(読み)て

精選版 日本国語大辞典 「手」の意味・読み・例文・類語

て【手】

[1] 〘名〙
[一] 脊椎動物の前肢の末端部分の総称。腕骨(八個)、掌骨(五個)、指骨(五組一四個)からなる。各種の筋肉におおわれ、物をつかむために発達している。コウモリでは翼手を形成し、第一指に鉤爪があり、非常に長い。水生哺乳類のオットセイなども構造的には陸生の哺乳類と同じだが、退化して魚類の鰭(ひれ)のようになっている。
① 人体の上肢。躯幹(くかん)の上部で、肩から左右に分かれ出ている部分。肩の関節部分から指先までの部分。
※書紀(720)継体七年九月・歌謡「枕取り 端(つま)取りして 妹が堤(テ)を 我に枕(ま)かしめ 我が堤(テ)を 妹に枕かしめ」
※竹取(9C末‐10C初)「手に力もなくなりてなへかかりたる中に」
② かいな、うでと区別して、てくびから先の部分。その全体だけでなく、指、てのひらなど部分を漠然とさすこともある。
※万葉(8C後)一四・三四五九「稲つけば皹(かか)るあが手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ」
③ ヒト以外の動物の前肢を①②に準じていう。前足。また、植物のつるなどをもいう。「朝顔の手」
※平家(13C前)四「かしらは猿、むくろは狸、尾はくちなは、手足は虎の姿なり」
[二] 物の形状または機能を(一)に見立てていう。
① 器物の本体から分かれ出た部分で、そこをにぎり持ち、または物に掛けるようにしたもの。取手(とって)、引手、釣手など。「急須(きゅうす)の手」「手のついた鍋(なべ)
※枕(10C終)一二〇「半挿に手水入れて、てもなき盥(たらひ)などあり」
② 用具・施設などで、主要部を支える用をする部分。「帆の手」
※枕(10C終)四九「几帳のてのさし出でたるにさはりて」
③ (一)のように、器物の左右に分かれ出た部分。衣服の袖(そで)、鏑矢(かぶらや)の雁股(かりまた)の先の左右に分かれ出た部分など。
※金刀比羅本保元(1220頃か)上「上矢のかぶらは、〈略〉薙歯一寸、手六寸、わたり六寸の大がりまたねぢすへたり」
④ (一)のように伸び出し、また動く状態になったものの先の部分。「火の手」
※信長公記(1598)首「大ぼて山へ〈略〉攻のぼり御人数を上させられ水の手を御取り候て上下より攻られ」
[三] (一)を用いてさまざまな行為をすることに関していう。(一)だけを用いるのではない場合、また用いない場合にも代表あるいは象徴としていう。多く、特定の語と連なって慣用句として用いる。
① 事を行なうのに使用する(一)。そのためにはたらかす(一)。「手を出す」「手にかける」「手をはずす」「手が届く」「手がはいる」「手をとめる」「手につかない」
※灰燼(1911‐12)〈森鴎外〉一〇「これ丈の事は、どの通信社かの手で、諸新聞に載せられた」
② 仕事をする力。労力。また、仕事をする人。人手。「手があく」「手を貸す」「手が足らぬ」「手がかかる」「手を分かつ」「手がつまる」「手がすく」「手がやける」
※竹取(9C末‐10C初)「造麿が手に産ませたる子にてもあらず」
※仰臥漫録(1901‐02)〈正岡子規〉一「看病人の手もふやして一挙一動悉く傍より扶けてもらふて」
③ 仕事をしたり、物事をとりさばいたりする能力。「手に負えぬ」「手にあまる」
源平盛衰記(14C前)三三「郎等宗俊も手の定り戦て」
※平凡(1907)〈二葉亭四迷〉五七「己は無学で働きがないから、己の手では到底(とて)も返せない」
④ 人とのかかわりあい、交渉、関係、縁。特に、男女関係にいう。「手をつける」「手を切る」
⑤ 刀や矢などの武器で傷つけること。また転じて、武器によって受けた傷。てきず。「手を負う」
※平家(13C前)四「うらかく矢五所、されども大事の手ならねば、ところどころに灸治して」
※米沢本沙石集(1283)二「手あまた負ながら、命はいまだ絶ざりけり」
[四] (一)で物を持つところから、所有することに関していう。
① 所有することになる者をさしていう。「手に入れる」「手にわたる」「手に落ちる」
※ロドリゲス日本大文典(1604‐08)「ゲンジニ ツタワル チョウホウヲ カタキノ te(テ)ニ ワタサウカ」
※歌舞伎・蔦紅葉宇都谷峠(文彌殺し)(1856)三幕「お前様のお陰にて無事に我手にある百両」
② 勝負事で、配られたり取ったりして、自分が自由に使えるようになっているもの。手中にあるもの。手の内。手持ち。また特に、将棋の持駒(もちごま)、花ガルタ、トランプなどの持札。手札。「手が見える」
※滑稽本・東海道中膝栗毛(1802‐09)四「しゃうぎをさしていたるが〈略〉『サアしまった。時にお手はなんじゃいな』」
③ 従えて自分の支配、監督の下にある人々。また、特に中世、部将の配下、軍勢をいう。「手の者」「手下」「手人(てびと)
※平家(13C前)四「是は一とせ平治の合戦の時、故左馬頭義朝が手に候ひて」
[五] 事を行なうのに(一)を用いるところから、事を行なうための方法や技術に関していう。
① 事を行なうための技術。武芸などのわざ、術など。一定の型ができているわざ。
※源氏(1001‐14頃)帚木「たつた姫といはむにもつきなからず、たなばたのてにもおとるまじく、そのかたも具して」
※彼女と少年(1917)〈徳田秋声〉二「柔道の手を出していいんなら、どんな強い奴でも投げられるよ」
② 書の技術。字を書くわざ。字の書き方。筆法。書風。また転じて、書かれた文字。筆跡。手跡。
※宇津保(970‐999頃)藤原の君「かの御返とおもひて見るに、女のてなり」
※米沢本沙石集(1283)五末「妻が手にて、柱に歌を書けり」
③ 琴、笛、鼓など、音曲のわざ。奏法。また転じて、一定の曲、または調子、譜。
※宇津保(970‐999頃)俊蔭「この三人の人、ただ琴をのみひく、されば、そひゐて習ふに、ひとつの手のこさず習ひとりつ」
※山家集(12C後)中「人にも聞かせぬ和琴のて引きならしけるをききて」
④ 能、舞踊などでの、きまった舞い方。一定の所作。舞の型。
※古今著聞集(1254)一五「手におきては是を略せず、口伝はひかへたるよし申て、起請文におよばず」
※風姿花伝(1400‐02頃)一「舞をも手を定めて、大事にして稽古すべし」
⑤ 双六(すごろく)、囲碁、将棋、連珠などで、石あるいは駒を打つ、その一打ち一打ちをいう。また、その打ち方。特に、きまった型の打ち方。
※枕(10C終)一六一「人と物いふことを碁になして、近う語らひなどしつるをば、てゆるしてけり」
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)前「ナンノちっと能(いい)手をさすと洒落らア」
⑥ 技芸のわざのすぐれている人。わざびと。上手(じょうず)。相撲のすぐれた取り手、たくみな書き手など。
※今昔(1120頃か)二三「哀れ、此が男にて有ましかば、合ふ敵无くて手なむどにてこそは有ましか」
⑦ 事を行なうための手段。てだて。また、事を行なう方法。やり方。また、人を思いのままにあやつるための手段。かけひきの手段。口実。「手が良い」「手が悪い」「手がない」「手に乗る」
※洒落本・通言総籬(1787)二「いささかな事を手にしてねるつもりの、みなきゃうげんにて」
※残夢(1939)〈井上友一郎〉八「切角好意で云ってくれるのを断わる手はないでしょ」
[六] ある方面や種類。
① ある方角、方面。また、その方面の場所。
※源平盛衰記(14C前)三六「山の手ゆゆしき大事の所に候」
② 各方面に分けられた、それぞれの軍勢をいう。手分けした一部隊。「手を分ける」
※太平記(14C後)三「南の手には五畿内五箇国の兵を被向」
③ 種類。
※万宝全書(1694)六「鳴海手〈織部焼〉 此手の茶入、古田織部重勝〈略〉国国へひろめ給ふと也」
※はやり唄(1902)〈小杉天外〉九「はい、此頃は初終(しょっちう)其の類(テ)を召上る様でございます」
[2] 〘語素〙 (下につく場合は連濁して「で」となることもある)
① 名詞、特に、行為または行為の結果できたものを意味する語について、その物事を機械などを用いず人間の手をもってなしたこと、また、自分の手でなしたことを表わす。「手織」「手料理」「手描(てがき)」「手打ち」など。
② 名詞、特に器具や身のまわりの品物を意味する語について、その物が、持ち運び、取扱いに適する小型のものであることを表わす。「手箱」「手槍(てやり)」「手文庫」「手帳」など。
③ 方角や場所を表わす語と熟し、その方向、方面にあるという意味を表わす。「左手」「右手」「上手(かみて)」「下手(しもて)」「面手(おもて)(=表)」「河手」「行手(ゆくて)」など。
④ ある所や人や物を基準にして、それと同じ種類に属していることを表わす。また、固有名詞などについて、稲、陶磁器、古銭、その他の品種、品質を表わす。「なかて」「おくて」「高麗手(こうらいで)」「金襴手(きんらんで)」「厚手」「薄手」「古手」など。
⑤ 動詞の連用形、または、それに相当する句について、その動作をする人、そのことに当たる人などの意を表わす。また転じて、特にそのことにすぐれた人、名手、上手などの意を表わすこともある。「織手」「話し手」「嫁のもらい手」など。
※信心録(ヒイデスの導師)(1592)三「シンラマンザウノ tamotaxerarete(タモタセラレテ)ニテ マシマス」
※歌舞伎・お染久松色読販(1813)序幕「折紙もござりますれば、好みてさへ有れば、弐百両には成ります代物」
⑥ その代わりとなるもの。代償。代価。代金。「酒手」など。
⑦ 中世・近世の入場税、利用税。「山手」「野手」「河手」など。
⑧ 材料の意を表わす。「枛手(つまで)
⑨ そのようになった所を表わす。地形。「井手(いで)」「池溝(うなて)」「隈手(くまで)」など。
⑩ 形容詞、形容動詞について、もてあつかいが…だ、手や身のこなしが…だ、などの意を添える。また転じて、下の語の意味を強める。「手痛い」「手ごわい」「手厚い」「手広い」「手短」「手丈夫」など。
[3] 〘接尾〙
① (甲矢(はや)と乙矢(おとや)と二本を持って的に向かう式法から) 矢二筋を一組として数える語。的矢、上差(うわざし)について用いる。
※平家(13C前)四「鷹の羽にてはいだりける的矢一手ぞさしそへたる」
② 囲碁、将棋、連珠などの着手の回数。石や駒を打つ数をかぞえるのに用いる。手数。
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)前「どうするのだ。二三手過た事を仕直すぜへ」

た【手】

〘語素〙 他の語と複合して用いられ、「手」の意を表わす。「たなごころ」「手火(たひ)」「手折(たお)る」「手向(たむけ)る」など。
※名語記(1275)二「手をつねに、たといへり、如何。これは、たちつてとの五音便宜により、いひかよはかさるれば也。竪通とたて申せる、これ也」

しゅ【手】

〘名〙
① 腕から先の部分。て。
② 能楽で、舞の型のこと。て。
※花鏡(1424)舞声為根「以前の手(しゅ)智序破急の間に舞を添へたり」

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デジタル大辞泉 「手」の意味・読み・例文・類語

て【手】

[名]

㋐人体の左右の肩から出ている長い部分。肩から指先までをいう。俗に動物の前肢をいうこともある。「を高く上げる」「袖にを通す」「の長い猿」
㋑手首、手首から指先までや、手のひら・指などを漠然とさす。「に時計をはめる」「火鉢にをかざす」「でつまむ」
器具などの部分で、手で持つようにできているところ。取っ手・握りなど。「鍋の」「急須きゅうす
植物のつるをからませるための木や竹の棒。「竹をアサガオにする」
1のように突出して動くもの。「火のが上がる」
実際に1のように作業や仕事を行うもの。
㋐労働力。人手。「が足りない」「女一つで子供を育て上げる」「男
㋑仕事をする能力。「に職をもつ」
人が1を使ってすること。また、人の行為を漠然という。
㋐仕事。作業。「裁縫のを休める」
㋑手数。手間。「のこんだ細工」「のかかる部下」
㋒他人に関与すること。「出し」
㋓武器を使って傷つけること。転じて、戦いなどで受けた傷。「負い」「ふかで

㋐文字を書く技法。筆法。転じて、書かれた文字。筆跡。書風。「人のをまねる」「紀貫之きのつらゆき」「女の手紙」
㋑茶器などで、その手法になるもの。「三島みしまでの茶碗」
㋒能楽・舞踊などの所作。手振り。「指す引く
㋓音曲で、調子や拍子をとる手法。また、器楽の奏法。「合いの」「事」
㋔武芸などの技。「相撲の四十八

㋐勝負事などで、手中にあるもの。手持ちの札・駒など。手の内。「を明かす」「相手のを読む」
㋑囲碁・将棋などで、石や駒を打つこと。また、その打ち方。「堅いで攻める」「先
事を行うための手段・方法。「きたないを使う」「そのは食わない」「打つ
10
㋐所有すること。「人のに渡る」
㋑支配下。監督下。「ライバル会社のの者」「犯人のから人質を救う」
11
㋐ある方面や方角。また、その方面の場所。「行くをさえぎる」「山の」「かみ
㋑ある方面に配置した軍隊。「寄せの軍勢」「さき
12 ある種類に属する人や物。「そのの品は扱わない」「あつでの生地」
13 器物の左右に分かれた部分。
几帳きちょうなどの横木。
「几帳の―のさし出でたるにさはりて」〈・四九〉
㋑長旗のへりについている、竿さおにつけるための
「互ひに旗の―を下ろして、東西に陣を張り」〈太平記・一五〉
雁股かりまたの矢じりの左右に突き出た部分。
「―六寸、わたり六寸の大がりまた」〈保元・上〉
14 風采ふうさい。体裁。
「その跡から―のよき一連れ」〈浮・織留・四〉
15 江戸時代の雑税の一。山手野手川手など。
16
㋐その事物を機械などを用いないで作る意や、その人が自分自身でする意を表す。「料理」「打ち」「づくり」「弁当」
㋑その物が、持ち運びや取り扱いに容易な小型のものである意を表す。「おの」「帳」「箱」
㋒その動作をする人、また特に、そのことにすぐれた人の意を表す。「嫁のもらい」「語り」「やり
[接頭]形容詞・形容動詞に付いて、その意味を強めるのに用いる。「堅い」「ぬるい」「短」
[接尾]助数詞。
碁や将棋などの着手の回数を数えるのに用いる。「数先をよむ」
矢2筋を一組みとして数えるのに用いる。
「鷹の羽にてはいだりける的矢一―ぞさしそへたる」〈平家・四〉
相撲の番数を数えるのに用いる。
「相撲出でて五―、六―ばかりとりて」〈宇津保・俊蔭〉
舞の数を数えるのに用いる。
「一―舞うて東の方の賤しき奴ばらに見せん」〈義経記・八〉
[補説]作品名別項。→
[類語]1お手手/(7書体筆跡手跡墨跡筆の跡水茎の跡/(8)(9方策方法対策施策企て一計奇計奇策愚策秘策・対応策・善後策得策方法妙計妙策良計良策上策下策国策政策一策万策拙策無策弥縫策びほうさく密計秘計百計

しゅ【手】[漢字項目]

[音]シュ(呉) ス(呉) [訓]て た
学習漢字]1年
〈シュ〉
て。「握手義手挙手触手繊手双手徒手入手拍手落手
手でする。手ずから。「手記手芸手交手写手術
手わざ。腕前。「手段手腕悪手凡手魔手妙手
仕事や役割りをもつ人。「歌手国手射手助手選手敵手投手名手
〈て(で)〉「手柄手順手錠手配てはい相手勝手柏手かしわで後手ごて仕手素手すで把手とって深手ふかで山手若手
〈た〉「手綱
[難読]上手じょうず手弱女たおやめ手水ちょうず手斧ちょうな手数入でずい下手へた御手洗みたらし右手めて左手ゆんで弓手ゆんで

て【手】[作品名]

高村光太郎による彫刻作品。大正7年(1918)制作のブロンズ塑像そぞう東京国立近代美術館所蔵。

た【手】

《「て(手)」の交替形》て。多く、他の語の上に付いて複合語をつくる。「枕」「折る」「なごころ」

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改訂新版 世界大百科事典 「手」の意味・わかりやすい解説

手 (て)

手ということばには二つの意味がある。一つは広義の用法であり,俗の呼び方でもあって,上肢全体を指す。もう一つは狭義の用法であり,解剖学用語でもあって,手首から先を指す。このことばは主にヒトについて用いられるが,他の動物に対してヒトになぞらえて使われることも多い。類人猿その他の高等霊長類にふつう〈手〉の語が当てられるのは,彼らがヒトに似た〈手〉で器用に物を取り扱うからである。またときには,食物を〈両手〉で持って食べるリスやネズミなどにもこの語が応用される。なお,英語では,ヒトなどの手はhandと呼ぶが,四足動物の〈手〉はすべて解剖学的に等価の相同器官であるから,解剖学および動物学用語としては一般的にmanusという(同様に,〈足〉はふつうfootだが,学術的にはpesと総称する)。ヒトを含めて霊長類の手の概形は,指を5本もつことをはじめ,原始両生類にさかのぼるもので,四足動物の原型をよく保持している。しかしその働きは,神経系の発達とあいまってヒトにおいて最も精妙なものとなっており,これは霊長類以外の動物と著しく異なる点である。

 ここではヒトの上肢の全体について述べたうえで,解剖学的な用語としての手について,少し詳しく記すことにしよう。人体を大きく区分すると,〈体幹〉と〈体肢〉になる。体肢はまた四肢ともいい,上肢upper limbと下肢lower limbに分けられる。動物でいえば前肢と後肢である。上肢と体幹との境界は,体表からいうと三角筋の起始をなす線(鎖骨-肩峰-肩甲棘(きよく))であるが,骨格から見ると肩甲骨と鎖骨は全部広義の上肢のうちに加えられる。この両骨を合わせて〈上肢帯(肩帯)〉といい,いわば上肢を体幹にぶらさげ,運動を円滑にするための仲立ちの部分である。この上肢帯より末梢の,体幹から伸び出した部分を自由上肢という。自由上肢は腕と手(狭義)からなる。手首から先が手である。

ひじで折れ曲がるので,これを2部に分け,上半を上腕upper arm,下半を前腕forearmといい,上腕は俗に〈二の腕〉といわれる。腕は脚に相当する部分であるが,人間では脚より小さく,運動の自由度は大きい。しかし,四足獣では前肢と後肢で大差がないのが普通である。腕の内部は主として骨格とその周囲の筋肉からなり,さらに血管,リンパ管,神経などが分布し,表面は皮膚で包まれる。骨格は上腕骨,橈骨(とうこつ),尺骨で,ひじには肘関節がある。筋肉は上腕二頭筋,上腕筋,腕橈骨筋など,24個の筋肉がある。動脈は鎖骨下動脈の続きで,はじめ腋窩(えきか)動脈,次いで上腕動脈となり,前腕で橈骨動脈と尺骨動脈に分かれる。静脈は一部は深静脈として動脈と伴行し,他は皮静脈として主として前腕の前面を上向する。

手は上述のように,解剖学では手首の関節から先のところをいい,手根,中手,指の3部に区別される。手根wristは手の付け根の〈手首〉と呼ばれる部分で,内部には手根骨carpal bonesという8個の小骨があって,その骨格をなす。手根骨は手のひらの付け根のところにある小さい骨で,8個が4個ずつ2列に並んでいる。母指の側から小指の側へ,第1列は舟状骨,月状骨,三角骨,豆状骨,第2列は大多角骨,小多角骨,有頭骨,有鉤(ゆうこう)骨となる。これらの骨は互いに関節〈手根骨関節〉と靱帯で結合されているから,相互の間でいくらかは動くことができる。いい換えると,手のひらの付け根がこのように小骨の連結でできていることは,これが1枚の骨板でできているのに比べて骨格として柔軟性があるわけである。手根骨は前腕の骨格とは橈骨手根関節により,また各中手骨とは〈手根中手関節〉によって連結されている。この二つの関節を総称して手関節hand jointという。これらの骨は同時ではなく順次に骨化するから,レントゲンでその状態を調べると,だいたいの年齢を推定することができる。中手metacarpusは手根の先に続く部分で,内部に中手骨という5本の骨が各指に相当して放射状に並び,その支柱をなす。手根と中手とは骨格でははっきり区別されるが,外形的には続いていて境界はない。両者合わせて軽くへこんだ皿状をなし,その凹面(前面)を〈手掌(しゆしよう)palm〉〈手のひら〉または〈たなごころ〉といい,凸面を〈手背back of the hand〉または〈手の甲〉という。指は5本あって,これを橈骨の側から尺骨の側へ順次に〈第1指,母指,親指〉〈第2指,示指,人差指〉〈第3指,中指(ちゆうし)/(なかゆび)〉〈第4指,薬指(やくし)/(くすりゆび)〉〈第5指,小指(しようし)/(こゆび)〉と呼ぶ。母指は2節からなり,太くて短く,手根中手関節が多軸性に動く。他の4指は3節からなり,細くて長く,長さはふつう中指,薬指,示指,小指の順に短くなるが,示指が薬指より長い人も少なくない。各指の先端には〈つめ〉がある。手掌のうちで母指と小指とに相当する部分はともに盛りあがっていて,これをそれぞれ母指球,小指球と呼ぶ。また各指の末節の掌面中央部(指腹,指の腹)と第2~5指の基部で隣りあう指の間の手掌の皮膚はまるくふくよかに高まり,それぞれ指球または指尖(しせん)球,および指間球または中手指節球と呼ぶ。これらの高まりを合わせて〈触球〉と総称し,神経終末が豊富で,感覚が鋭敏である。手掌側の皮膚が下層とよく付いて,ずれたり持ち上がったりしにくいのに対して,手背は普通の皮膚で包まれ,よくずれ,つまみ上げることができる。手掌と指の掌側面の皮膚は,足底の皮膚と同じく毛と皮脂腺がなく,指紋と掌紋とがあり,またメラニン色素に乏しいので他の部より白く見える。指紋,掌紋はすべての霊長類の手と足にみられるが,ヒトのそれは他の種類よりも細かく,密に分布している(指掌紋は有袋類の一部にも知られている)。手掌の皮膚は,このほかになお著しいしわ(または溝)を示す。各指の折れる部分には横に走るしわがあり,手掌にはおよそ縦に走るものと横に走るものとが交差して長く走っている。これらは指や手掌部の運動の際,皮膚がうまく折り畳めるようにできているから,運動ひだという。手相は主としてこの溝を見るものであるが,もちろんその意味づけに対する科学的根拠はなにもない。手を構成する形象にはなお手筋と,これを灌漑する血管と,皮膚および筋肉に分布する神経とがある。手筋は横紋筋ですべて掌側にあり,指の微妙な運動をつかさどる。
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漢字の〈手〉が5本の指と手のひらをかたどっているのに対して,英語hand,ドイツ語Handの原義は〈握る装置〉の意であり,機能を指す語である。〈手〉の用例はきわめて多様で,身体の一部としての意味を残す〈上手(じようず)〉(〈下手(へた)〉)a good(poor) hand at ~,相撲の〈四十八手〉や将棋の〈手〉のように方法や策略を示すもの,トランプのホイストブリッジで配られたカードの〈組〉を指す場合,方角を表す〈山手〉や〈上手(かみて)〉,その他がある。日本では〈手〉に代価の意をもたせて〈塩手米〉のように商品交換を表す語とした例が鎌倉時代以後にあるが,さらにさかのぼれば《万葉集》では〈テ〉に〈価〉や〈直〉をあてており,〈手〉と交換,交易との関連はかなり古くから意識されていたと推定される。

 14世紀のアラブ人冒険旅行家イブン・バットゥータは,スーダンの黒人が女性の手と乳房は人体の中で最も美味だと語った話を伝えている(《都市の不思議と旅の驚異を見る者への贈物》)。中国の四川料理に〈紅焼熊掌〉(熊の手のしょうゆ煮)が,雲南省の料理に〈大燉熊掌〉(熊の手の火腿(ハム)入り蒸しスープ)があり,とくに冬眠に入る前のヒグマの手は脂がのって柔らかなので珍重される。ヒグマは秋に穀果を多くとって肥え,手掌にみつなどの食物を塗り,冬眠中にこれをなめるなどといわれるが,料理に利用されるのは皮下脂肪だけである。東京など各地の〈酉(とり)の市〉が扱う熊手は,落葉などをかき集める竹製の道具の模型を飾りたてたもので,1年間の福をかき集め繁盛を願う室内装飾品だが,もとは鉄のつめをもつ武器だった。マルファン症候群の患者などに〈蜘蛛(くも)指〉という指の長い手を見るが,指を蜘蛛の長脚にたとえた名称である。巨人症などでは手も大きく,すでに松浦静山《甲子(かつし)夜話》には手首より中指先まで約29cmある身長7尺3寸(約2m20cm)の釈迦嶽(しやかがたけ)という力士の手形の話がある。釈迦が手を自在に大きくした話は《西遊記》にあり,孫悟空がひと跳び10万8000里をいく觔斗雲(きんとうん)を駆って,いかに飛んでも釈迦の手掌から出られなかった。仏の手には不思議が多く,阿弥陀如来の手掌には1000本の車の輻(や)がすじとなって交差し,その放つ光は金の水となって畜生を畏怖(いふ)させる。また指間には水かきのような膜があり,指はしなやかで背側に屈曲しても物を握ることができ,指先には吉祥を示す卍(まんじ)印があると源信は教えている(《往生要集》)。

 古代エジプトの霊的概念〈カー〉は,ヒエログリフでは両側の上腕が連結して水平に直線となり,左右のひじから先は上に向かって直角に伸び,手が天を指している形で表され,精霊や万物に内在する生命力を意味する。また,丸く輝く太陽の神アテンが放つ金色の光線の先端には手があり,神の力を象徴している。千手千足のシバ神に代表されるように,ヒンドゥーの神々には手をたくさんもつものが多い。イスラム圏には手掌をかたどった〈ファーティマの手yad Fāṭima〉なる護符がある。手にまつわる印象的な場面をアーサー王伝説から一つ述べる。アーサー王は水面に立つ湖の姫の手から名剣エクスカリバーExcaliburを譲り受け,死に際して部下のベディビアに再び湖に投げて返させたところ,水中から現れた手がこれを受けとめてそのまま水面下に没した。旧約聖書では,ヤハウェは民衆にみずからの神性を示すため,つえが手から離れれば蛇になるが,手に拾えばつえにもどる奇跡,および手を懐から出せば癩(らい)病の手となり,再び懐に入れてとり出せば元どおり回復した手になるという奇跡をモーセに行わせた(《出エジプト記》4:3~7)。新約聖書の神も手を使ってみずからの神性を証明しようとする。処女マリアによるイエスの出産を疑ったサロメが,マリアの性器に指を入れて処女性を確かめたとたん,その手はやけただれ,イエスを抱いて神への信仰を誓ったら直ちに治癒したし(外典《ヤコブ原福音書》),幼児イエスは斧で切られ失血死した青年や,病死した赤ん坊に手を触れて生き返らせている(外典《トマスによるイエスの幼時物語》)。成人した後もイエスの手の奇跡は続き,死んだ少女の手をとって生き返らせたり(《マルコによる福音書》5:41~42),癩病患者を手で触れるだけで治したり(同1:41~42),棺にさわるだけでその中の死人をよみがえらせたりしている(《ルカによる福音書》7:14~15)。ただし,地中海沿岸には古くから手による癒(いや)しの奇跡が多く伝えられており,大プリニウスも夭折(ようせつ)した子どもの手は瘰癧(るいれき)やおたふく風邪やのどの病を治すとか,どんな死人の場合でも左手の背側なら同性の患者に効くなどとしている(《博物誌》第28巻)。ちなみに,後世のヨーロッパでは,絞首刑に処せられた罪人の手から作った〈栄光の手Hand of Glory〉(フランス語ではMain de Gloireで,一説にマンドラゴラに由来する語という)なるものが知られ,これを所持する者は姿を消すことができると信じられた。キリスト教をこのような地域に伝え広めるには,イエスの手の奇跡も大きく宣伝する必要があったのかも知れない。〈手当て〉ということばに残っているように,患部に手をあてがって疼痛(とうつう)を鎮める方法は心理的効果もあって,現在も薬によらない有効な手段とされている。なお,国王による瘰癧の触手療法は〈ローヤル・タッチ〉として西洋史上有名。

 身ぶり語の中で手による意思や感情の表現は多く,手や指が同じ形でも各民族によってその意味は異なる。聾啞(ろうあ)者の手話は手指の形と動きによって抽象的な観念も伝達できるまでに発達しているが,語順など文法の多くは口語に基づいており,各言語によって同一の意味を現す手の形や動きの違う場合が多いので,手話にも翻訳が必要である。インド古来の舞踊は手の表意を重視しているが,日本の文楽や能も顔の表情に頼らず,手や指の微妙な運動に技巧を凝らしている。世阿弥は舞の五智として,手智,舞智,相曲智,手体智,舞体智を挙げるが,いずれも手の動きのくふうである(《覚習条々》)。仏像の両手がつくる転法輪印,施無畏(せむい)印,与願印,法界定(ほうかいじよう)印,九品(くほん)印その他の印相や山伏の結印などは仏教や修験道の教義と不可分である。エンゲルスは手の労働が言語とともに脳を発達させてヒトをヒトたらしめたと説く(《猿が人間化するにあたっての労働の役割》)が,手の外科学を体系づけたS.バネルの《手の外科学》も同様に手の人間的意義を強調して次のようにいう。〈われわれの脳には,手で感じ手を用いて築き上げ発達させてきた事物や,行動の記憶と概念が集積している〉と。
手相学 →右と左
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手 (て)

日本の技芸の用語。事を行うのに手を用いるところから,その方法や技術についていい,それぞれの技芸で単独または他の語と複合して術語的に用いられる。書道,音楽,舞踊,遊戯(碁,将棋,双六など)等においてよく用いられるが,その概念には多少の異同がある。書道では筆法から転じて書かれたものそのものについてもいう。音楽,舞踊では,特定の技法から転じて,その型ないしその型による特定の部分ないし楽曲をもいう。

 音楽では,(ふし)が声楽面についていうのに対して,手は器楽面についていうことが多く,手付(てつけ)(器楽部分の作曲・編曲。節付に対する),手組(てぐみ)(リズム型ないしその組合せ),手事(てごと),合の手本手(ほんて)と破手(はで)(派手),本手と替手(かえて)などの派生語を生ずる。本手・破手は,三味線組歌における本手組・破手組といった分類の基準となる技法をいい,結果的には声楽面にも及んでいい,本手といって三味線組歌そのものをいうこともある。さらに,手とのみいって,三味線組歌ないしこれに準ずる楽曲の個々ないし全体をもいった。
旋律
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「手」の意味・わかりやすい解説


解剖学では上肢を腕(うで)(上腕(じょうわん)と前腕(ぜんわん))と手とに区分し、手は手首から先をいう。俗に、手足などといって、大まかに下肢に対して上肢を「手」と表現することもある。手は、ほぼ四角形の扁平(へんぺい)な部分として手首の先に広がるが、屈曲させて凹面をつくる部分を手の掌面(しょうめん)(手掌、たなごころ)とよび、凸面側を手の背面(はいめん)(手背、手の甲)とよぶ。手の扁平部分の遠位縁からは、5本の指(五指)が出る。五指のうち、母指(ぼし)(第1指、親指(おやゆび))がもっとも太く、かつ短い。中指(ちゅうし)(第3指)がもっとも長く、以下環指(かんし)(第4指、薬指(くすりゆび))、示指(しし)(第2指、人差し指)、小指(しょうし)(第5指)の順に短くなる。各指の末端の背側部には、皮膚の表皮が角化してできる爪(つめ)が付着し、指の先端を保護している。手掌面の皮膚には、多数のしわや溝が縦横に走っている。このうち、横に走る太いしわは手掌や指を屈曲したときに生じ、運動皺襞(しゅうへき)(慣用では「うんどうすうへき」と読む)とよぶ。これらのしわは、手相学ではいろいろの意味をもつものとして取り扱われているが、科学的な根拠はない。手掌面には細い溝(皮膚小溝)と各小溝の間の高まり(皮膚小稜(しょうりょう))とが平行して走っている。その方向は、各個人に特有な紋様(掌紋)をつくっている。また、指の先端の紋様は指紋(触紋)とよばれ、これも各個人に特有な走行を示す。掌紋、指紋はともに個人識別に利用されている。指紋は胎生3か月から4か月に出現する。皮膚小稜の高いところには、汗腺(かんせん)の導管の開口部、すなわち汗口が配列している。

 手掌面を見ると、母指と小指の長軸に沿った部分、第2~第4指の基部、各指の末節中央部のそれぞれに、円形あるいは楕円(だえん)形をした広い皮膚隆起が認められる。これを、それぞれ手根小球(橈側(とうそく)は母指球、尺側(しゃくそく)は小指球という)、指間小球、指小球とよんでいる。また、これらを総称して触球とよぶが、この部分には神経終末が豊富に分布し、触覚が鋭敏である。手掌面には毛、脂腺がない。また、手掌面の皮膚にはメラニン色素がないため、他の皮膚部分よりも白くなる。手掌面の汗腺の数は1立方ミリメートル当り約2個であるが、手背では約1.5個、示指先端では3個ほどとされる。

[嶋井和世]

手の骨格と筋

手の構造の基礎となり、手の運動の支えとなる骨格(手骨(しゅこつ))は、約30個の骨からできている。手首(手根)の部分には8個の手根骨が配列する。手根骨は、前腕の長軸方向と直角に位置し、4個ずつがほぼ平行に並んで配列している。手根骨の遠位列と連結する骨が中手骨で、細長い5個の骨から構成される。中手骨は手掌の骨格となっている。各指の骨格となるのが指骨である。指骨は、母指が2個、他の指はそれぞれ3個からなっている。中手骨と直接連結する指骨を基節骨といい、順次先端に向かって中節骨、末節骨とよぶ。母指は基節骨と末節骨だけで、中節骨が欠ける。遠位列の手根骨と中手骨との関節(手根中手関節)や中手骨と基節骨との関節(中手指節関節)は、多軸的に動いて、手首や指の複雑な運動を可能としている。

 手の骨格を動かす筋肉は、ヒトではとくに発達しており、精緻(せいち)巧妙な手の運動の原動力となっている。このことは、霊長類、とりわけヒトにおいて、その進化に大きな役割を果たしてきた。手の運動をつかさどる筋肉(骨格筋)は、前腕と手掌とにあり、ともに横紋筋である。そして、手の筋肉はすべて手掌側にある。母指を思いきり反らして、母指を外転し、伸展させると、手背の母指側で手首から母指方向に向かって三角状のくぼみができる。これを「解剖学的嗅ぎたばこ壺(かぎたばこつぼ)」とか「嗅ぎたばこ入れ」(タバチュール)という。これは、長母指伸筋と短母指伸筋の両腱(けん)に挟まれてできるくぼみである。このくぼみの底で、橈骨動脈の拍動を触れることができる。

[嶋井和世]

動物の手

脊椎(せきつい)動物の前肢末端部分をいう。物をつかむ機能をもっている霊長類について用いられる語であるが、他の動物に用いられる場合は、やや擬人化した意味でこの部分をよぶ。上腕・下腕部を除いた手首・手のひら・指からなり、それぞれ腕骨・掌骨・指骨を含み、複雑な筋肉が発達している。動物の種類によって手の解剖学的構造に多くの変化がみられる。たとえば、樹上生活を営むものでは手が発達し、指が長く、先端部を保護するつめが伸びている。コウモリでは第1指(親指)に鉤(かぎ)づめがあり、他の指は長く伸び、それらの間に飛膜が発達している。ウマでは第3指骨だけが非常に発達している。クジラやオットセイの手は、水中生活に適応して退化し、魚類のひれに似た形になっている。魚類のひれと哺乳(ほにゅう)類の手は相同器官である。

[川島誠一郎]

手の象徴的意味

手が宗教的観念と関連して象徴的意味をもつ現象は広くみられる。霊的存在への訴えとして手を伸ばす、打つ、指を特定の型に組む(密教の印相など)などの動作をとることが多い。妖術(ようじゅつ)師が手で触れ、指示し、凝視することにより生じる危害や凶眼から身を守る目的で指を組んで対抗する、などの慣行も広くみられる。何かを手に握って生まれた子供が特別な能力をもつとする文化も多い。岩の手形状のくぼみを役小角(えんのおづぬ)、弘法大師(こうぼうだいし)、諏訪(すわ)信仰、雷神、弁慶などと関係づけるなどの説話がある。

 人体の他の部分から切り離した手だけを描写して、特定の宗教的意味をもたせた最古の例は、エジプト新王国イクナートンの改革宗教で主神アトンを象徴した太陽光線先端の手であろう。ユダヤ・キリスト教では、紀元前2世紀の成立とされる『旧約聖書』「ダニエル書」5章の「運命を予告する手」をはじめとして、偶像的表現を避ける目的で手だけで最高神を表現する文化的伝統が形成された。ユダヤ・キリスト教美術史上の「神を表す手」は、アルサケス朝パルティアの宗教美術の影響を受けた3世紀のメソポタミア(ドゥラ・エウロポス遺跡)で確認され、中世キリスト教絵画に繰り返し用いられた。4~5世紀以降には按手礼(あんしゅれい)がキリスト教の秘蹟(ひせき)とされ、この文化的伝統での手の特別な意味が確立した。聖書の上に手を置いて誓約するキリスト教の慣行、指を伸ばした手形を建物、とくに戸口の上部につけて妖術的危害の侵入を防ぐなどのアジア・環地中海地域の風習はこの伝統と関連する。

 右手を神聖かつ有力で幸運な手とみなし、左手を劣位、不浄視する「右手の優越」現象は、手の象徴主義の重要テーマである。アジアの多くの地域では、排泄物(はいせつぶつ)処理に左手を用いる習慣とも結び付き、とくにこの原則を重視する。台湾の高砂(たかさご)族の右手(右肩)の優越はよく知られている。中世南インド(タミル地方)では、王国内の職業集団を都市手工業者を中心とする左手群と、農業経営者を中心とする右手群に二分する制度が発達し、祭礼時の2群の衝突事件と王権による事件調停の記録が古くからある。ただし、右手の武装を暗示する左手での握手の敵対性は右手の優越以外からも説明できる、などの問題もある。

[佐々木明]

『R・エルツ著、吉田禎吾他訳『右手の優越』(1980・垣内出版)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「手」の意味・わかりやすい解説


日本音楽用語。楽器を手で弾いたり,打鳴らしたりすることから,声の旋律 (節) や語りに対し,楽器の旋律をいう。さらに各種の楽器の演奏技法,それに伴う旋律型・リズム型について用いられる。歌と歌の間の間奏部分を特に「合の手」というが,それが発展し長くなったものを地歌では「手事」という。また声楽パートの作曲を「節付」というのに対し,楽器パートの作曲を「手付」といい,1曲における原旋律を「本手」というのに対し,合奏のためそれを装飾変奏したパートを「替手」という。三味線組歌では最古の七曲を「本手組」といい,その様式を脱して作られた曲群を「破手組」という。一般に,歌より器楽に比重のある曲は「手のもの」「手もの」に分類され,「うたいもの」に対する。そのほか,能では打楽器の打拍とかけ声の一定の組合せ (リズム型) を「手組」という。

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百科事典マイペディア 「手」の意味・わかりやすい解説

手【て】

上肢全体を意味することもあるが,普通は上腕と前腕を除いた末端部をさす。手根(しゅこん)(手首),中手(ちゅうしゅ)およびからなる。中手の腹面を手掌(しゅしょう)(手のひら),背面を手背(しゅはい)(手の甲)と呼ぶ。8個の手根骨,5個の中手骨,14個の指骨(親指は2個,他の指は3個)が基本をつくるが,これらを動かす筋肉の主体は前腕にあって,長い腱(けん)だけが手に入り,おもに母指および小指に関係する少数の筋だけが手にある。指の末節腹面と手掌の皮膚紋理は著明で,指紋掌紋と呼ばれる。

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デジタル大辞泉プラス 「手」の解説

錦鯉の飼育用語のひとつ。胸鰭をさす。「腕」「手鰭」などともいう。

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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【手形】より

…手形は一定の金額の支払を目的として発行される有価証券である。手形という語は古くは一般に証書・証文をさしていたが,これは証書類に署名に代えて手指を押捺(おうなつ)する風習に由来するといわれる。…

【道具】より

…人間が特定の目的を実現しようとする場合,媒介として用いる物的な手段をいう。この意味での〈道具〉の語は室町時代以後の日本語で,それ以前や中国の漢語では仏教で用いる器具を指した。…

【一節切】より

…また中村宗三著《糸竹初心集》(1664),村田宗清著《洞簫曲(どうしようのきよく)》(1669),著者不明《紙鳶(いかのぼり)》(1687,《糸竹大全》に収められている)の3種の入門独習書の出版が見られ,当時の一節切の流行を物語っている。それらを見ると,17世紀前半までの一節切の音楽は独奏曲(これを〈手〉という)が主体であったが,17世紀後半には流行歌(はやりうた)・踊り歌の伴奏や箏・三味線との合奏(これらを〈乱曲〉という)が盛んになったことがわかる。 しかし,流行は長くは続かず,18世紀に入るとほとんど吹かれなくなる。…

【フシ(節)】より

…この単位は,規模は大小さまざまだし,旋律の形も半ば固定しているものと,大まかな枠組みのみあって細部の変化が著しいものとがある。また,フシは〈〉の対概念として説明されるものでありながら,近世邦楽におけるこの意味でのフシは,手と一体といってもよいほど,密接な関係にある。義太夫節では,地合(じあい)の進行に小段落をもたらすフシ落チという型を,丸本では単にフシと表記するほか,〈ハルフシ〉〈フシハル〉〈本ブシ〉など特定の旋律を表す語がある。…

※「手」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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