循環不全時の肝障害

内科学 第10版 「循環不全時の肝障害」の解説

循環不全時の肝障害(肝・胆道の疾患)

定義・概念
 肝臓は体内で最大の内臓器官の1つであり,心拍出量の約25%が供給されている.肝実質への血液供給の20~25%は肝動脈経由で,75~80%は門脈系を介している.循環不全時には,これらの肝血流が低下して低酸素状態になることにより,虚血性の肝障害を生じる.また,うっ血性心不全などに伴い肝静脈還流が障害されると肝うっ血をきたす.これらの肝循環動態の変化に伴う肝細胞傷害は,いずれも肝小葉内で血行下流に位置する小葉中心部(zone 3)を中心に生じる.各種のショック状態に代表される急性循環不全に伴う肝障害を,虚血性肝炎(ischemic hepatitis),低酸素性肝炎(hypoxic hepatitis),急性肝梗塞(acute liver infarction),ないしショック肝(shock liver)という.また,肝移植後の肝動脈閉塞などにより胆管の虚血性障害が生じることが広く認知されるようになり,このような胆管病変は虚血性胆管障害(ischemic cholangiopathy)とよばれる.一方,肝うっ血による肝障害をうっ血性肝障害(congestive hepatophathy)とよび,この状態が慢性的に持続することによりうっ血性肝硬変(congestive liver cirrhosis)に至る.長期にわたるうっ血性心不全による肝硬変は心臓性肝硬変(cardiac cirrhosis)ともよばれているが,弁膜症や収縮性心膜炎などの外科的治療が普及した現在,頻度は低下している.
原因・病因
 虚血性肝障害のおもな原因を表9-17-1に示す.一般的には虚血性肝炎は各種のショック状態(心原性,出血性,敗血症性など)で一時的に著明な血圧低下があった後,循環動態が回復した際にみられる.また,肝動脈血流低下の原因としては,血管炎などの全身性疾患や腹部大動脈瘤,医原性(肝動脈塞栓術,肝臓外科手術)などもある.低酸素を生じる原因としては,循環動態の変化以外にも種々の呼吸器疾患があげられるが,組織傷害には低酸素自体より再酸素化の関与が大きいことに加え,慢性的な低酸素状態では組織の順応も生じるため,窒息を除き呼吸器疾患単独による低酸素性肝障害は比較的まれである.しかしながら,呼吸器疾患は虚血性肝障害の重症化リスク因子として重要である.虚血性胆管障害は肝移植術や部分肝切除術,胆道系手術などの術後肝障害としてみられることが多いが,虚血性肝炎でも特に黄疸遷延例の病態一端を担っている可能性がある.
 一方,右心不全などにより心臓への静脈環流が障害されると,うっ血性肝障害を生じる(表9-17-2).慢性的な肝うっ血は肝機能低下および肝線維化を惹起し,うっ血性肝硬変に至る.急性の虚血性病変とうっ血性病変は典型例では二分されるが,両者が混在した病態もしばしば観察される.また,慢性うっ血性肝障害に急性の虚血性病変が重なるといわゆるacute on chronic(急性増悪)の病態を呈し,重症化しうることが知られている.
病理
 虚血性肝障害は病理学的には小葉中心部(zone 3)優位の肝細胞壊死が主体で,その極急性期の組織像では炎症細胞浸潤はほとんどないかあっても極軽微であるが,経過とともに好中球を主体とした炎症細胞浸潤を認める.また,基礎疾患としての慢性肝疾患がない限り,線維化は認めない.虚血性胆管障害は中等大以上の胆管に硬化性病変をきたし,通常の肝生検で観察可能な小ないし細胆管レベルでは変化をとらえにくいことが多い.うっ血性の変化がある場合は,肝臓は著しく腫大し,辺縁は鈍化するが,肝表面は平滑である(図9-17-1A).割面は小葉中心部のうっ血や出血による赤色調の部位と門脈域周辺の脂肪化に伴う黄色調の部位のコントラストにより斑紋状の外観を呈し,ニクズク肝(nutmeg liver)とよばれる(図9-17-1B).病理組織像では拡張した類洞腔に血液うっ滞がみられ(図9-17-1C),慢性のうっ血肝では種々の程度の肝線維化を認める.
病態生理
 肝臓は肝動脈と門脈の双方から豊富な血流が供給されており,これらは合流して肝類洞を灌流した後,肝静脈から下大静脈へと戻る.肝臓にはこのような二重の血流支配が存在するため完全な虚血状態には陥りにくいが,肝動脈と門脈では酸素分圧が大きく異なるため,肝動脈血流の保持は肝移植などの肝臓外科手術においてもきわめて重視される.殊に心原性ショックのように心拍出低下が顕著かつ持続する際には虚血性の肝障害(虚血性肝炎;ischemic hepatitis)を生じる.肝虚血状態下では,肝細胞でのレドックス変化やミトコンドリア機能障害などによるATP枯渇をきたし,また類洞内皮細胞の障害が惹起される.肝実質の障害は虚血そのものよりも再灌流時に増悪し,このような組織障害のことを虚血-再灌流障害(ischemia-reperfusion injury)ないし低酸素-再酸素化障害(hypoxia-reoxygenation injury)という.そのメカニズムとしては,低酸素状態から再酸素化される際に肝細胞でのラジカル産生が増加することに加え,肝類洞内皮細胞の障害に伴う微小循環障害や,肝マクロファージ(Kupffer細胞)の活性化に伴う炎症性サイトカイン誘導・ラジカル産生などが複合的に関与しているものと考えられている.
 上述の通り肝実質が二重の血行支配を受けているのに対し,胆道系は肝動脈からの血行のみで供給されているため,虚血性変化に対して脆弱である.純粋な虚血性胆管障害のほとんどは医原性に生じており,その典型像は脳死肝移植後の合併症としてみられる. 一方,右心不全に伴う肝うっ血では,zone 3の類洞内圧が上昇することにより,肝細胞の圧排,萎縮,壊死が生じる.また,類洞血流が停滞することによりzone 3の低酸素状態が増強され,肝細胞障害に加えて炎症性変化・類洞周囲線維化が徐々に進展する.さらに類洞内圧の上昇に伴い,類洞内皮細胞の小孔(fenestra)が開大し,Disse腔を介して高蛋白濃度の細胞間液が流入することで,蛋白濃度が比較的高く血清-腹水アルブミン格差の低い腹水を生じる.
臨床症状
 急性循環不全では,それに伴う全身症状が著しく,肝臓に特異的な臨床症状はとらえにくいことが多い.虚血性肝炎を生じている際に意識障害を含む種々の精神神経症状を伴うことはしばしばあるが,虚血性肝障害で急性肝不全に至るものは約6%であり,肝性脳症を生じることはむしろ一般的ではないと考えられている.一方,うっ血肝では肝腫大が著明で,腹部触診では右季肋部および心窩部で拍動性の肝臓を触知可能なことが多い.また,肝被膜伸展による右季肋部痛を訴えることがある.右心不全に伴い頸静脈怒張や下肢浮腫を生じ,典型例では肝頸静脈逆流現象(hepato-jugular reflux)が観察される.重症例ではこれらの症候に加えて腹水貯留による腹部膨満や門脈圧亢進症状(側副血行路の発達や脾腫)を認める.
検査成績
 急性循環不全を生じた後,肝細胞傷害を反映して血清AST・ALTおよびLDHの急峻な上昇を認める.血清トランスアミナーゼ値は極初期にはAST優位,その後はALT優位に上昇し,虚血のイベントから1~3日遅れてピークに達する.ビリルビン値の上昇はさらに5~10日遅れることが多い.重症例では肝臓での蛋白合成能低下を反映してプロトロンビン時間(prothrombin time:PT)が延長する.一方,虚血性胆管障害では胆道系酵素(γ-GTPおよびALP)の上昇が優位であり,直接ビリルビン優位の黄疸を呈するが,トランスアミナーゼ値は軽度の上昇に留まる.
 うっ血性肝障害では血清トランスアミナーゼ値の上昇は軽度で,AST優位のことが多い.また,LDH値の上昇が顕著である例が多い.超音波検査では拡張した下大静脈および肝静脈が観察され,典型例ではドプラ超音波で肝静脈血流の逆流が検出される.また,CTおよびMRIではニクズク肝に相当する不均一な肝実質像が認められることがある.肝静脈カテーテル検査では肝静脈圧較差(hepatic venous pressure gradient:HVPG)測定が病態把握の点で有意義であり,経カテーテル的に肝生検も行われる(transjugular biopsy).
診断・鑑別診断
 先行する虚血イベントが明らかで,急激な血清トランスアミナーゼ値およびLDH値の増加を認めれば虚血性肝障害と診断される.ただし,基礎疾患の状況ないしショックなどのイベントにより多臓器障害を合併していることも少なくないため,これらの血清酵素の変化がすべて肝臓由来とは限らない点は注意を要する.特にAST優位のトランスアミナーゼ上昇に際しては,横紋筋融解や心筋由来の可能性も考慮する必要がある.また,肝機能低下の指標としてはプロトロンビン時間(PT)が汎用されるが,DIC合併との鑑別がときとして難しい.うっ血肝は右心不全による全身性のうっ血症状および肝腫大,門脈圧亢進症候などに加え,腹部超音波検査での肝静脈拡張,肝静脈逆流現象などから診断される.
治療・経過・予後
 虚血性肝障害に関しては,血圧低下や低酸素などのイベントを未然に防ぐことが最大の防止策である.また,発症後は極力速やかに循環動態を改善し安定化させることが最も重要である.特に,虚血状態が断続的に反復すると重症化し肝不全に陥るリスクが高まるので注意が必要である.一般的には,虚血が一過性のイベントで,かつ先行する慢性肝疾患がない状況では,保存的治療のみで軽快するが,重症化例では急性肝不全に準じた集学的治療を要する.なお,肝臓手術などに伴う阻血再灌流障害に対しては,予防策として種々のischemic preconditioningが試みられている. うっ血性肝障害も原疾患の治療が優先されるが,困難なことも多く,肝硬変への進行例では利尿薬,腹水穿刺などによる腹水コントロールが必要になる.経頸静脈的肝内門脈肝静脈シャント形成術(transjugular intrahepatic portosystemic shunt:TIPS)は禁忌とされる.予後は原疾患の状態によるが,一般的に肝不全死は少ない.[池嶋健一・渡辺純夫]
■文献
Fuhmann V, Jager B, et al: Hypoxic hepatitis–epidemiology, pathophysiology and clinical management. Wien Klin Wochenschr, 122: 129-139, 2010.
Munoz SJ, Fenkel JM, et al: The liver in circulatory failure. In Schiff’s Diseases of the Liver, 11th ed (Shiff ER, Maddrey WC, et al eds), Wiley-Blackwell, Oxford, 2012.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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