ハンセン病家族訴訟(読み)はんせんびょうかぞくそしょう

知恵蔵 「ハンセン病家族訴訟」の解説

ハンセン病家族訴訟

ハンセン病家族国家賠償請求訴訟略称。ハンセン病の患者の家族が受けてきた差別偏見などによる被害について、国に謝罪と損害弁償を求めた訴訟。2016年に始まり19年6月に熊本地方裁判所で国の責任を認める判決が出された。1996年の「らい予防法」廃止以降2002年までについての原告側の訴えをほぼ全面的に認めるもので、原告ら557人に総額3億7675万円を支払うよう命じた。被告である政府が控訴を断念したためこの判決が確定した。
ハンセン病に関する訴訟としては、患者による「ハンセン病患者訴訟」がある。この訴訟では、ハンセン病患者を隔離することを認めた「らい予防法」が憲法に反するとして1998年から争われた。2001年に熊本地裁で原告勝訴の判決が下され、国は控訴を断念した。この結果、患者の被害を補償する制度が創設されたが、家族は対象外だった。家族によるものとしては、本訴訟に先立って患者遺族の男性が国と鳥取県に対して起こした鳥取非入所者遺族国賠訴訟がある。差別を恐れて療養所に入所していなかった患者である母親の損害賠償請求権の相続および自身が家族として受けた被害に基づく損害賠償を求めた。この訴訟では、15年の鳥取地裁判決でいずれの請求も認められず控訴も棄却された。このため、原告は最高裁判所に上告受理を申し立てている。
ハンセン病とはらい菌による感染力の非常に低い感染症である。しかし、有効な治療法がなかった時代には患者の隔離が行われた国もあった。日本も明治時代の旧法「癩(らい)予防法」により終身隔離などの措置を行っていた。1940年代になると、特効薬プロミンが使われ始め、日本でも太平洋戦争後には治療に用いられた。治療法の確立により、48年には国際らい会議で非伝染性の患者の隔離が否定された。しかし、日本では53年に強制隔離政策を改めて永続・固定化する「らい予防法」が制定された。このため、患者家族は患者と引き裂かれるとともに、いわれなき差別や偏見にさらされ、人生の有り様を変えられるような被害を受けてきた。本訴訟は、これら家族の被害を公的に認めさせ、国に対して謝罪と損害賠償を求めたものである。
判決では、憲法が保障する人格権や自由を侵害されたと指摘し、隔離政策等によって家族が偏見差別を受ける社会構造を形成し、差別被害を発生させたことや隔離によって家族間の交流を阻み、家族関係の形成を阻害したと認めた。その実情は、就学拒否や村八分による必要最低限の社会生活の喪失、婚姻関係の喪失、就労拒否による損失、人格形成や自己実現の喪失など差別被害は個人の尊厳にかかわる人生被害であるとした。このため、隔離政策の責任を負う厚生労働大臣、人権啓発活動を怠った法務大臣、人権啓発教育実施の適切な措置を怠った文部科学大臣には違法性があり過失があるとした。国会議員については、国際会議などでハンセン病患者の強制隔離は時代錯誤であるとされ、隔離規定の違憲が明白であったにもかかわらず96年まで予防法の改廃等の立法措置を怠った立法不作為に過失があるとした。消滅時効については、加害者と加害行為が不法行為を構成すると認識し得た鳥取地裁判決の日を起算点とするのが相当とした。
本訴訟の熊本地裁判決を政府が受け入れ控訴を断念するにあたって、安倍晋三内閣総理大臣は「判決内容の一部に受け入れがたい点がある」とした上で「家族の苦労をこれ以上長引かせてはいけない。異例のことだが控訴しない」と述べた。なお、政府声明では受け入れがたい点として各国務大臣の責任、国会議員の責任、消滅時効の3点を挙げ、判決内容にはほぼ全面的に承服できないとしている。

(金谷俊秀 ライター/2019年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

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