デジタル大辞泉 「奇跡」の意味・読み・例文・類語
き‐せき【奇跡/奇×蹟】
2 キリスト教など、宗教で、神の超自然的な働きによって起こる不思議な現象。
[補説]作品名別項。→奇跡
[類語]異変・珍事・変事・ハプニング・非常・緊急・急難・事変・現象・事象
翻訳|miracle
一般に宗教現象としての奇跡(奇蹟)は,宗教への帰依・入信の機会や動機となるような異常なできごとを意味する。洋の東西,古今を問わず,教祖,高僧,宗教的天才の生涯は不治と思われた疾患を即座に治癒したり,未来あるいは遠方のできごとを手にとるようにいいあてるなど,人間の通常の能力をはるかに超え,既知の自然法則では説明できない不思議な事跡でちりばめられているのが常である。しかし奇跡がとくに大きな問題として取りあげられるのはキリスト教においてである。その理由はキリスト教がイエス・キリストの福音と奇跡との密接な結びつきを主張し,またキリスト教はたえず高度に発達した哲学や科学と接触を保ってきたため,奇跡の本質や可能性が厳しく問われざるをえなかったからである。
神学的概念としての奇跡は,宗教的状況のなかで,神自身によって超自然的な徴しとして生ぜしめられる,何人にも知覚されうる驚くべきできごと,と定義できる。〈宗教的状況のなかで〉というのは,たとえばイエスによる病者の治癒は単なる医術や魔術ではなく,みずからがもたらした使信の真実性を示し,目撃者を信仰や悔い改めへとうながすためであったように,奇跡はつねに宗教的背景を前提するということである。〈神自身によって超自然的な徴(しる)しとして生ぜしめられる〉とは,奇跡は人の心を貫き通して日常的な経験世界の奥深く働いている神の摂理を認めさせる強烈な光であるから,その作者は神自身であり,それが徴しとして指し示しているのも自然的秩序を超越する神の業(わざ)であることを意味する。〈何人にも知覚されうる驚くべきできごと〉というのは,奇跡が本来人々を歴史や経験の世界に埋没している状態から脱出させるための呼びかけであるかぎり,それは直接に感覚に訴えかけるものでなければならず,また人々をゆり動かして経験世界からの超越を実現させるほどの衝撃的な異常性をそなえているべきことを意味する。したがってカトリック教会の〈聖体の秘跡〉においてパンとブドウ酒がキリストの体と血に変化するとされるのは,信仰によってのみ認識されることであるから,〈信仰の奇跡〉と呼ばれることはあるが,ふつうの意味の奇跡ではない。また〈驚くべき〉〈異常性〉といわれることの程度に関してはいろいろな論議があるが,奇跡において本質的なのは現象の異常さではなく,むしろそれによって指示されている神の救いの業の偉大さと不思議さであることを忘れてはならない。奇跡否定論者は,奇跡は自然秩序の破壊を意味し,科学的に不可能であるのみでなく,神がみずから創造した世界の秩序を無視することであって不条理であると論ずるが,じっさいには奇跡において自然はそれに通常ふりあてられている限られた役割を超えて,救いの歴史というより高い次元に包みこまれ,新しい役割を授けられるのであるから,自然の破壊ではなくむしろ完成である。
奇跡の歴史についてのべるさいには,まず聖書において語られているもろもろの奇跡にふれなければならない。それらは〈徴しと不思議〉〈偉大な業〉などと呼ばれ,その多くはイスラエルの歴史の重大な時期に集中していて,奇跡が神の救いの業と結びついていることを示している。イエスが行った多くの奇跡は彼のもたらした福音から切り離せないもので,とくにその復活は救いの歴史の全体を理解するための鍵であり,最大の奇跡である。使徒時代以後においては,奇跡は聖人たちの聖性についての神的保証とみなされることが多く,教会法のうちには奇跡の真偽認定のための手続が規定されている。近代におけるもっとも有名な奇跡は1858年南フランス,ルルドにおける少女ベルナデットBernadetteへの聖母マリアの出現と,その出現場所に湧出した泉による難病治癒である。1882年以降常設の医局が調査に当たっているが,1903年巡礼団付医師としてルルドを訪れ,みずから診察した瀕死の患者の奇跡的な治癒を目撃したA.カレル(1912年ノーベル医学賞受賞)によって厳密な科学的研究への道が開かれた。カトリック教会は数次にわたる調査の結果,1923年にはじめて聖母出現を公式に事実として認め,33年にベルナデットを列聖し,治癒事例のうち比較的少数のものを奇跡と認定した。
執筆者:稲垣 良典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…そして救いの状態に先立ち,できごととしての性格があざやかであることも大きな特徴である。それはまず第1に抑圧からの解放,戦争での勝利であり,これらは神が歴史に関与して起こったこととして,しばしば奇跡とみなされた。出エジプトのときの紅海の奇跡(《出エジプト記》15)は,神が創造にさいし原初の海を治めたことに比せられている。…
※「奇跡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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