月僊(読み)ゲッセン

デジタル大辞泉 「月僊」の意味・読み・例文・類語

げっせん【月僊】

[1741~1809]江戸中期の画僧尾張の人。名は玄瑞。京都知恩院に住み、円山応挙与謝蕪村影響を受け、山水・人物画にすぐれた。晩年私財を投じて伊勢山田に寂照寺を再興

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精選版 日本国語大辞典 「月僊」の意味・読み・例文・類語

げっせん【月僊】

江戸中期の僧。画家。名は玄瑞。字は祥誉。尾張の人。京都円輪寺で得度。江戸に出て桜井雪館に学んだ。京都知恩院の住僧となって円山応挙に師事。のち伊勢国山田の寂照寺を再興し住職となる。作品に「群盲渡河図巻」、著に「列仙図賛」などがある。文化六年(一八〇九)没。

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改訂新版 世界大百科事典 「月僊」の意味・わかりやすい解説

月僊 (げっせん)
生没年:1741-1809(寛保1-文化6)

江戸後期の画僧。名は玄瑞,字は祥誉。月僊は号。俗称は丹家氏。尾張名古屋の醸造を業とする町家に生まれる(生年には1721年説もある)。少年のころ江戸に遊び,増上寺に入り,雪館に絵の手ほどきを受け,のち中国元・明の絵をも学ぶ。明和(1764-72)のころ,京都に移り蕪村の影響を受けつつ自らの画風を確立。円山応挙に学んだとの説もある。1774年(安永3)伊勢の浄土宗寂照寺住職となる。画料1500金を官に納め,その利子でながく貧民を救ったが,これは後世まで〈月僊金〉と称された。人物・山水画に長じ,京都妙法院,岡崎昌光律寺,寂照寺などに多数の作品がのこる。《列仙図賛》などの著作がある。
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百科事典マイペディア 「月僊」の意味・わかりやすい解説

月僊【げっせん】

江戸後期の画僧。尾張の人。名は玄瑞,字は玉成。江戸増上寺で月僊の号を与えられた。のち京都知恩院に入り,円山応挙蕪村に学び,各流派を総合して新機軸を開く。山水画が多い。画料を資として伊勢山田の寂照寺を復興し,貧民救済に当たった。《列仙図賛》《月僊画譜》などの著作もある。
→関連項目亜欧堂田善

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「月僊」の意味・わかりやすい解説

月僊
げっせん
(1721―1809)

江戸後期の画僧。俗姓は丹家氏。尾張(おわり)名古屋に生まれる。名は玄瑞、字(あざな)は玉成、号は月僊。別号に寂照主人、本祥寿がある。10歳のとき出家。江戸へ出て増上寺に入り、桜井雪館のもとで絵を学び、大僧正妙誉より月僊の号を与えられた。のち上洛(じょうらく)して、知恩院大僧正擅誉に厚く遇された。円山応挙(まるやまおうきょ)の門に入り、また雪舟の筆意や元(げん)・明(みん)の画風を学ぶ一方、与謝蕪村(よさぶそん)に私淑して、さまざまな流派を取り込んだ鋭い筆法の作風で一家をなした。初め画料をむさぼるために、世人より「乞食(こじき)月僊」と称されたが、晩年にはその画料を資として、伊勢(いせ)山田の寂照寺を再興したほか、貧民の救済などの社会事業に大いに努力した。独特の山水、人物、花鳥、また俳画を描いているが、とくに山水に長じ、多くの作品を残している。『列仙図賛』『月僊画譜』などの著作がある。

[玉蟲玲子]

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朝日日本歴史人物事典 「月僊」の解説

月僊

没年:文化6.1.12(1809.2.25)
生年:寛保1(1741)
江戸中・後期の画僧。名は玄瑞,字は玉成,別号は寂照主人,本祥寿など。尾張(愛知県)名古屋の味噌商に生まれたが,10歳で得度。のちに江戸に出て,増上寺の学寮に住み,桜井雪館に画を学んだ。のちに京都に上り,円山応挙につき,また与謝蕪村の影響を受け,両者の画調を融合して個性的な様式を確立した。安永3(1774)年伊勢山田の寂照寺の住職となる。画名が上がるとともに,画料も高く「乞食月僊」と呼ばれることもあったが,のちにその蓄財は寂照寺の再建と窮民救済の資金となったという。『列仙図賛』の著書がある。代表作に愛知県岡崎市・昌光律寺の襖絵がある。69歳で没し,寂照寺に葬られた。<参考文献>浜口良光『月僊―その伝記と作品』,『新編岡崎市史』

(河野元昭)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「月僊」の意味・わかりやすい解説

月僊
げっせん

[生]享保6(1721).名古屋
[没]文化6(1809).1.12. 伊勢山田
江戸時代後期の画僧。姓は丹家,名は玄瑞,字は玉成。江戸へ出て増上寺に入り月僊の号を与えられる。絵は雪舟や中国,元,明の画風を学び,さらに円山応挙,与謝蕪村に私淑。画料をむさぼったため乞食月僊と呼称されたが,晩年その財を投じ伊勢山田の寂照寺を再興。主要作品『群仙図』襖絵 (妙法院) ,『群盲図巻』 (知恩院) ,著書『月僊画譜』。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「月僊」の解説

月僊 げっせん

1741-1809 江戸時代中期-後期の画僧。
元文6年1月1日生まれ。浄土宗。桜井雪館,円山応挙にまなび,元明(げんみん)画,与謝蕪村(よさ-ぶそん)の影響もうける。安永3年伊勢(いせ)(三重県)寂照寺の住職となり,社会事業につくした。文化6年1月12日死去。69歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。俗姓は丹家。法名は玄瑞。字(あざな)は玉成。別号に浄蓮社詳(祥)誉,寂照主人など。著作に「列仙図賛」など。

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367日誕生日大事典 「月僊」の解説

月僊 (げっせん)

生年月日:1741年1月1日
江戸時代中期;後期の画僧
1809年没

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