デジタル大辞泉
「徒」の意味・読み・例文・類語
ず〔ヅ〕【▽徒】
律の五刑の一。今の懲役刑にあたる。1年から3年まで半年ごとの五等級があり、流より軽く、杖より重い刑。徒罪。徒刑。
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あだ【徒】
〘形動〙 表面だけで、実のないさま。まれに「の」を伴う
用法もある。
① 空虚なさま。むだなさま。実を結ばないさま。
※
古今(905‐914)物名・四六七「の
ちまきのおくれて生
(お)ふる苗なれどあだにはならぬたのみとぞきく〈
大江千里〉」
② 一時的でかりそめなさま。はかなくもろいさま。
※古今(905‐914)
哀傷・八六〇「露をなどあだなる物と思ひけむわが身も
くさにおかぬばかりを〈藤原惟幹〉」
※
徒然草(1331頃)一三七「あだなる契をかこち、長き夜をひとり明かし」
③ いいかげんでおろそかなさま。粗略なさま。
※
源氏(1001‐14頃)葵「たしかに、御枕がみに参らすべき、祝ひの物に侍る。あなかしこ、あだにな」
※浮世草子・好色一代男(1682)六「中にも今にわすれねば、かく置所までをうず高く、仮にも化(アダ)には思はず」
④ 浮薄なさま。不誠実で浮気っぽいさま。
※古今(905‐914)
仮名序「いまの世中、色につき、人の
こころ、花になりにけるより、あだなるうた、はかなき事のみいでくれば」
[語誌]「徒」との
同音語のうち、「
仇討ち」など「自分に害を加えるもの・敵」の意の「あだ(仇)」は
上代から使われているが、古くは清音で「徒」とは別語。また、「
あだ名」の「あだ」は、「徒」と同源かともいわれるが、「別、他」の意である。
あだ‐げ
〘形動〙
と【徒】
〘名〙
① なかま。ともがら。同類。〔文明本節用集(室町中)〕
※随筆・
胆大小心録(1808)一四「兄と云ふ人来たりて、我が徒にむかひ、恩を謝して」 〔論語‐先進〕
② 益のないこと。無駄。むなしいこと。徒労。〔論語‐陽貨〕
③ 五刑の一つ。罪人を労役に服させること。徒罪。→
徒(ず)。〔
新唐書‐刑法志〕
かし【徒】
〘名〙 「かち(徒)」の上代東国方言。
※万葉(8C後)二〇・四四一七「赤駒(あかごま)を山野に放(はか)し捕りかにて多摩の横山加志(カシ)ゆか遣らむ」
あだ・く【徒】
〘自カ下二〙 (「あだ(徒)」を活用させた語か) うわつく。浮気めく。浮気っぽい様子である。
※源氏(1001‐14頃)朝顔「くやしき事の多かるかな。まいて、うちあだけすきたる人の、年積り行くままに、いかに、くやしきこと多からむ」
あだ・う あだふ【徒】
〘自ハ下二〙 ふざけたわむれる。いたずらをする。
※
紫式部日記(1010頃か)寛弘五年一〇月一七日「若やかなる人こそ物のほど知らぬやうにあだへたるも罪許さるれ」
ず ヅ【徒】
〘名〙 律の五罪の一つ。懲役刑で、一年から三年まで半年ごとの五等級に分かれる。徒刑。徒罪。〔律(718)〕
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
徒
ず
大宝,養老律における五刑の一種。鉄製,あるいは木製の首かせを着して使役する刑。その期間は1年から3年に及んだ。律令制においては,徒刑以上の刑は,特に慎重な執行が望まれており,上訴についても特別な規定がある。平安期以降,検非違使の庁例時代になると次第にその期間が延長される傾向が生じ,私鋳銭犯のごときは無期徒刑に処された。明治初年の刑法典である『仮刑律』『新律綱領』には正刑の一つとして採用されている。 1873年の『改定律例』においてそれにかわり懲役が行われることとなった。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
徒
ず
徒罪・徒刑とも。律の五罪の一つ。流(る)より軽く杖(じょう)より重い刑。所定の期間を労役に服させる刑罰で,現在の懲役刑にあたる。徒1年から徒3年までの5等がある。徒の執行は,畿外では国司がその地の労役にあて,畿内では囚獄司が京中の道路・橋梁の修繕,宮城四面の掃除,宮内の穢汚および厠溝の処理などの労役にあてた。
徒
かち
徒士・歩行とも。近世,下級武士の一身分。本来の武士身分が御目見以上の馬上の身分をさすのに対し,徒は御目見以下で騎乗を許されない軽格の武士である。江戸では足軽以下の武家奉公人と同様に,人宿(ひとやど)などから雇用される存在でもあった。本来の武士身分と足軽以下の奉公人の中間に位置するといえる。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
世界大百科事典(旧版)内の徒の言及
【懲役】より
… 日本における懲役の語は,西洋法を参照にした1872年の懲役法において,明治新政府下の仮刑律(1868),新律綱領(1870)に定められた5刑のうちの笞・杖に代わる短期自由刑として,まず用いられた。翌年には,旧幕期以来の伝統をもつ受刑者使役刑たる徒刑を執行する場所である徒場を懲役場と名称を変更し,同年の改定律例は,刑名としても徒,流を懲役に変え,終身懲役をも定めた。この懲役が,初の本格的な西洋法の継受である1880年の(旧)刑法では,島地発遣刑の徒・流などとともに,内地の懲役場で定役に服す重罪刑として規定され,刑期によって重懲役(9~11年)と軽懲役(6~8年)に分けられた。…
【中国法】より
…さらに法制の背景をなす社会構造も根本から異なっているので,もし律令という名を共通にするという理由で,両者の社会を等質とみなそうとするならば,大きな過誤に陥るおそれがある。[律令格式] 唐律に定める刑罰に五等あり,これを五刑と称するが古代の肉刑の五等とは異なり,笞・杖・徒・流・死をいう。笞も杖も背を鞭打つ刑であるが,竹または木をもってつくり,笞は細く杖は太い。…
【懲役】より
… 日本における懲役の語は,西洋法を参照にした1872年の懲役法において,明治新政府下の仮刑律(1868),新律綱領(1870)に定められた5刑のうちの笞・杖に代わる短期自由刑として,まず用いられた。翌年には,旧幕期以来の伝統をもつ受刑者使役刑たる徒刑を執行する場所である徒場を懲役場と名称を変更し,同年の改定律例は,刑名としても徒,流を懲役に変え,終身懲役をも定めた。この懲役が,初の本格的な西洋法の継受である1880年の(旧)刑法では,島地発遣刑の徒・流などとともに,内地の懲役場で定役に服す重罪刑として規定され,刑期によって重懲役(9~11年)と軽懲役(6~8年)に分けられた。…
※「徒」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」