文(ぶん)(読み)ぶん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「文(ぶん)」の意味・わかりやすい解説

文(ぶん)
ぶん

文法学上の基本単位。一つのまとまった内容を表し、末尾に特定の文法形式(活用語の終止形や終助詞など)を有し、話しことばでは音の切れ目があり、特殊な音調(疑問文でのしり上がりなど)が加わり、書きことばでは「。」(句点)がつく。日常語では「文」と「文章」とを混同して用いるが、文法学では、文章は一つ以上の文が連なった言語作品をさし、文は文章を構成する下位単位をさす。

 文の定義は古来多くの学者によって試みられているが、文と判定されるべきすべての言語形式を説明しうる十全な定義は、まだない。古くからの「主語述語の備わったもの」式の定義では、主述完備でも文とならないもの(従属節)の存在や、「アッ。」とか「犬!」とかの類(一語文)や「早くいけ」(命令文)など、主述の欠けるものの処理に困る。国語学者の橋本進吉は、文を、内容的にはまとまった思想の表現と規定したうえで、前後に音の切れ目があり、終わりに特殊の音調が加わるという外形的規定を与えた。一方、山田孝雄(よしお)は、「統覚作用による統合」を文成立の条件とした。山田の心理主義的な文成立論は、日本文法学界での長い、陳述・文成立論争の契機となった。その陳述論争を踏まえ、渡辺実は、「統叙」で整えられた叙述内容を言語主体の断定、疑問、訴えなどの「陳述」が包むという重層的な構文的職能の下に文成立を考える方向を示した。

 日本での文本質論が早くから文末の切れ続きに注目した文成立論を軸に展開されてきたのは、日本語の文構造上の特徴に深くかかわろう。日本語の文は、概略事柄を述べる部分、表現主体の判断を述べる部分、受容者への呼びかけの部分が、この順番で並び成立する。たとえば「弘ガ来ルラシイヨ。」という文なら、「弘ガ来ル」という事柄を、話者が「ラシイ」という程度の確かさで判断し、聴者に「ヨ」と呼びかけている文である。こうした各部分を担う文法形式(語)の承接の仕方には一定の規則があり、また、文末となりうる文法形式は限られている。この諸形式の機能と承接、とくに文末を担いうる形式への注目が文論の中心的な課題となっている点は日本の文法学の特色といえる。

 なお、生成文法の考え方では、文を一義的には定義せず、一定の文法規則により生成されるものを文とする。また、従来は文法学が直接対象とする最大の単位は文だったが、近年では文よりも大きい範囲を問題にするようになりつつあり、そこから文規定を見直す動きも出てきている。

[清水康行]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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