精選版 日本国語大辞典 「前線」の意味・読み・例文・類語
ぜん‐せん【前線】
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翻訳|front
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密度の大きい(冷たい)気団と、密度の小さい(暖かい)気団との境界を、前面または前線面とよぶが、これが地表面などと交わってできる線を前線という。気団と前線、低気圧の概念は1930年代にノルウェーの気象学者J・A・B・ビャークネスらのノルウェー学派によって体系づけられ、それ以来この概念は天気解析に不可欠となっている。
二つの気団の境界では、密度の大きい気団は密度の小さい気団の下に潜り込もうとするが、地球表面上ではコリオリの力と遠心力が働くので、前面は地表面に対して水平になることはなく傾きをもっている。この傾きは、温暖前線で約150分の1、寒冷前線で約50分の1と、前線の種類によって異なるが、一般に両気団の温度差が小さいか、風速の前線に平行な成分の差が大きいほど、また、高い緯度にある前線ほど傾く度合いは大きくなる。前面は幾何学的な面ではなく、そこで両気団が混じり合い、厚さ数キロメートル程度の転移層となっているので、前線も数百キロメートル程度の幅をもっている。この幅をもった帯状の領域を前線帯とよぶ。天気図上で前線は、この前線帯の暖気団側に引かれる。前線を横切って気温が不連続に変わるが、風向、風速、気圧、露点温度なども不連続に変わり悪天域を伴うことが多いことなどから、天気変化に重要な意味をもつ。
[饒村 曜]
前線帯には次の2通りの意味がある。
(1)気象学的前線帯 前述のように二つの気団の転移層が地表面と交わってできる帯状の領域。
(2)気候学的前線帯 気候学的に前線ができやすい地帯。
北半球では北極前線帯、寒冷前線帯などがある。このうち、普通、前線帯というと(2)をさす。冬季はアジア大陸東岸、アメリカ大陸東岸、地中海などが、夏季は全体として北に移動し、ロシア北東部、カナダ、北ヨーロッパが前線帯となる( )。
[饒村 曜]
前線は普通それに関連する気団の運動によって、(1)寒気団が暖気団を押しのけて進む寒冷前線、(2)寒気団が退き暖気団が進む温暖前線、(3)先行する温暖前線に後続の寒冷前線が追い付き、追い越すときにできる閉塞(へいそく)前線、(4)両気団ともほとんど動かない停滞前線、に分けられる。
また、前線が発生する緯度によって、極前線、寒帯前線、赤道前線に分けられるが、このうち赤道前線は、性質のほとんど同じ気団の境界にでき、前線本来の性質はもっていない。北(南)極前線、寒帯前線のように、地球規模の大気大循環に現れる前線を主要前線とよぶが、熱帯内収束帯をこれに加えることもある。
前線には、その動きの状況によって次のような名称をもつものもある。
(1)滑昇前線 前面に沿って暖気がはい上る動きの活発な前線で、アナフロントanafrontともいう。優勢な上昇気流のため前線が活動的で、背の高い対流性の雲や強い降水を伴うことが多い。
(2)滑降前線 前面に沿って暖気が下降している前線で、カタフロントkatafrontともいう。前線は活動的でなく、雲もあまり発達せず降水も弱い。
(3)隠れ前線 局地的な影響などのため、地上の観測ではわかりにくい前線。マスクドフロントmaskedfrontともいう。活発な前線はこのような局地効果を破るため、隠れ前線はできにくい。
(4)二次前線 同一気団内に生ずる前線で、同一気団の変質過程の相違によってできる。たとえば、発達した低気圧に伴う寒冷前線の後面の寒気内では、沈降昇温した空気と水平運動をしていた空気との間には温度差が生じ、二次前線ができやすい。
(5)季節前線 地図などの上に、ある現象がみられる時刻、日、期間などを結んだ線を等発現線というが、この線は天気図でみられる前線の移動に似ているので季節前線とよばれることがある。サクラの開花日を結んだ桜前線、紅葉日を結んだ紅葉前線は季節前線の一種であり、気象学上、気候学上の前線とは異なる。
(6)スモッグ前線 スモッグの濃度の高い地域の縁辺での前線。いわゆる前線とは異なるが、スモッグの発生源が海岸地方にあるとき、スモッグは海陸風に運ばれて移動するため、海陸風前線に対応することが多い。
[饒村 曜]
前線が新たに発生または強化される過程をフロントジェネシスfrontogenesisという。大気下層の流れの場が、冷たい空気と暖かい空気が集まってくるなど、等温線が混んでくる場合におこる。ある程度、等温線が混んでくると上空に上昇気流を生ずるようになり、下層の収束が増して等温線がさらに集中して前線が強化される。このとき、上層の状態が上昇気流を抑えるような場合であれば前線は強化されない。フロントジェネシスのおきやすい地域は、気候学的前線帯でもある。
前線が弱まるか、消滅する過程をフロントリシスfrontolysisという。前線の両側の気団が変質によって温度差がなくなる場合や、上空の状態が下降気流となり、前線に伴う上昇気流が抑えられて前線としての性質を維持できなくなる場合におこる。
[饒村 曜]
中緯度および高緯度の低気圧(温帯低気圧)は、ほとんど寒帯前線上で発生している。その典型的な発達状態を示すと次のようになる( )。
(1)初めにほぼ東西に延びる停滞前線が形成され、前線の南側の暖気団では西風、寒気団では東風もしくは暖気団の西風より弱い西風が吹いている。
(2)前線上の一部で気圧が下がり低気圧が形成され、前線が波を打ち始める。東側の前線は暖気が寒気を押しのけて進むため温暖前線、西側は寒気が暖気を押しのけて進むため寒冷前線となる。
(3)低気圧の中心気圧の降下につれ前線の波状も大きくなる。寒冷前線は温暖前線より早く進むため、中心付近に形成された暖域はしだいに狭くなる。
(4)低気圧の中心付近では、寒冷前線は温暖前線に追い付き、閉塞前線ができ、暖域の空気を地上から締め出して上空に押し上げ、地表は寒気だけの渦巻となる。気圧の降下は止まり、低気圧はしだいに衰える。この種の低気圧は同じ前線上に数日間隔で次々と発生、発達し、その間に数千キロメートルも移動する。発生から衰弱に至るまで3~4の低気圧が一つの集団をつくることがあり、これを低気圧家族という。
低気圧の発達をモデル的に示すと、初め前線を挟んで水平方向に並んでいた寒暖両気団が、最後は寒気団が下、暖気団が上になる。この場合、全体の重心が下がることから、全体の位置エネルギーは減少する。この減少分が運動エネルギーに変わり、低気圧の風のエネルギーとなる(
)。寒帯前線など大規模な前線系は、上空のジェット気流と密接な関係をもっている。ジェット気流は地表面の前線とほぼ平行に走っているが、前線上で発生した低気圧が閉塞すると、閉塞点の上空を通るようになる。
天気図や断面図上で前線の位置や運動、発生・解消状況、活動と天気状態などを分析・総合することを前線解析というが、この解析は気団分析と表裏一体をなしている。
[饒村 曜]
密度が異なる二つの気流の間に境界が維持されるとき,この境界を前線という。寒帯気団と熱帯気団の境界部をなす前線は1000km以上の長さをもつ大規模なもので寒帯前線と呼ばれる。前線は平らな境界でなくて,厚さ1.5km程度の転移層で,二つの気団の温度差(密度差のかわりに温度差を使うことにする)は転移層内で最も著しい(図1参照)。このため前線は前線層や前線帯とも呼ばれる。厳密には転移層の暖気側の面を前線面(または前面),前線面と地面との交線を前線と定義する。図1は冬の寒帯前線の代表的な構造を南北方向の鉛直断面で表している。前線は高さとともに寒気側に傾く。その傾斜は緩く,1/100程度だが,気圧分布のこう配あるいは等圧面の傾きに比べるとずっと大きい。暖かい空気が完全に上方に移ってしまわないで,寒暖両気がある傾斜で隣り合って平衡を保つのが前線の特徴である。
図1を見ると,前線の右に暖気,左に寒気があり,軽い暖気は左上方に移り,寒気は右下方に移動し,平らに重なろうとする。この動きを浮力による循環と呼んでおこう。実線は紙面の表から見て背後に向かう西風の強さの分布である。暖気側の西風は前線の左および下方の寒気側の西風に比べて,水平に見ても上下に見ても強い。相対的には前線を境にして右および上方に西風,左および下方の寒気内に東風があるのと同等である。こうした水平または上下の風のずれを,北半球では低気圧性のずれ,または回転という。この前線の周りの水平運動に働くコリオリの力は,相対的には暖気側で図面に向かって右へ,寒気側では左へ向かうので,浮力による循環と逆向きで,これにつりあうように作用する。この逆循環の大きさは前線の両側の風速差に比例する。つりあいが成り立つように風が吹くと,そこで前線の傾きが定まる。図1は平衡の状態のときの前線と風の分布で,前線の両側の気流が前線をはさんである大きさの低気圧性のずれ(または回転)をもつことが前線存在の必要条件となる。天気図上に前線が位置づけられている所は,水平の温度差が大きいと同時に両側の風のずれが低気圧性になっている。低気圧性の風のずれや回転のない高気圧の中には前線はない。同様に赤道とその近くにも前線概念を適用できない。そこでは温度差が小さいと同時に水平方向に作用するコリオリの力がゼロかそれに近いためである。熱帯では出発点が異なる気流の会合する地帯を前線のかわりに熱帯収束帯と呼ぶ。多くの場合,それは北半球の貿易風と南半球の貿易風の会合である。
これまでは平衡状態の前線のあるべき構造を論じたが,実際は寒暖両気はさまざまに運動している。そのため水平の温度差は変わり,それに応じて新しい平衡に向かう運動が起きている。ここで前線の形成を考えてみる。寒暖両気の境界形成に都合のよい場合は,両気流が図2のように会合するときであろう。南から暖気,北から寒気が進み,図の東西軸で会合し,両気流は西方と東方に向きを変えて流れてゆく。このとき南北の温度差は東西線に沿って極大になる。ここで浮力による循環が起こる。同時に南北の温度差は上空に西風の流れをつくるので,図の破線に沿って矢印の方向の流れが上空にできる。流れのパターンが図の実線のようなときは,寒気側では上空の流れによって高気圧性の流れが西から東の方向へ流され,下降流ができる。暖気側では低気圧性の流れが西から東に流されて上昇運動が誘起されるから,結果として浮力による循環は助長される。この循環から上層では暖気が北へ向かい,下層で寒気が南下し,境界面は寒気側へ傾いてゆく。こうして生まれた北向き,南向きの流れにコリオリの力が作用し,前線の上方で西風が増し,下方で相対的に東風が強まってゆく。前線を境にして強まった相対的な西風と東風に対するコリオリの力は浮力による循環と逆向きで,両者の均衡が前線の傾斜を定めることは前に論じた。このように前線のできはじめから平衡に到達するのには,上下運動とそれに伴う循環が不可欠である。それはここで述べたように力学的に生まれるもので,前線があるから上昇運動がつくられるのではない。空気が水分を十分に含むと上昇部分で雲ができて降水がある。前線に対応して長い帯状の雲が存在するのは気象衛星からの写真ですでになじみ深い。
前線は高さとともに寒気側へ傾くので前線層は図1のように前線の下方にあり,暖気は常に上方にある。そのため,前線が動くなら,だいたいのところ前線層内の気流の動く方向に移動すると考えてよい。移動する前線は低気圧の中に現れる。移動方向が暖気側から寒気側に向かう前線が温暖前線,寒気が暖気に取って代わるような動きをするのが寒冷前線と呼ばれる。図3は東シナ海を北東に進む低気圧の中の前線である。破線は地表の気温分布で,前線の近傍で等温線がこんでいて前線層(または前線帯)の特徴が見られる。矢羽根は地表の風速で,風は矢羽根のついた方向から吹く。低気圧の前半部の前線では,その北東側に沿って前線層がある。この前線の南の暖気内の風は南風であるが,暖気は上昇し前線の上に行くので前線を動かす働きはない。前線層内の風は南または南南東であるから,前線は全体として北北西に進み温暖前線と呼ぶものになる。東シナ海から中国南部にのびる前線層内の風は北風で,ここでも暖気側で南風が吹いている。暖気は上昇してゆくので前線は前線層の風で南下し,この部分は寒冷前線となる。前線の周りの風または気圧分布は前線が決めているのではない。それはさらに大きな低気圧全体の組織が時間とともに変化することに関連している。前線の動きは短時間でみるとそこの風で決まり,実質面のように移動するが,長い時間でみると低気圧全体の組織の移動と変化に従っている。
前線は既に述べたような特性をもつので,低気圧の中の天気分布を支配する第一の要素になる。前線に伴ってしばしば天気,風,温度の大きな変化が起こる。温暖前線の所では暖かく湿った空気が上空に運ばれる。そのため大気は鉛直方向に安定性がよくなり,層雲状の雲が幾重にもひろがり,持続性の雨が降ることが多い。寒冷前線の所では寒冷で乾いた空気が上空に流れこみ,前線前方の暖気の上に重なると,大気は鉛直方向に不安定になる。寒冷前線の通る前に天気がよく,地表面が暖まった所に前線とともに寒気が到来すると,やはり不安定になる。そのため対流性の雲やしゅう雨が現れやすい。
低気圧が発達し中心部分が北に移ると,暖気は中心から南にのびる狭い部分に限られ,その他は寒気で占められる。このときの前線を閉塞前線という。ノルウェー学派のモデルによると図4のようである。閉塞前線近傍の狭い領域が最も暖かく,広い暖域が存在している図3とは大いに異なっている。動きが明瞭でなく停滞性のものは停滞前線という。本州南岸に東西にのびる寒帯前線がときどき停滞する。このときは,前線の所に大きな低気圧はない。梅雨期にはこの前線を梅雨前線と呼ぶ。この時期には既に大陸の空気は暖かく,寒冷な空気はオホーツク海と三陸沖にある。そのため梅雨前線の東半分は海洋性寒帯気団と海洋性熱帯気団の境をなしている。西半分は大陸性熱帯気団と海洋性熱帯気団またはその変質した気団との境界で,温度の南北差は小さく,水蒸気量の差が大きいという特異なものとなる。さらにこの前線の西方では,前線の北側も南側も平均的には低圧部なので,南側の湿潤な空気の対流活動で中・上層に放出された凝結の潜熱が前線の周りの循環を主として決めている。これに伴い3kmくらいの高さに部分的な下層ジェット気流が現れる。
規模の小さな局地前線と呼ばれるものは停滞前線に属する。これには,山脈の風下にできる停滞性の渦流または反流と山塊の縁を回った気流との境界(房総前線),あるいは夜間に内陸の冷却でできた冷気と海上の気流との境界(北陸前線)を便宜的に前線と名づけたものが多く,これまで述べた大規模な前線と同一に取り扱えない。沿岸地方の海陸風の現象についても,海風または海陸風前線と呼んで海洋上の空気の侵入前面であるかのごとく表現することがある。これは海陸風循環の範囲を指し,この熱的に誘起された循環の領域のひろがるのを,あたかも前線の侵入のように考えている。これも大規模前線と同種のものではない。
→低気圧
執筆者:斎藤 直輔
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(饒村曜 和歌山気象台長 / 宮澤清治 NHK放送用語委員会専門委員 / 2007年)
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