抗ウイルス剤(読み)こうういるすざい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「抗ウイルス剤」の意味・わかりやすい解説

抗ウイルス剤
こうういるすざい

ウイルス感染症に対する化学療法剤。ウイルスの増殖を特異的に抑制する薬剤であるが、現在でもウイルス感染症に対する治療法はワクチンによる免疫療法が主流を占めている。

[幸保文治]

開発の歴史

ウイルスは単独では増殖することができず、宿主細胞内に侵入して、宿主細胞のエネルギーを利用して増殖する。ウイルスを死滅させる化学物質を投与すると宿主細胞まで死滅させると考えられ、長い間ワクチン以外の治療薬は開発されなかった。しかし、バイオテクノロジー遺伝子工学の進歩により、ウイルスの増殖に必須の、正常細胞にない特異な酵素の存在が明らかになるにつれ、急速に抗ウイルス剤の開発が進展した。インフルエンザウイルス、ヘルペスウイルスのほかHIVヒト免疫不全ウイルス)や免疫機能の低下により重篤な症状を引き起こすサイトメガロウイルスに対する治療薬が開発された。それまでは、トラコーマオウム病、第四性病などクラミジア(大型ウイルス)による感染症に対して抗生物質のテトラサイクリン系およびクロラムフェニコールが有効であったにすぎない。

[幸保文治]

薬剤の種類と効用

現在、使用されている抗ウイルス剤は、対象となるウイルスにより、抗ヘルペスウイルス剤、抗インフルエンザウイルス剤、抗HIV薬(抗エイズ薬)、抗サイトメガロウイルス剤などに分けられる。

[幸保文治]

抗ヘルペスウイルス剤

始めに開発されたのは単純ヘルペスによるヘルペス角膜炎に有効なイドクスウリジン(IDU)点眼薬で、続いて単純疱疹帯状疱疹、水痘、骨髄移植時における単純ヘルペス感染症、ヘルペス脳炎髄膜炎に有効なアシクロビル、およびヘルペス脳炎、骨髄移植時における単純ヘルペス感染症を適用としたビダラビンが開発された。

 アシクロビルは吸収率が悪く、その欠点を改良したのがパラシクロビルとファムシクロビルである。前者は単純疱疹、帯状疱疹、性器ヘルペスの再発抑制を適用としており、後者は帯状疱疹のみを適用としている。

[幸保文治]

抗インフルエンザウイルス剤

インフルエンザ治療薬については、A型インフルエンザに対してアマンタジンが内服で用いられたのが始めである。その後A型、B型インフルエンザに有効なオセルタミビル(「タミフル」)、ザナミビル(「リレンザ」)が開発された。「タミフル」はインフルエンザウイルスの表面に存在するノイラミニダーゼという酵素を選択的に阻害してウイルスを死滅させる。カプセルとドライシロップがあり、インフルエンザ様症状発現2日以内に内服する。「タミフル」は新型インフルエンザ、トリインフルエンザにも第一選択薬となっており、予防と治療に世界中で使用されている。一方、「タミフル」を服用した10代の患者が服用後に異常行動を発現した例が多く報告されたため、小児・未成年者に対しての投与は原則として差し控えることと、使用する際の細かい注意事項が警告されている。しかし、異常行動はインフルエンザ脳症によっても発現することから、疫学的研究がなされ、「タミフル」による副作用とはいえないという結論が出された。

 「リレンザ」は噴霧剤として専用の吸入器を用いて吸入する。発症後、できるだけすみやかに投与を開始することが必要である。

[幸保文治]

抗HIV薬

抗HIV薬はジドブジン(AZT)、ジダノシン(ddI)から始まった。HIVには、宿主細胞にはない独自の酵素として、逆転写酵素、HIVプロテアーゼ、インテグラーゼの3種の存在がわかっている。そこでこれらの酵素の阻害剤がエイズ治療薬となると考えられ、急速に開発が進んだ。

 逆転写酵素阻害剤は化学構造上核酸系と非核酸系に分けられる。核酸系逆転写酵素阻害剤にはジドブジン(「レトロビルカプセル」)、ジダノシン(「ヴァイデックス錠」、「ヴァイデックスECカプセル」)、ラミブジン(「エピビル錠」)などが、合剤として、ジドブジン・ラミブジン配合薬(「コンビビル錠」)などがあり、内用で用いられる。非核酸系逆転写酵素阻害剤にはデラビルジン(「レスクリプター錠」)、エファビレンツ(「ストックリンカプセル」)、ネビラビン(「ビラミューン錠」)があり、単独ではなくほかの抗HIV薬と併用して用いられる。プロテアーゼ阻害剤にはサキナビル(「インビラーゼカプセル」)、ホスアンプレナビルCa(「レクシヴァ錠」)、アタザナビル(「レイアタックカプセル」)などが、合剤に、ロビナビル・リトナビル配合薬(「カレトラ錠、ソフトカプセル、リキッド」)がある。インテグラーゼ阻害剤にはラルテグラビル(「アイセントレス錠」)があり、他剤と併用される。

[幸保文治]

抗サイトメガロウイルス剤

ホスカルネットNa(「ホスカビル点滴静注用」)、ガンシクロビル(「デノシン点滴静注用」)、バルガンシクロビル(「バキサ錠」)がある。ホスカルネットNaとバルガンシクロビルはエイズ患者のサイトメガロウイルス網膜炎の治療に、ガンシクロビルはエイズ患者のほか、臓器移植、悪性腫瘍(しゅよう)における免疫機能低下による重篤なサイトメガロウイルス感染症の治療に用いられる。

[幸保文治]

そのほかのウイルス性疾患の治療薬

C型肝炎ウイルスに有効な遺伝子組換えインターフェロンαcon-1、ペグインターフェロンα-2a、同-2bなどのインターフェロン類、そしてインターフェロンα-2aとの併用で著効を現すリバピリンがある。B型肝炎ウイルスに対してはインターフェロン、ラミブジン(「ゼフィクス錠」)、アデホビル(「ヘプセラ錠」)、エンテカビル(「パラクルート錠」)が有効である。また、新生児、乳幼児におけるRSウイルス(Respiratory Syncytia Virus)感染による重篤な下気道疾患の発症抑制に用いられるものに、遺伝子組換えパリビスマグ(「シナジス筋注用」)がある。

[幸保文治]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「抗ウイルス剤」の意味・わかりやすい解説

抗ウイルス剤
こうウイルスざい
antiviral agent

ウイルスの増殖を抑制する薬物。ウイルスの増殖は,感染した宿主の細胞の増殖機構に依存する部分が大きいので,抗生物質のように宿主と細菌の増殖機構の差を利用して,細菌のみ特異的にたたくという薬物を開発することが難しい。そのため,抗生物質に比べ実用化も遅れていた。ところが,単純ヘルペスウイルスやエイズウイルスなど,臨床上問題になるウイルス性疾患の比重が増加しており,有効な抗ウイルス剤の開発が急がれている。これにはウイルス自体の増殖機能を抑制する働きをするもの (エイズウイルスに対するジドブジンなど) と,感染者の免疫機構を利用して抗ウイルス作用を発現させるもの (B型慢性肝炎に対するインターフェロンなど) の2種類がある。

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