、門近き廊の簀の子だつ物に、尻かけて」
[語誌](1)語尾「く」は「古事記伝」など近世の文献に濁音にしてあるものが見られるが、中世末の「岷江入楚‐二」によると清音に読まれていたと考えられる。
(2)中世には、「すずろく」のほかに「そぞろく」「すぞろく」の形でも用いられたが、「観智院本名義抄」には「すずろく」のみが登載され、ほかの形は見出せない。

すぞろ【漫】

〘形動〙 =すずろ(漫)
※源氏(1001‐14頃)蜻蛉「わがかくすぞろに心弱きにつけても」
※源平盛衰記(14C前)三二「此の宮ぞ誠に朕が御孫なりける。すぞろならん者ならば、なとてか、懸る老法師をば懐しく思ふべき」

まん【漫】

〘形動タリ〙 ひろびろとして果てしないさま。また、しまりがなくとりとめのないさま。
※地方官会議日誌‐五・明治八年(1875)六月二三日「便宜に任すとあるは、漫として定準無きに似たり」 〔晈然‐陪盧使君登楼送方巨之還京詩〕

すぞろわすぞろはし【漫】

〘形シク〙 =すずろわし(漫)
※栄花(1028‐92頃)浦々の別「数知らず参らせたれど、是につけてもすぞろはしく覚されて、ききすぐさせ給ふ」

そぞろわそぞろはし【漫】

〘形シク〙 いかにもそぞろだと感じられるさま。心が落ち着かず、いてもたってもいられない。すずろわし。
※青表紙一本源氏(1001‐14頃)紅葉賀「いとど及びなき心地し給ふに、そぞろはしきまでなむ」

すずろ・う すずろふ【漫】

〘自ハ四〙 なんとなく落ち着かず、そわそわした様子をする。
※源氏(1001‐14頃)末摘花「儀式官の練り出でたる臂持ちおぼえて、さすがにうちゑみ給へる気色、はしたなうすすろひたり」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

デジタル大辞泉 「漫」の意味・読み・例文・類語

まん【漫】[漢字項目]

常用漢字] [音]マン(呉) [訓]すずろ そぞろ
一面に満ちて覆うさま。「漫漫瀰漫びまん爛漫らんまん
むやみに広がって締まりがない。「漫然散漫冗漫放漫
何とはなしに。気のむくまま。「漫画漫談漫筆漫歩漫遊
外国語の音訳字。「浪漫
[名のり]ひろ・みつ

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

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